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後編
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「まぁまぁまぁまぁ! よく来たわね! 半分諦めていたのに、あなたが養女になってくれるだなんて後妻の娘に感謝しなきゃいけないわぁ~! ……と、アニエスはジェロ―ムとかいう元婚約者に未練はない?」
母の実家である侯爵邸に到着した途端、お婆様が満面の笑みで迎えてくれた。
最初ははしゃいでいたが、私の事もちゃんと心配してくれる大好きなお婆様だ。
「ええ、ジェローム様に恋愛感情はありませんでしたから……今日からお世話になります。こちらはずっと私によくしてくれていたメイドのマリーです、急に連れて来てしまったから後で荷物を取りにいかないといけませんが」
「マリーです、よろしくお願いいたしますっ!」
お婆様に紹介すると、マリーは勢いよく頭を下げた。
「あらあら、可愛らしい子ね。今からベル伯爵家に書類を届けてもらうから、ついでに一緒に行って荷物を取ってくるといいわ。何人かウチの使用人をつけるから、その子達に荷物は運んでもらえばいいわ。マリーはもうすぐ来る執事とまた馬車ね、アニエスは部屋が整うまで庭でお茶でも飲んでいましょう、ヴィクトルもね」
「はい、ではアニエス、エスコートしても?」
「ふふっ、それじゃあお願いしようかしら」
お婆様は執事やメイド長に指示を出すためにその場に残ったが、私とヴィクトルは先に庭の四阿へと向かった。
昔からこの再従弟は私をお姫様扱いしてくれる。
一度私をお嫁さんにするんだと泣いた事もあったっけ。
「そういえば、この前もぐらが出たらしくて、この辺りに浮いてる石畳が」
「キャッ」
「アニエス!」
とっさにヴィクトルが支えてくれて、転倒は免れたが、驚いたせいで心臓がドキドキと脈打っている。
そう、これは驚いたせいであって、抱き留められてあの可愛かったヴィクトルが大人の男性に見えたせいじゃない。
「あ、ありがとう……」
「相変わらずアニエスはしっかり者に見えて抜けているところがあるんだから。……目が離せないよ」
抜けているだなんて失礼ね、と文句を言おうと顔を上げると、ヴィクトルは蕩けるような甘い微笑みを浮かべていた。
ヴィクトルはこんな顔をする子だったかしら、さっきよりも心臓が落ち着かない。
「ほら、もうお茶の準備をしてくれているよ。相変わらず大おば様のところのメイドは仕事が早いね」
庭の小道の先にある四阿を見ると、私の好きなタルトと湯気の立つ茶器が準備されていた。
「あれは私の好きなカスタードのタルトね!?」
「ふふっ、どうやらそうみたいだね。ほら、慌てるとまた躓くよ」
侯爵邸に来ると気を張らなくていい分、どうしても言動が幼くなってしまう気がする。
実家ではいつ揚げ足を取られるかわからないから、その反動かもしれない。
「そうしたらまたヴィクトルが抱き留めてくれるんでしょ?」
「もちろん、これからもずっと傍にいて支えてあげる。だから僕と結婚して?」
「え?」
あまりにも自然に、そしてサラリと言われたせいで、一瞬何を言ったのかわからなかった。
呆けたその一瞬に優雅なエスコートで椅子に座らされたかと思うと、ヴィクトルは私の手を取り跪く。
「昔僕が言った事覚えてる? アニエスの婚約が決まった時、僕がアニエスをお嫁さんにするんだって泣いたよね。僕の気持ちはあの時から変わってないんだ。アニエスを諦めきれなくて婚約話は全部断ってきたけど、こうやって求婚できるなんて夢みたいだ」
そう言ってヴィクトルは私の指に唇を落とした。
柔らかな唇が触れた箇所が熱い、いいえ、今の私の顔もとても熱いわ!
「あ、あ、あ、あの時って……五年も前よ? まさかずっとだなんて、これまでそんな素振りは見せなかったじゃない!」
「だって、僕がずっと好きだと言い続けていたら、アニエスが困るだろう? 婚約者がいるわけだし。だからずっと表に出さないように我慢していたんだ」
ヴィクトルが拗ねる時は、少しだけ唇が尖る、昔と変わらないしぐさに思わず笑みが零れた。
「ふふっ、ヴィクトルったら、そうやって拗ねる姿は昔と同じね。とてもみんなの憧れのヴィクトル様には見えないわ」
「こんな姿を見せるのはアニエスにだけだよ。ね、お願い、僕と結婚して」
上目遣いで甘えるように手に頬擦りされ、思わず了承しそうになる。
「だ、だけど結婚は二人だけで決められるものじゃないわ」
「その点なら問題ないわよ」
そう言ったのは四阿へと来たお婆様。
その点ってどの点!?
「ほら、大おば様もこう言ってくれているし」
「ほほほ、ヴィクトルはしょっちゅうアニエスは婚約破棄しないのかって愚痴を言いに来ていたものね。だから社交界で不穏な噂が出始めた時から、いつ婚約破棄してウチに来れるように準備していたもの。ウチから私の実家の侯爵家にアニエスをお嫁に出すのは問題ないわよ。お兄様にはヴィクトルが話を通しているんでしょう? 二人が結婚したら、アニエスは侯爵夫人ね」
ヴィクトルはお婆様の実家の嫡子なので、私とヴィクトルが結婚すれば将来的に侯爵夫人となる。
婚約者がいる私を五年も想い続けてくれたのならば、きっとジェローム様みたいな事はしないはず。
一年後、私はヴィクトルと結婚をした。
縁を切った元家族は結婚式に呼ぶことはなかった。
結局散財をやめられなかった二人が借金をつくり、領地を手放した事によりお父様は男爵の地位にまで落ちたと聞いた。
そして妹はあの日あの一回で妊娠していたらしく、結局ジェローム様と結婚したが、夜会で二人が仲良くしている姿を一度も見ていない。
ある日の夜会で以前と別人のようにやつれたジェローム様が、ミシェルの目を盗んで話しかけてきた。
「あの時の自分にバカな真似はするなといいたいよ。今更だけど、どうしてあんな誘惑に乗ったりしたんだろう。君と結婚していればきっと幸せになっていたのに」
まるで私に未練があると言わんばかりのセリフだが、私を裏切った時点でそんな事を言う資格はない。
返事をしたくなくてため息が漏れた瞬間、私の腰に手が添えられた。
「僕はむしろ君に感謝したいよ、おかげで世界一素晴らしい女性と結婚できたのだからね」
手の主は夫であるヴィクトル、周りの女性を虜にするような甘い微笑みを私に向けている。
ジェローム様との間にはなかった胸の高鳴りを感じさせる微笑みに、ジェローム様を置き去りにして私達はそっと会場を抜け出した。
母の実家である侯爵邸に到着した途端、お婆様が満面の笑みで迎えてくれた。
最初ははしゃいでいたが、私の事もちゃんと心配してくれる大好きなお婆様だ。
「ええ、ジェローム様に恋愛感情はありませんでしたから……今日からお世話になります。こちらはずっと私によくしてくれていたメイドのマリーです、急に連れて来てしまったから後で荷物を取りにいかないといけませんが」
「マリーです、よろしくお願いいたしますっ!」
お婆様に紹介すると、マリーは勢いよく頭を下げた。
「あらあら、可愛らしい子ね。今からベル伯爵家に書類を届けてもらうから、ついでに一緒に行って荷物を取ってくるといいわ。何人かウチの使用人をつけるから、その子達に荷物は運んでもらえばいいわ。マリーはもうすぐ来る執事とまた馬車ね、アニエスは部屋が整うまで庭でお茶でも飲んでいましょう、ヴィクトルもね」
「はい、ではアニエス、エスコートしても?」
「ふふっ、それじゃあお願いしようかしら」
お婆様は執事やメイド長に指示を出すためにその場に残ったが、私とヴィクトルは先に庭の四阿へと向かった。
昔からこの再従弟は私をお姫様扱いしてくれる。
一度私をお嫁さんにするんだと泣いた事もあったっけ。
「そういえば、この前もぐらが出たらしくて、この辺りに浮いてる石畳が」
「キャッ」
「アニエス!」
とっさにヴィクトルが支えてくれて、転倒は免れたが、驚いたせいで心臓がドキドキと脈打っている。
そう、これは驚いたせいであって、抱き留められてあの可愛かったヴィクトルが大人の男性に見えたせいじゃない。
「あ、ありがとう……」
「相変わらずアニエスはしっかり者に見えて抜けているところがあるんだから。……目が離せないよ」
抜けているだなんて失礼ね、と文句を言おうと顔を上げると、ヴィクトルは蕩けるような甘い微笑みを浮かべていた。
ヴィクトルはこんな顔をする子だったかしら、さっきよりも心臓が落ち着かない。
「ほら、もうお茶の準備をしてくれているよ。相変わらず大おば様のところのメイドは仕事が早いね」
庭の小道の先にある四阿を見ると、私の好きなタルトと湯気の立つ茶器が準備されていた。
「あれは私の好きなカスタードのタルトね!?」
「ふふっ、どうやらそうみたいだね。ほら、慌てるとまた躓くよ」
侯爵邸に来ると気を張らなくていい分、どうしても言動が幼くなってしまう気がする。
実家ではいつ揚げ足を取られるかわからないから、その反動かもしれない。
「そうしたらまたヴィクトルが抱き留めてくれるんでしょ?」
「もちろん、これからもずっと傍にいて支えてあげる。だから僕と結婚して?」
「え?」
あまりにも自然に、そしてサラリと言われたせいで、一瞬何を言ったのかわからなかった。
呆けたその一瞬に優雅なエスコートで椅子に座らされたかと思うと、ヴィクトルは私の手を取り跪く。
「昔僕が言った事覚えてる? アニエスの婚約が決まった時、僕がアニエスをお嫁さんにするんだって泣いたよね。僕の気持ちはあの時から変わってないんだ。アニエスを諦めきれなくて婚約話は全部断ってきたけど、こうやって求婚できるなんて夢みたいだ」
そう言ってヴィクトルは私の指に唇を落とした。
柔らかな唇が触れた箇所が熱い、いいえ、今の私の顔もとても熱いわ!
「あ、あ、あ、あの時って……五年も前よ? まさかずっとだなんて、これまでそんな素振りは見せなかったじゃない!」
「だって、僕がずっと好きだと言い続けていたら、アニエスが困るだろう? 婚約者がいるわけだし。だからずっと表に出さないように我慢していたんだ」
ヴィクトルが拗ねる時は、少しだけ唇が尖る、昔と変わらないしぐさに思わず笑みが零れた。
「ふふっ、ヴィクトルったら、そうやって拗ねる姿は昔と同じね。とてもみんなの憧れのヴィクトル様には見えないわ」
「こんな姿を見せるのはアニエスにだけだよ。ね、お願い、僕と結婚して」
上目遣いで甘えるように手に頬擦りされ、思わず了承しそうになる。
「だ、だけど結婚は二人だけで決められるものじゃないわ」
「その点なら問題ないわよ」
そう言ったのは四阿へと来たお婆様。
その点ってどの点!?
「ほら、大おば様もこう言ってくれているし」
「ほほほ、ヴィクトルはしょっちゅうアニエスは婚約破棄しないのかって愚痴を言いに来ていたものね。だから社交界で不穏な噂が出始めた時から、いつ婚約破棄してウチに来れるように準備していたもの。ウチから私の実家の侯爵家にアニエスをお嫁に出すのは問題ないわよ。お兄様にはヴィクトルが話を通しているんでしょう? 二人が結婚したら、アニエスは侯爵夫人ね」
ヴィクトルはお婆様の実家の嫡子なので、私とヴィクトルが結婚すれば将来的に侯爵夫人となる。
婚約者がいる私を五年も想い続けてくれたのならば、きっとジェローム様みたいな事はしないはず。
一年後、私はヴィクトルと結婚をした。
縁を切った元家族は結婚式に呼ぶことはなかった。
結局散財をやめられなかった二人が借金をつくり、領地を手放した事によりお父様は男爵の地位にまで落ちたと聞いた。
そして妹はあの日あの一回で妊娠していたらしく、結局ジェローム様と結婚したが、夜会で二人が仲良くしている姿を一度も見ていない。
ある日の夜会で以前と別人のようにやつれたジェローム様が、ミシェルの目を盗んで話しかけてきた。
「あの時の自分にバカな真似はするなといいたいよ。今更だけど、どうしてあんな誘惑に乗ったりしたんだろう。君と結婚していればきっと幸せになっていたのに」
まるで私に未練があると言わんばかりのセリフだが、私を裏切った時点でそんな事を言う資格はない。
返事をしたくなくてため息が漏れた瞬間、私の腰に手が添えられた。
「僕はむしろ君に感謝したいよ、おかげで世界一素晴らしい女性と結婚できたのだからね」
手の主は夫であるヴィクトル、周りの女性を虜にするような甘い微笑みを私に向けている。
ジェローム様との間にはなかった胸の高鳴りを感じさせる微笑みに、ジェローム様を置き去りにして私達はそっと会場を抜け出した。
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