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前編 オウヒと前世の記憶
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幼い頃の私は、婚約者のトウマ様の事が大好きでした。
ええ、過去形です。
過去形になった理由は、12月3日の6歳の誕生日に前世の記憶が甦った事にあります。
前世の私は今より少し劣る位の容姿を持っていましたが、今よりかなり劣るお金持ちの両親が離婚した15歳から1人暮らしをするようになり、高校でも友人を作る気にならなくてずっと1人でいたのです。
そして、高校2年生の時に事故で死にました。
あの時、暴走車にたくさんの生徒が撥ねられましたが、何と野次馬達は救急車も呼ばすに写メや動画を撮り始めたのです。
最期の瞬間に見たものがそれですよ?そんな事を思い出してしまっては、人を好きになるという感情がなくなってしまうのも当然でしょう?
え?過去とトウマ様は関係ない?
そんな事はありませんよ。
トウマ様は私を嫌っていましたし・・・あ、初等部3年生校外学習を覚えていますか?
私はその時に、トウマ様と同じ班になったのです。
行きのバスで隣になるよう言われた時、トウマ様はなんて言ったかご存知ですか?
「僕は別の所に座るよ。オウヒと一緒は遠慮したい」
でした。
その後に工場見学をして、隣の公園でお弁当を食べましたが、その時も私達は大きなシートの端と端に座っていました。
「同じ班になんてなりたくなかった。どうして先生は僕達を同じ班にしたんだろうね」
そんな事を言われてどうやってトウマ様を好きになれと?無理でしょう。
ええ、そうです。
トウマ様のお友達も皆笑っておられましたよ。
「オウヒさんは顔は綺麗だけど心がない」
「前はワガママでしたが今は人形ですね」
「あんな女が婚約者なんてトウマが可哀想だ」
お弁当を食べ終わって遊びの時間になった時、茂みの向こうから4人の声が聞こえて来たのです。
座り込んだ彼らは私の悪口ばかり言っていて、私は心の引き出しの4つに鍵をかけました。
ええ、両親との仲が拗れ始めたのもその時からです。
「アレは駄目だ」
「そうですわね。トウマ様に申し訳ありませんもの」
「弟の娘を養女にして婚約者をすげ替えるか」
「まあ、義弟様の行方をご存知なのですか?庶民と恋に落ちて駆け落ちしたではありませんか」
「何かあったときの保険としてな」
「そうなのですか」
「ああ、今は山奥で陶芸家をしているのだが、娘が1人いるんだ」
両親の会話を聞いてしまった私は、また引き出しに鍵をかけて彼らの存在をなかったものとする事にしたのです。
勉強や習い事は大好きなので頑張る事ができましたが、人付き合いはあなたもご存知のようにできなくなり、鍵をかけた引き出しは増えて行く一方でしたよ。
例えば4年生の運動会。
応援合戦の為に赤組の皆様との練習日、私はいつも通りに端っこを選んで立っていたのですが───。
「オウヒ様はとても綺麗ですし、中央で真っ赤な法被を着てもらいましょう?」
「それはいいね。オウヒ嬢、お願いしても良いかな?」
6年生のおふたりに言われて困っていた私は、近くにいた児童達のクスクス笑いが聞こえて来たのです。
「オウヒ様はお話になれないのではなくて?」
「あら、授業中に当てられた時には話すのよ」
「それ以外はずっと本を読んでいらっしゃるから、本当にお人形のようですわよね」
「オウヒ様は目立つ事がお嫌いですって伝えてきましょうよ。お人形だからなにもできません、の方が良いかしら」
ふふふ、と笑い合う令嬢方の瞳は動画を撮っていた生徒達と同じでしたので、あまりの恐ろしさに体から血の気が引いてそのまま倒れてしまい、段の一番上から落ちて骨折したので運動会には参加できませんでしたが、その後も運動会や体育祭には参加していません。
え?笑っていた令嬢方ですか?
おうちが没落して学園をお辞めになったとお聞きしましたが、今どうなさっているのかは私には分かりませんね。
まぁ・・・そうなの、ですか。
あの方達だけが消息不明だなんて恐ろしい話ですね。
あっ、お茶が冷めてしまいましたね。
新しいものを用意させましょう・・・冷たい飲み物の方が良いですか?
はい、ではそのように。
シズエさん、よろしくね。
シズエさん?
シズエさんは信頼している方ですし、両親よりも一緒にいる程ですよ。
えっと、どこまで話しましたっけ?
4年生の運動会ですか・・・そうですね、私が怪我をした時にもトウマ様は知らん顔でトキヤ様方と楽しそうにお話しされていたと記憶しています。
5年生と6年生ではクラスが別でしたので・・・あ、その時にあなたとお友達になったのですよね。
そうなんです。トウマ様のいらっしゃらない教室は私にとって天国でしたので、あの2年間は人形をやめる事ができたのです。
どうして、ですか?
解放されたから以外にあるでしょうか。
私は初めて教室でトウマ様の顔を見ずに学園生活を送る事ができ、とても幸せだったのです。
ええ、実はここは乙女ゲームの世界なのです。
まぁ、アミカも同じ事を言っていたのですか・・・。
内容、ですか?
簡単に言いますと、アミカというヒロインがオウヒという悪役令嬢のイジメに耐え、攻略対象と呼ばれる皆様に助けられ、恋をして、攻略対象のどなたか、もしくは全員と結ばれるというお話です。
悪役令嬢は着の身着のままで追い出されてフラフラと歩いている所を暴漢達に車に連れ込まれ、酷い目にあってから殺されたり、追い出されてすぐに事故に巻き込まれて死んでしまったり・・・後者は前世と同じになりますね。
そうです。
あなたというお友達ができた事で、私は信頼する気持ちを取り戻し、人形でいる事をやめたのです。
初等部の卒業式を覚えていますか?
トウマ様達の姿を見て固まる私に、あなたとユカコさんが優しく声をかけて下さって、そのおかげで足を踏み出す事ができたのです。
ふふっ、貧血だと思ったのですか。
ええ、中等部の新入生代表挨拶は大変でした。
実はね、トウマ様のお父様からお電話をいただいて、代表を譲るように強要されたのですよ。譲らないのなら婚約はなかったものとすると言われたのでピン!と来ました。
「私が選ばれたのには理由があります」
「何があるというのだ」
「私の通知表は全て5ですし、クラス委員も致しましたの」
「トウマの成績が悪いとでも?」
「それはトウマ様の通知表をご覧になる方がよろしいかと存じます」
「分かった。どうしても譲る気はないのだな?」
「はい。どうぞ婚約破棄なさって下さい」
「そうか。ならば今この場で婚約破棄を言い渡す!」
当主様はガチャンと乱暴に電話をお切りになり、私はその足で両親のいるサロンへと向かって電話の内容を知らせました。
「・・・婚約破棄、だと?」
「オウヒ、あなたという子は何を考えているの!」
「お父様、お母様。私はずっとトウマ様に悪口を言われておりました。そのような方とこのまま婚約を続けましても、お互いに不幸になるだけとは思いませんか?お父様とお母様は私よりあの家との関係が大事なのですか?私を見放されたあの日、婚約者をすげ替えるとお話なさっているのを聞いてしまいました・・・ですから私は!人間でいる事をやめたのです」
少し話を盛ってしまいましたが、あの時の私は絶対に婚約破棄するのだと意気込んでいたのです。
「オウヒ・・・すまなかった。お父様はお前の事を愛している。だが、変わってしまったお前が怖かったんだ」
「そうよ。あの後、私達はあの会話を反省したの。いずれ分かり合える日が来るだろうと、オウヒが心を開いてくれる日を待とうと。あなたの苦しみに気付けなくてごめんなさい」
「お父様、お母様!」
その日、前世の記憶を取り戻して初めて泣きました。
前世の記憶を取り戻そうとも私はオウヒで、私を抱きしめて一緒に泣いて下さるおふたりが両親なのだと、きちんと理解できたのです。
あら、話しすぎたようなので少し休憩しましょうか。
ええ、過去形です。
過去形になった理由は、12月3日の6歳の誕生日に前世の記憶が甦った事にあります。
前世の私は今より少し劣る位の容姿を持っていましたが、今よりかなり劣るお金持ちの両親が離婚した15歳から1人暮らしをするようになり、高校でも友人を作る気にならなくてずっと1人でいたのです。
そして、高校2年生の時に事故で死にました。
あの時、暴走車にたくさんの生徒が撥ねられましたが、何と野次馬達は救急車も呼ばすに写メや動画を撮り始めたのです。
最期の瞬間に見たものがそれですよ?そんな事を思い出してしまっては、人を好きになるという感情がなくなってしまうのも当然でしょう?
え?過去とトウマ様は関係ない?
そんな事はありませんよ。
トウマ様は私を嫌っていましたし・・・あ、初等部3年生校外学習を覚えていますか?
私はその時に、トウマ様と同じ班になったのです。
行きのバスで隣になるよう言われた時、トウマ様はなんて言ったかご存知ですか?
「僕は別の所に座るよ。オウヒと一緒は遠慮したい」
でした。
その後に工場見学をして、隣の公園でお弁当を食べましたが、その時も私達は大きなシートの端と端に座っていました。
「同じ班になんてなりたくなかった。どうして先生は僕達を同じ班にしたんだろうね」
そんな事を言われてどうやってトウマ様を好きになれと?無理でしょう。
ええ、そうです。
トウマ様のお友達も皆笑っておられましたよ。
「オウヒさんは顔は綺麗だけど心がない」
「前はワガママでしたが今は人形ですね」
「あんな女が婚約者なんてトウマが可哀想だ」
お弁当を食べ終わって遊びの時間になった時、茂みの向こうから4人の声が聞こえて来たのです。
座り込んだ彼らは私の悪口ばかり言っていて、私は心の引き出しの4つに鍵をかけました。
ええ、両親との仲が拗れ始めたのもその時からです。
「アレは駄目だ」
「そうですわね。トウマ様に申し訳ありませんもの」
「弟の娘を養女にして婚約者をすげ替えるか」
「まあ、義弟様の行方をご存知なのですか?庶民と恋に落ちて駆け落ちしたではありませんか」
「何かあったときの保険としてな」
「そうなのですか」
「ああ、今は山奥で陶芸家をしているのだが、娘が1人いるんだ」
両親の会話を聞いてしまった私は、また引き出しに鍵をかけて彼らの存在をなかったものとする事にしたのです。
勉強や習い事は大好きなので頑張る事ができましたが、人付き合いはあなたもご存知のようにできなくなり、鍵をかけた引き出しは増えて行く一方でしたよ。
例えば4年生の運動会。
応援合戦の為に赤組の皆様との練習日、私はいつも通りに端っこを選んで立っていたのですが───。
「オウヒ様はとても綺麗ですし、中央で真っ赤な法被を着てもらいましょう?」
「それはいいね。オウヒ嬢、お願いしても良いかな?」
6年生のおふたりに言われて困っていた私は、近くにいた児童達のクスクス笑いが聞こえて来たのです。
「オウヒ様はお話になれないのではなくて?」
「あら、授業中に当てられた時には話すのよ」
「それ以外はずっと本を読んでいらっしゃるから、本当にお人形のようですわよね」
「オウヒ様は目立つ事がお嫌いですって伝えてきましょうよ。お人形だからなにもできません、の方が良いかしら」
ふふふ、と笑い合う令嬢方の瞳は動画を撮っていた生徒達と同じでしたので、あまりの恐ろしさに体から血の気が引いてそのまま倒れてしまい、段の一番上から落ちて骨折したので運動会には参加できませんでしたが、その後も運動会や体育祭には参加していません。
え?笑っていた令嬢方ですか?
おうちが没落して学園をお辞めになったとお聞きしましたが、今どうなさっているのかは私には分かりませんね。
まぁ・・・そうなの、ですか。
あの方達だけが消息不明だなんて恐ろしい話ですね。
あっ、お茶が冷めてしまいましたね。
新しいものを用意させましょう・・・冷たい飲み物の方が良いですか?
はい、ではそのように。
シズエさん、よろしくね。
シズエさん?
シズエさんは信頼している方ですし、両親よりも一緒にいる程ですよ。
えっと、どこまで話しましたっけ?
4年生の運動会ですか・・・そうですね、私が怪我をした時にもトウマ様は知らん顔でトキヤ様方と楽しそうにお話しされていたと記憶しています。
5年生と6年生ではクラスが別でしたので・・・あ、その時にあなたとお友達になったのですよね。
そうなんです。トウマ様のいらっしゃらない教室は私にとって天国でしたので、あの2年間は人形をやめる事ができたのです。
どうして、ですか?
解放されたから以外にあるでしょうか。
私は初めて教室でトウマ様の顔を見ずに学園生活を送る事ができ、とても幸せだったのです。
ええ、実はここは乙女ゲームの世界なのです。
まぁ、アミカも同じ事を言っていたのですか・・・。
内容、ですか?
簡単に言いますと、アミカというヒロインがオウヒという悪役令嬢のイジメに耐え、攻略対象と呼ばれる皆様に助けられ、恋をして、攻略対象のどなたか、もしくは全員と結ばれるというお話です。
悪役令嬢は着の身着のままで追い出されてフラフラと歩いている所を暴漢達に車に連れ込まれ、酷い目にあってから殺されたり、追い出されてすぐに事故に巻き込まれて死んでしまったり・・・後者は前世と同じになりますね。
そうです。
あなたというお友達ができた事で、私は信頼する気持ちを取り戻し、人形でいる事をやめたのです。
初等部の卒業式を覚えていますか?
トウマ様達の姿を見て固まる私に、あなたとユカコさんが優しく声をかけて下さって、そのおかげで足を踏み出す事ができたのです。
ふふっ、貧血だと思ったのですか。
ええ、中等部の新入生代表挨拶は大変でした。
実はね、トウマ様のお父様からお電話をいただいて、代表を譲るように強要されたのですよ。譲らないのなら婚約はなかったものとすると言われたのでピン!と来ました。
「私が選ばれたのには理由があります」
「何があるというのだ」
「私の通知表は全て5ですし、クラス委員も致しましたの」
「トウマの成績が悪いとでも?」
「それはトウマ様の通知表をご覧になる方がよろしいかと存じます」
「分かった。どうしても譲る気はないのだな?」
「はい。どうぞ婚約破棄なさって下さい」
「そうか。ならば今この場で婚約破棄を言い渡す!」
当主様はガチャンと乱暴に電話をお切りになり、私はその足で両親のいるサロンへと向かって電話の内容を知らせました。
「・・・婚約破棄、だと?」
「オウヒ、あなたという子は何を考えているの!」
「お父様、お母様。私はずっとトウマ様に悪口を言われておりました。そのような方とこのまま婚約を続けましても、お互いに不幸になるだけとは思いませんか?お父様とお母様は私よりあの家との関係が大事なのですか?私を見放されたあの日、婚約者をすげ替えるとお話なさっているのを聞いてしまいました・・・ですから私は!人間でいる事をやめたのです」
少し話を盛ってしまいましたが、あの時の私は絶対に婚約破棄するのだと意気込んでいたのです。
「オウヒ・・・すまなかった。お父様はお前の事を愛している。だが、変わってしまったお前が怖かったんだ」
「そうよ。あの後、私達はあの会話を反省したの。いずれ分かり合える日が来るだろうと、オウヒが心を開いてくれる日を待とうと。あなたの苦しみに気付けなくてごめんなさい」
「お父様、お母様!」
その日、前世の記憶を取り戻して初めて泣きました。
前世の記憶を取り戻そうとも私はオウヒで、私を抱きしめて一緒に泣いて下さるおふたりが両親なのだと、きちんと理解できたのです。
あら、話しすぎたようなので少し休憩しましょうか。
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