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第一話 プロローグ 昼間夕子と三日月未来

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 神社の玉砂利の道を進むと巨大な大鳥居があった。
一礼をしてくぐり抜ける時だった。

『見つけて・・・・・・見つけて・・・・・・』
何かの声が耳元で囁く。

 昼間夕子《ひるまゆうこ》は、眠りに落ちる前に聞き覚えのある声を聞くことが度々あった。
 作家としての無意識が暴走しているのかもしれないと考えていたが・・・・・・。
その声はテレパシーの様に頭の中からハッキリと聞こえている。

『見つけて・・・・・・契り・・・・・・』



 夕子は高校の古典教師をしている傍ら、三日月未来《みかづきみらい》という名前でファンタジー作家をしている。
【かぐや姫は帰らない】という代表作があった。

 大昔から夕子の家では『かぐや姫との契り』が口伝で親から子へと伝えられていた。



 初めて高校教師として赴任して来た知らない町で昼間夕子は、黒髪のロングヘアをなびかせて歩いている。

 女性教師に見えない容姿はモデルと間違えるほどに美しく輝いてる。
上下白のジャケットにスカートで颯爽と歩く夕子はファッションモデルと見間違う。

 そのオーラにすれ違う男女が振り返るが三日月未来と気付く人はいない。
売れっ子のステルス作家である夕子の素顔を知る人は出版会社の関係者だけだった。

「ヒソヒソ」

「モデルかな」

 通りすがりに耳元に聞こえている、いつもの囁き声を気に夕子は慣れていた。



 私立神聖女学園へ通じる大通り沿いの街路樹の桜並木から時より花びらが風で流され夕子のジャケットに落ちた。
 
 沿道の途中にある大きな書店の自動扉を通り中に入った夕子は古典のコーナーを探している。
 エスカレーターを上がった左手の突き当たりを左に進むと高校の参考書が並んでいる本棚が見つかった。

 同じ頃、春から私立神聖女学園に入学する日向黒子《ひなたくろこ》も同じ書店内で探しものをしていた。
 黒子は、三昭堂の古典シリーズの赤いジャケットの参考書に手を伸ばした。
隣にいたすらっとしたサングラスの女性の手とぶつかり驚いて手を引く。

 薄いピンクのサングラスの女性。
「あら、失礼・・・」

 日向黒子《ひなたくろこ》は反射的に手を引いた。
「すみません」
「気にしないで、ところであなた、
ーー 竹取物語に興味あるの」

 黒子が触れた赤い本の表紙には『竹取物語』と書かれていた。
「はい、高校に入学予定で、
ーー 三日月未来の小説かぐや姫に興味があって・・・・・・」

黒子は、このサングラスの女性が三日月未来本人とは知らない。

「私も春から神聖女学園で古典を教える予定よ、偶然ね」
「私も、春から神聖に入学します」

 サングラスの女性はメガネを外して、微笑みながら黒子を見た。
「昼間夕子だ。よろしく」
といきなり男口調に変わる夕子にびっくりする黒子だったが・・・・・・。

「はい、昼間先生よろしくお願いします、日向黒子です」
「じゃあ、入学したら学校で会おう」
「はい、先生」


 私立神聖女学園は、桜並木の街路樹の端を進んだ先のやや小高い丘の上にあった。
中世のお城を彷彿させる校舎から女神学園と町では呼ばれていた。

 教師と学校関係者のすべてが女性で男性は一人もいない。
学校警備も女性で女人禁制時代のお寺の真逆なスタイルだった。

 学校理念は文武両道で生徒や教師の武芸レベルは高く、剣道部はインターハイの常連だった。
 
 超能力クラスでは、高いスキルを保有する能力者同士が多く在籍している。
神聖女学園は、入学試験の学力より面接と紹介を重視する校風で、殆どの生徒は世襲を踏襲して通学していた。

 理事長の海神一美《うなかみかずみ》は、生徒の潜在能力と人間性を重視して次世代に相応しい人間教育を考えている。
 一美のスキルは、生まれながらの【心眼】と【未来予知】があった。

 三十八歳の一美には、十六歳の娘、海上美香《うなかみみか》がいて神聖の超能力クラスに在籍していた。
 占い部に在籍する美香のスキルは【霊聴】と【霊視】だった。


 ゴールデンウィークが過ぎた頃のある日の午後。
昼間夕子と日向黒子は、学校の中庭のベンチに腰掛けていた。

「日向、学校、慣れたか」
いきなりの男口調。
「はい、昼間先生」

「部活は、帰宅部か」
「はい、今のところ・・・・・・」

夕子は、ちょっと躊躇《ためら》いながら続けた。
「今日は、お願いがあるんだ」
「お願いって何ですか・・・・・・」

「実は、文芸部が定員割れで困っている。
ーー 日向に入ってもらいたい」
「私のような者が入れるのですか」

 文芸部は成績上位者ばかりと言う噂を黒子は聞いていた。
「君の成績は学年で上位だから、
ーー 十分条件を満たしている。問題ない」
「ありがとうございます」

「明日、入部届けの申し込み用紙を渡すから
ーー 今日と同じ時間にここに来てくれないか」
「はい、よろしくお願いします」

 黒子は、夕子の古典の授業が面白いと思っていたので躊躇《ためら》うことなく心が順応した。
 夕子のオーラの強さに惹かれる生徒は多い。
五月《さつき》晴れの午後の心地良い風が二人の顔を撫でた。



 昼間夕子と日向黒子の本屋での最初の出逢いから約一年が過ぎて、日向黒子は二年生になった。

 担任の昼間夕子が二年B組の教室に入って来ると、クラス委員の黒子が起立の号令をかけた。
生徒たちが一斉に立ち上がる。

「礼、着席」
[ザワザワ・・・・・・]

「今日は、みんなに大事な話がある。多分、噂で知っていると思うが・・・」
昼間はいつもの男口調で説明を続ける。

「私立神聖女学園は女子校としての歴史を刻んで来たが、
ーー 例外に漏れず我が校の置かれている状況は厳しい。
ーー 昨年の秋、理事長の決断で男女共学に移行することが決まった。
ーー ここまでは、昨今、よくある話で特別な事ではない」

夕子は続けた。

「問題は、春に男子生徒が入学するのを契機に学園の名称が変わるはずだった」
共学移行で名称が変更することは珍しいことではないと言って言葉を切った。

「来月から、この学校は、男女共学となる。
ーー みんな、知ってるね」

「春休みを境に・・・・・・
ーー 学校の名称が変わる筈だった」
と繰り返した。

「四月からは、私立神聖女学園でなく、
ーー 私立神聖学園となる予定だった・・・・・・。
ーー 手違いもあって名称変更は見送られ、
ーー 女学園のまま入学式を迎える」
 理事長の強い意向が働いた。

「新入生の男子生徒が校門でキョロキョロしていたら、
ーー 君らがサポートしてやってくれ。
ーー 名称は女学園でも・・・・・・。
ーー 共学という説明を加えてやってくれ」

 クラス委員の日向黒子が手を上げた。

「先生、質問です」
「日向さん、どうぞ」
「男子生徒は多いのですか?」

「正確な人数は把握していないが、
ーー かなり少ないと聞いている。
ーー 男子生徒は、血縁者が当校出身者か紹介で選ばれた者だから、
ーー 杞憂きゆうは不用だ」

夕子の長い説明が続く。

「君たちの学年は転校生が入って来ない限り、
ーー 女子校時代と変わらないから心配ない」
 生徒たちの賑やかな笑い声が教室に響いた。

「他に質問なければ、今日のホームルームを終了しよう」

  担任の昼間夕子は二十四歳の古典教師で文芸部の顧問をしていた。
 日向黒子も昼間に勧誘されて、今は文芸部員。


  昼間夕子の母は有名な女流作家で、父は漫画家だった。
 両親は出版社の仕事が接点になって結婚したと、夕子は聞いている。
 父の功と母の輝子から生まれた夕子は好奇心旺盛な子に育った。


 夕子は、幼い頃、ドラマやアニメのストーリーを見ては、母の輝子に疑問をぶつけていた。

「なんで、ハッピーエンドしないの、つまらない!」
「夕子は、どうしたいの?」
「みんなが喜ぶ楽しい物語じゃないと嫌なの」

 母の輝子は、優しい口調で夕子に説明した。

「じゃ、夕子がね、御伽噺を書くといいよ。
ーー たとえばね、かぐや姫の続きとかどう?
ーー 夕子が好きなように楽しい物語を書けば、いいんじゃない」

「うん、そうする。
ーー かぐや姫の続きを書きたい」

 昼間夕子は、時より子ども時代の話を文芸部員に話していた。
(物語がつまらないなら、物語を書けば良いと・・・・・・)


 現在の夕子のもう一つの顔は三日月未来という名前の小説家を名乗っている。
代表作は、【かぐや姫は帰らない】。

 彼女のスキルは【前世記憶】、そして人には言えない重大な秘密があった。
前世記憶を持つ子どもは珍しくないが、夕子の場合は特殊だった。

 夕子は子どもの頃からかぐや姫を心から愛している。
夕子の中では、竹取のかぐや姫の従者としての記憶が昨日のように生きている。
かぐや姫は月には帰っていないと夕子は、思っていたのではない。

 夕子は『かぐや姫』の真実を知っていただけ。
そして、従者である夕子とかぐや姫が離れることはないと言うことも・・・・・・。
 
 従者とかぐや姫は、何度生まれ変わっても同じ時間を生きるのだから・・・・・・。
従者が生まれ、かぐや姫が生まれる永遠の時の流れは、大昔より変わることはなかった。


 誰もいない文芸部の部室に戻った夕子に、神社の大鳥居で聞こえていたあの声が聞こえた。

『見つけて・・・・・・契り・・・・・・』

 夕子が振り返っても、そこには誰もいない。
どうも空耳じゃないと思った夕子は、家に伝わる口伝を思い出す。

「かぐや姫との契り」
かと心の中でつぶやいた。

『契り、契り、契り』
とまた聞こえた。

 以前より、声ははっきりと夕子の中で聞こえていた。
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