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32話 力技

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 ピキピキとカリンの右腕からゆっくりと石化が始まってしまった。

 あれだけバジリスクの『石眼せきがん』には注意するようにって言ったのに……!
 まさか酔っぱらっていたせいで忘れてたとか!?

 今のカリンは注意力や思考力が著しく低下してるのかもしれない。
 戦闘後に酔い潰れる以外にもカリンの酔剣にこんな欠点があったとは……。

 酔剣を使うカリンは最強かもしれないけど、石化して動けなくなってしまったら意味がない。

「んっ、う……ん……なに、これ? うごきに、くい……」

 既にカリンの体の半分ほどが石化してしまった。
 早く解呪のポーションをカリンに浴びせないと!!

 僕はポーチからポーションを取り出してカリンの元へ駆けつけようとするのと同じタイミングでバジリスクもカリンへとどめを刺すために動き出す。

「っ!? ……間に合え!」

 ……くそっ、ダメだ。
 僕も全速力で走るけどバジリスクの方が速いし、カリンへの距離も近い。

 一旦呪いで動きを止めるか?
 いや、呪いの代償で僕も動けなくなる可能性もある。

 どうする……どうする……。

 ……そうだ!
 エマの魔法ならバジリスクへ牽制が出来るはずだ。

「エマっ! 魔法でバジリスクに攻げ」
「あーもー、うっとおしぃー!!!!」

 バキィっといった破壊音がボスの間に響き渡る。

「……え?」

 指示を最後まで言い切る前に思わず動きを止めてしまった。
 いや、だって……そんな事ある?

「ジッ、ギッ……ギィィ!?」

 バジリスクも目の前の光景を見て、驚き、まるで自身が石化してしまったかのように固まってしまった。
 うん、気持ちはよく分かるよ。

 信じられないよね。

 だって……、まさか自力で石化を破るなんて思わないじゃん。


 カリンが思いっきりりきむと、カリンの体を侵食していた石化が、まるでカサブタを剥がすように音と共に剥がれていった。

 ……いや、実際にバジリスクの『石眼』は呪いに分類されるものだから、術士と対象者の間に絶対的な力の差があれば、呪いに抵抗できるってのも、理屈上では説明できる。

 僕の呪いも、ボス級を相手にしたら効果が弱まったり、持続時間が短くなったりするしね。

 だけど、まさかパワーで呪いをねじ伏せるとは思わなかった……。
 そして、これはバッカス流を使うカリンとバジリスクとの間には絶望的なまでの実力差があるという証明でもある。

「よーひ。これで動きやしゅくにゃったじょー」

 石化を解き、身軽になったカリンが嬉しそうに剣を振り回す。
 無邪気な様も、敵対するバジリスクにとっては最早恐怖でしかないだろう。

「ジ……ギ……ジャァァァァァ!!」

 実力差を見せられた上、奥の手も破られたバジリスクは脱兎のごとく逃亡を図る。
 そこにはもう、ダンジョンのボスとしての矜持や誇りはなく、ただ捕食者から逃げ出す弱者の生存本能しか残っていないようだった。

「あっ、にげりゅにゃぁ!? ……っとと」

 カリンは逃げ出したバジリスクを追おうとするが、酔いが回っているのか、足がもつれて反応が遅れる。

 このボスの間は密林になっていて隠れる場所も豊富にある。
 もしかしたらバジリスクにも逃げ切るチャンスはあるのかもしれない。

「逃すと思った?」

 ……敵がカリンひとりだったらね……。

 轟音と共に、バジリスクの進行方向先に巨大な氷の壁が現れ、バジリスクの進路を阻む。

「ジギャッ!?」

「残念、この先は通行止めよ」

 氷魔法『氷絶壁アイスウォール

 本来なら等身大程度の氷壁を造る程度の魔法だけど、エマにかかればこの通りで、規模、氷結範囲、速度……どれをとっても規格外でだ。

 近距離のカリンで、遠距離のエマ……一人でも異常な強さで手が追えないのに、それが二人もいる。
 バジリスクには同情すら覚える。

 DランクダンジョンにSランク相当の冒険者が二人もいるんだ……バジリスクにとっては出会い頭の事故みたいなものだろう。

「おー、エマぁ、ナイスぅ~」

「アタシが止めをさしても良かったけど……ここは新入りに花を持たしてあげましょうか」

「ふへへ、それじゃあえんりょにゃくいこーかにゃ~」

 カリンはふらふらとおぼつかない足取りながらもジリジリとバジリスクとの距離を詰めていく。

「ジ……ギ……ジャァァァァァ!!!!」

 逃げる事も諦め、バジリスクは最後の抵抗とばかりに大きく口を開けながらカリンに飛びかかる。

 しかし、カリンは焦る事なくゆっくりと剣を構えて迎え討つ。

「ばっかすりゅうけんじゅつ……『やにゃぎ』」

「ジッ……ガァァァァァァァァ!?」

 バッカス流剣術『柳』……技名は合ってるだろうか?
 カリンの呂律がふにゃふにゃのせいでどうにも締まらないが、その太刀筋は見事な一言だった。

 素人目では一回しか斬ったようにしか見えなかったのに、バジリスクはその一太刀で綺麗に三枚におろされてしまった。

 ってか、一撃って……。

 僕程度じゃ『柳』って技の剣筋や威力を理解することは出来ないけど、ひとつだけ分かった事がある。

 うちのパーティーの剣士は最強ってことだ。

 Dランクとはいえボス級のモンスターを一撃で倒すなんてそうできる事じゃない。
 僕が知ってる限り、それが可能なのは横にいるエマくらいだ。

「ふぃ~、おつかれっしたぁ~」

 っと、そろそろカリンの泥酔状態を解除してあげないと。

 僕はすぐに『酔朧ノ天ドランカード』を解呪する。

「……っ!?」

 すると、カリンはピタッと動きを止め、その場で地面に突っ伏し出す。

「っ!? 大丈夫!?」

 アルコールを摂取せずに、僕の呪いでカリンを泥酔状態にしていたから、解呪さえすれば二日酔いにはならないはずだ。
 まさか、呪いで酔剣を使った反動でもあったのだろうか?
 それか、バジリスクの『石眼』を力技で解いた弊害とか?

 僕は心配になりカリンの元へ駆けつける。

「うっ……ぐっ、うぅぅぅぅ……」

「ちょっと……本当に大丈夫?」

 カリンが苦しそうに呻いており、エマも心配そうに声をかける。

「こ……」

「「こ?」」

「殺してくれー!!」

「「えぇっ!?」」

 カリンからの思いもしなかった懇願に、僕とエマは思わず声を揃えて驚いてしまった。

「い、いつも私は……酔っている時、あんな感じだったのか!?」

「あ、あんな感じって?」

 カリンが顔を赤らめ、涙目になりながら僕の胸ぐらを掴みながら問いただしてくる。
 目の前に突然美女の顔が迫ってきたせいで、口どもってしまった。

 ……エマの目線が心なしか厳しい気もするけど、気にしないふりをしておこう。

「その……定まらない足元や、ろくに回っていない呂律……、それにだらしなく気の抜けた表情のことだ!」

「ああ……。うん、いつもあんな感じだったよ」

「うっ……ぐっ……、あぁぁぁぁぁぁ……。し、死にたい……」

 カリンは更に顔を赤らめながら、再度地面に倒れ込む。

 ……まさか……。

「カリンって、酔ってた時の自分の記憶なかったの!?」

 ここにきて衝撃の事実が判明してしまった。
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