鈴蛍

久遠

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「拝啓、洋平君。
 突然のお手紙でびっくりしたと思います。
 そんな洋平君に、もっと驚くことを言わなくてはなりません。美鈴が、二月二十二日に白血病で天国へ旅立ってしまいました。
 驚いたでしょう。悲しいことですが、事実なのです。美鈴は、三年前に白血病とわかり、それからずっと治療してきました。幸い、発病しないうちは無理さえしなければ普通の生活はできたので、本人には本当のことを話してはいませんでした。 身体に気を付けて、無理をしないようにとだけ言っていました。しかし、元々勘の鋭い娘でしたので、気付いていながら、反対に私たちに気を使って気付かないふりをしていたのかもしれません。
 ともかく、そういう事情でしたので、美鈴が望むことはなるべく叶えてやるようにしていました。昨夏の夏休みに、一人で先に美保浦に行きたいと言ったときも、とても心配でしたが、美鈴の言う通りにさせました。
 今になって思えば、それで本当に良かったと思っています。洋平君とお友達になれて本当に良かった。
 美鈴は大阪に戻ってからも、私たちに洋平君と一緒に過ごした夏休みの思い出を楽しそうに、そして嬉しそうにに話してくれました。私たち夫婦は、美鈴とこんなに話をしたことがあったかしら、と思うくらい話をしました。
 自分の身体が弱いことに引け目を感じ、内気で口数の少ない子供だった美鈴が、まるで生まれ変わったように明るくなっていました。これも洋平君のお陰だと感謝の気持ちでいっぱいでした。
 洋平君が、いろいろなところへ連れて行ってくれるという度に、大工屋のお祖父さんから連絡があり、とても迷いましたが、今では美鈴の好きなようにさせてやって良かったと思っています。
 洋平君、本当にありがとう。昨年の夏、いつも美鈴と一緒にいてくれてありがとう。美鈴のことを好きになってくれてありがとう。美鈴にとっては、大阪にいるより、ずっとずっと幸せな日々が送れたことでしょう。だって、最初で最後のすてきな恋をしたのですから……。
 美鈴は病院のベッドの中でも、洋平君から貰ったペンダントを握り締め、一緒に撮った写真を眺め、洋平君から届いた手紙を何度も何度も読み返していました。ペンダントも写真も手紙も、美鈴の棺に入れてやりました。
 美鈴は入院してからも、初めのうちは返事を書いていましたが、そのうちに書くことを止めました。それは、一緒に勉強したとき、洋平君から『とてもきれいな字だね』と褒められたことがとても嬉しかったので、汚い字でしか書けなくなった手紙を見せたくなかったのです。
 また、自分の病気を知られて、洋平君を悲しませたくなかったのです。美鈴は、自分が返事を書けなくなったことをとても悔やんでいました。私も、何度も洋平君に本当のことを知らせようかと思いましたが、どうせ助からない命なら、美鈴の想いを大切にしたいと思い、また洋平君によけいな心配と悲しみを与えるだけだと思い、止めました。
 こんな手紙を送ることになって、本当にごめんなさいね。
 洋平君は美鈴の分まで、一生懸命勉強してください、一生懸命遊んでください、一生懸命恋をしてください、そして一生懸命生きてください。
 同封した手紙は、美鈴が最後に洋平君に書いた手紙です。汚い字ですが、美鈴が死を目前にして、必死の想いで書いた手紙です。どうか読んでやってください。
 洋平君、本当にありがとうございました。                           
                                            かしこ
 
追伸
 
 美鈴が死の間際に、『私、死んだら美保浦のお墓に入りたい』と言った願いを叶えてやりたく、今年の初盆に納骨しようと思っています。美鈴が、短い生涯の中で、最も幸せだった場所に眠らせてあげようと思います。もしよかったら、洋平君がお墓参りするとき、美鈴のところにも寄ってやってください。美鈴もきっと喜ぶでしょう。
 最後に、この二通の手紙を読んで、洋平君が大きなショックを受けることを心配しましたので、お母様にお渡しして、ご判断をお任せすることにしました」

 洋平は、途中から涙が溢れ出て止まらなかった。嗚咽で何度も何度も息を詰まらせた。
 美鈴の消息が途絶えたのは、こういうことだったのか……。決して、自分への想いが消え失せたということではなかったのだ。
 それなのに、自分は美鈴を忘れようとしていた。美鈴の心が離れたと誤解し、心から彼女を追い出そうとしていた。
 洋平は、自分が許せなかった。美鈴の身に何か起こったのではないか、と想像すらしなかった自分が情けなかった。
 美鈴は、その誤解を解くため、最後の別れに来たのだろう。
 本当のことを言って欲しかった。こうなることがわかっていたのなら、祖父に無理を言ってでも、大阪に駆けつけたのに……。最後にもう一度、現実の美鈴に逢って別れを告げたかった。
 悲哀と後悔と自責と少しの恨みがましい気持ち、これらが複雑に絡み合って、洋平の心を殴打していた。
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