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第八章 対決(1)
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親戚の者たちが早々に席を立ったため、精進落としの酒宴はさながら同窓会の様相を呈していた。
洋平は皆の顔を一人一人見渡し、つくづく彼らとは利害関係がなくて良いと微笑んだ。高校や大学の同窓会だと、懐かしさよりも職業や肩書きの方が気になるものだ。名刺交換をすれば、優越感と劣等感が去来し、ときには翌日の営業電話にうんざりさせられたりもする。
だが目の前の彼らは、昔話に花を咲かせるだけで、お互いの現況を深く探ったりはしない。一応尋ねたりもするが、おざなりなことは明白である。きっと、明日になれば忘れているだろう。
この場だけは、社長も従業員も大工も漁師も肩書きなど一切関係がない。独身だろうと離婚者であろうと、子供があろうがなかろうが全くの同等なのである。
その彼らも、時間の経過と共に一人抜け二人去りして、二十二時頃ともなると、残ったのは洋平と律子の他数名となっていた。
「台風も近づいちょうけん、そろそろ今夜はお開きにしょいや」
善波修吾がそう言うと、
「そうね。明日の夜の精霊舟流しもあることだしね」
律子が同調した。
「ちょっと、待てや。仏さんを一人にするのか」
「そが言ったって、家族が居らんけん、仕方ないだが」
不服そうな顔をした洋平を修吾が宥めた。
「せやけど、仏さんが寂しいがらんかな」
「洋平君。お通夜と違って、一晩中仏さんのお供をしなくても良いのよ」
そうか、と律子の言葉に頷いた洋平は、
「でも俺は残るよ。俺はお通夜にも葬式にも出とらんしな。今夜ぐらい隆夫の傍に居らんとな」
隆夫の遺影に向かって言った。
洋平は美穂子に、朝まで共をすると言って家を出ていたので、今更恵比寿に戻るのもばつが悪かった。
「そげしちゃれ。隆夫も喜ぶがな」
修吾はそう言いながら、家の鍵を洋平に渡した。
皆が帰ると、洋平は戸締りを始めた。先ほどまで届いていた松虫の鳴き声が、風の音に掻き消されていた。予報どおり台風が接近しているらしかった。
一人きりになった洋平は、線香を継ぎ足しながら隆夫の遺影をまじまじと見つめた。
隆夫が怪我をしたという連絡が入ったのは当日の昼前だった。
巣潜りをしていて、誤って岩場で足の裏を切り、山に分け入るのは無理だというのだ。隆夫が同行できないのであれば、蛍狩りは取り止めとせざるを得なかった。
美鈴は痛々しいほど憔悴していた。
洋平が二人だけで蛍狩りに行く決意を固めたのは、まさにその姿を目の当たりにしたときだった。
美鈴が今年の蛍狩りに拘る真の理由は何か――。
絶えず心に纏わり付いている、漠然とした不安を一掃するには他に方法がないと覚悟を決めたのだった。
お盆の夜であれば、休漁なので誰かの同行は可能かもしれないが、洋平がそうした考えを抱くことは全くなかった。二人だけで蛍狩りをすることに意義があると思い込んでいたのである。
実は、こういう事態を予測していた訳ではなかったが、洋平は万が一、隆夫が裏切ったときのために、ある一つの計画を練っていた。ただそれは、十二歳の自分たちにとって、あまりに無謀とも言える計画だったので、心の片隅に追い遣っていた。
洋平はうな垂れている美鈴の気持ちを探った。
「鈴ちゃん、どうしても蛍を観に行きたい?」
「どうしても行きたい」
顔を上げた彼女の表情から、切実な想いがひしひしと伝わってきた。
「たとえ、どんなことがあっても行きたいだか」
「行きたい!」
美鈴は洋平の謎掛けにも、瞬きをする間もなくきっぱりと答えた。その表情には、彼女の意思の強さが現れていた。
「そんなら、おらに一つ考えがあるのだけんど……」
「どんな」
美鈴は期待の滲んだ表情で訊いた。
洋平は声を落として秘めた計画を話し始めた。
洋平は皆の顔を一人一人見渡し、つくづく彼らとは利害関係がなくて良いと微笑んだ。高校や大学の同窓会だと、懐かしさよりも職業や肩書きの方が気になるものだ。名刺交換をすれば、優越感と劣等感が去来し、ときには翌日の営業電話にうんざりさせられたりもする。
だが目の前の彼らは、昔話に花を咲かせるだけで、お互いの現況を深く探ったりはしない。一応尋ねたりもするが、おざなりなことは明白である。きっと、明日になれば忘れているだろう。
この場だけは、社長も従業員も大工も漁師も肩書きなど一切関係がない。独身だろうと離婚者であろうと、子供があろうがなかろうが全くの同等なのである。
その彼らも、時間の経過と共に一人抜け二人去りして、二十二時頃ともなると、残ったのは洋平と律子の他数名となっていた。
「台風も近づいちょうけん、そろそろ今夜はお開きにしょいや」
善波修吾がそう言うと、
「そうね。明日の夜の精霊舟流しもあることだしね」
律子が同調した。
「ちょっと、待てや。仏さんを一人にするのか」
「そが言ったって、家族が居らんけん、仕方ないだが」
不服そうな顔をした洋平を修吾が宥めた。
「せやけど、仏さんが寂しいがらんかな」
「洋平君。お通夜と違って、一晩中仏さんのお供をしなくても良いのよ」
そうか、と律子の言葉に頷いた洋平は、
「でも俺は残るよ。俺はお通夜にも葬式にも出とらんしな。今夜ぐらい隆夫の傍に居らんとな」
隆夫の遺影に向かって言った。
洋平は美穂子に、朝まで共をすると言って家を出ていたので、今更恵比寿に戻るのもばつが悪かった。
「そげしちゃれ。隆夫も喜ぶがな」
修吾はそう言いながら、家の鍵を洋平に渡した。
皆が帰ると、洋平は戸締りを始めた。先ほどまで届いていた松虫の鳴き声が、風の音に掻き消されていた。予報どおり台風が接近しているらしかった。
一人きりになった洋平は、線香を継ぎ足しながら隆夫の遺影をまじまじと見つめた。
隆夫が怪我をしたという連絡が入ったのは当日の昼前だった。
巣潜りをしていて、誤って岩場で足の裏を切り、山に分け入るのは無理だというのだ。隆夫が同行できないのであれば、蛍狩りは取り止めとせざるを得なかった。
美鈴は痛々しいほど憔悴していた。
洋平が二人だけで蛍狩りに行く決意を固めたのは、まさにその姿を目の当たりにしたときだった。
美鈴が今年の蛍狩りに拘る真の理由は何か――。
絶えず心に纏わり付いている、漠然とした不安を一掃するには他に方法がないと覚悟を決めたのだった。
お盆の夜であれば、休漁なので誰かの同行は可能かもしれないが、洋平がそうした考えを抱くことは全くなかった。二人だけで蛍狩りをすることに意義があると思い込んでいたのである。
実は、こういう事態を予測していた訳ではなかったが、洋平は万が一、隆夫が裏切ったときのために、ある一つの計画を練っていた。ただそれは、十二歳の自分たちにとって、あまりに無謀とも言える計画だったので、心の片隅に追い遣っていた。
洋平はうな垂れている美鈴の気持ちを探った。
「鈴ちゃん、どうしても蛍を観に行きたい?」
「どうしても行きたい」
顔を上げた彼女の表情から、切実な想いがひしひしと伝わってきた。
「たとえ、どんなことがあっても行きたいだか」
「行きたい!」
美鈴は洋平の謎掛けにも、瞬きをする間もなくきっぱりと答えた。その表情には、彼女の意思の強さが現れていた。
「そんなら、おらに一つ考えがあるのだけんど……」
「どんな」
美鈴は期待の滲んだ表情で訊いた。
洋平は声を落として秘めた計画を話し始めた。
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