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洋平は、生まれて初めて釣りを体験する美鈴に、数多くの魚を釣らせてやりかった。彼女に釣りの楽しさを味合わせてやりたい、ということもあったが、何よりも彼女の笑顔だけが、唯一自分を救ってくれると思い詰めていたからである。
洋平は、この磯で釣りをするときの取って置きの穴場を美鈴に譲った。
「ほら、あそこの岩と岩の間に糸を垂らしてね。そいで、こうやってゆっくり竿を上下させえだ。そのうち、魚が餌に食いつくと、ツンツンと小さな振動があるけん。だいでが、そこで慌てちゃいけん。魚の口に針が掛かると、今度はグーッと強く糸を引っ張るけん、そげしたら、あわてんとゆっくりと竿を引き上げればいいけん」
洋平は、彼女が握っている竿を手で動かして教えた。
餌は、岩に付いている小さな巻貝をとり、石で割って身を取り出し、針に付けた。初めのうち、彼女は魚の当たりと、錘が底や岩にあったときの振動との違いがわからない様子だったが、
洋平の、
『とにかく手に振動があったら、竿を上げてみて』
という言葉通りにしているうちに、偶然にも大ぶりの魚を釣りあげてしまった。
「やったあ! 釣れた。洋平君、見て、見て」
美鈴は大喜びで叫んだ。
「ねえ、洋平君。これ何という魚?」
「図鑑ではカサゴって書いてあるけんど、ここいら辺ではボッカと言うだが」
「へえー、ボッカって言うんだ」
それは、体長が十五センチほどの魚だったが、彼女が生まれて初めて釣った記念すべき魚だった。
「これどうしたらいいの? ねえ、洋平君、魚外して」
美鈴は、竿先を洋平に向けた。彼女は、生きた魚を手掴みしたことがないのだろう。
「美鈴ちゃん、当たりの感覚がわかった?」
洋平は、ボッカを針から外し、次の餌を付けながら訊ねた。
「よくわかんないけど、竿が引っ張られたので、上げてみたら釣れてた」
「この魚は群れでいる魚だけん。一匹釣れると、あと何匹かは釣れるけん。同じ場所に糸を垂らし続けてみて」
「へえーそうなんだ。なんだかわくわくしてきた」
彼女は興奮気味に言うと、真剣な眼差しで竿の先を注視した。洋平は、竿を手にすることなく、餌となる貝を獲りながら彼女の姿を眺めていた。
「あっ、きた。またきたよ、洋平君!」
彼女は叫びながら、再びボッカを釣り上げた。
「洋平君の言うとおりだね。またボッカが釣れた。なんだかいっぱい釣れそうで楽しいね」
美鈴は、立て続けに五匹のボッカを釣り上げた。洋平は、彼女の笑顔に癒されていた。無邪気にはしゃぐ姿は、洋平を何事もなかったような錯覚に陥らせていた。
だが、
「洋平君は釣らないの?」
何度目かの餌を付けたとき、いっこうに釣りを始めない洋平を気遣った彼女の一言が、彼の目を醒ましてしまった。
「うん、そのうち釣るけん。おらのことは、気にせんでええよ」
現実に引き戻された洋平は、再び隆夫の存在を消化するのに躍起となった。
美鈴は洋平がそのような精神状態であることなど知る由もなかったのであろう、針に付いている餌を見て、
「洋平君、この餌にしている、小さいサザエのような形をした貝はなんて言うの?」
などと無頓着に訊ねてくる。
洋平は少し億劫に感じたが、彼女の素朴な問い掛けは、結果的に彼の気を紛らわすことになった。
「これは、ニイナというだが。形もそげだけど、味もサザエと似ちょうって美味しいだが。美鈴ちゃん、食べてみる?」
「うん、食べてみる」
洋平は服を脱いで海水パンツ姿になり、少し沖の深い岩場で大きめのニイナを獲り、身を取り出すと、海水で洗い彼女に渡した。
「うわあ、ほんとだ。サザエみたいで美味しい。海水で塩味になっているし……」
「普通は湯がいて食べるのだけんど、おらたちは海遊びにきたときに、小腹が空いたら、このニイナとか、とこぶしとか、がぜを取って食べるだが」
「とこぶしや、がぜってなに?」
美鈴の興味は尽きないようだ。
「美鈴ちゃん、そいも食べてみる?」
「ここにもあるの」
「いいや、ここいらへんにはないけんど、もっと沖に出て潜りゃあ、獲れえけん。ちょっと待っちょって、獲ってくるけん」
洋平はさらに沖まで出て、とこぶしやがぜを探した。
海に入ると、彼はあらためて自分が海の子供であることを実感した。巣潜りをしている間は、獲物を探すのに一心不乱となり、心の憂さを忘れていたからである。
――ああ、そげか……。
獲物を手にして岩陰に戻ったとき、洋平は美鈴の問い掛けが、自分への心遣いだったと気付いた。
それぞれ二、三個ずつ獲って戻ると、とこぶしは先が尖った木切れをへら代わりにして、身を剥ぎ取り、がぜは石で切れ目をつくり、両手で殻を割って身を取り出した。
「両方ともすごく美味しい。とこぶしは、小さなあわびみたいだし、がぜってうにだよね」
「うん、そげ。ようわかったなあ」
「洋平君は、いつもこんなの食べてるの」
「そげだなあ。釣りに行ったときは、こげなもんを食べちょうけど、巣潜りに行ったときは、獲ったサザエやあわび、銛で突いて獲った魚なんかを焼いて食べちょうよ」
「ふーん、そうなんだ。海って良いなあ。美保浦って良いなあ。洋平君が羨ましいなあ」
美鈴は、海面を見ながらしみじみと言った。
その横顔は、少し憂いを帯びていたのだが、心に重い石を抱えていた洋平に、気に留める余裕などあるはずもなかった。
やがて、洋平も釣り始め、結局二時間足らずで、美鈴はボッカを七匹、べらを三匹、他の雑魚を三匹釣り上げた。初めてにしては、上々の釣果と言えた。洋平もボッカを十匹、べらを七匹釣り上げたので、晩のおかずの一品にはなった。
「どれどれ、見せてみい。まあ、小さいけんど大漁じゃの。こんだけありゃ、立派に晩のおかずになるねえ。大したもんだ」
籠の中を覗き込みながら、里恵が言った。
里恵に誉められて、鼻高々の二人に、母は嬉しい言葉を加えた。
「美鈴ちゃん、今日はうちで晩御飯を食べていかさい。さっき、大工屋さんから電話があって、後でお爺さんもうちにおいでになるけん……美鈴ちゃんは、お魚は大丈夫よね」
「はい、大好きです」
美鈴はいつになく声を弾ませた。
洋平の心も躍っていた。彼女が夕食を共に食するのは初めてだったし、しかも大工屋の万太郎がやって来るということは、いつものように、祖父と酒を酌み交わすことになる。それは取りも直さず、夜遅くまで彼女と一緒に過ごすことを許されるお墨付きを貰ったようなものだった。
二人は夕食の時間まで、南の縁側に腰掛け、過日の夕方、転寝で途切れてしまった話の続きをした。
「洋平君が幼い頃は、叔母さんたちも一緒に住んでいたって言ってたよね」
「うん。下の二人の叔母さんが一緒に住んでた」
「どんな人? お姉さんに似てる」
「うーん。似ちょうと言えば似ちょうかなあ」
と、洋平が曖昧な返事をすると、
「頼りないなあ。そうだ。洋平君、アルバムを見せて」
と端からそれが目的のような強い口調で言った。
洋平は、里恵に両親の部屋に入ることの断りを入れ、三冊のアルバムを持ち出した。
「これが三女の百合子叔母さんで、こっちが末っ子の八重子叔母さん。百合子叔母さんとは十三歳、八重子叔母さんは十一歳しか違わんけん」
「ふーん。お姉さんも綺麗だけど、二人とも綺麗な人だね」
「そうかなあ? 親戚だとようわからんけん」
洋平がそう言う間もなく、美鈴はアルバムを取り上げ、彼の生まれたときからの写真を順に見ていった。
「これも、洋平君?」
アルバムを捲る手を止めて、驚きとも笑いとも着かぬ声を上げた。素っ頓狂な声に、彼女が指差した写真を見ると、そこにはスカートを穿き、頭の両側の髪を輪ゴムで括り、リボンをつけている洋平が写っていた。
「ああ、これはおらが三歳の時で、叔母さんたちが悪戯しただが。この頃は、お祖父ちゃんとお父ちゃんは仕事に行っちょって、家にはなかなかござらんで、おらのほかは女だけだったけん。叔母さんたちのやりたい放題だっただが」
「ふーん、そうなんだ。でも、何だかうらやましいなあ。私は一人っ子だから……と言うよりいつも一人ぼっちだから」
と、彼女は表情を曇らせた。
あまりに淋しげなその表情に、
「だいてが、良いことばっかりじゃないけん。うっとうしいときもあるけんな」
と、洋平は気休めにしかならない言葉を掛けた。
「そうなの。でも洋平君。それって贅沢だと思うよ」
美鈴は神妙な顔つきで言うと、何かを探すかのように、再びアルバムを捲り始めた。そして、三冊目のアルバムを捲っていた彼女の手が止まった。
「洋君、この写真もらえないかな?」
どうやら、目当ての写真を見つけたようだった。一番新しいアルバムの中から、彼女が見つけ出した写真は、今年の正月のお祭りのとき、お囃子の大太鼓を叩いているものだった。
「ええけど、どげしてこの写真がええの?」
洋平は、少しピントの外れた写真を気に入った理由が知りたかった。
「どうしても……」
だが、彼女ははっきりとした理由を言わなかった。
『ゴーン……ゴーン』
ちょうどそのとき、海岸からの海風に乗って、永楽寺の鐘の音が響き渡った。十八時を知らせる時の仲裁に、洋平はその先の言葉を封じられてしまった。
陽は十分に傾き、辺りは夕闇の入り口に差し掛かっていた。やがて、長い影を引きずりながら、万太郎がやってきた。携えた日本酒の一升瓶が、孫が世話になっていることへの礼であることは言うまでもなかった。
洋平は、この磯で釣りをするときの取って置きの穴場を美鈴に譲った。
「ほら、あそこの岩と岩の間に糸を垂らしてね。そいで、こうやってゆっくり竿を上下させえだ。そのうち、魚が餌に食いつくと、ツンツンと小さな振動があるけん。だいでが、そこで慌てちゃいけん。魚の口に針が掛かると、今度はグーッと強く糸を引っ張るけん、そげしたら、あわてんとゆっくりと竿を引き上げればいいけん」
洋平は、彼女が握っている竿を手で動かして教えた。
餌は、岩に付いている小さな巻貝をとり、石で割って身を取り出し、針に付けた。初めのうち、彼女は魚の当たりと、錘が底や岩にあったときの振動との違いがわからない様子だったが、
洋平の、
『とにかく手に振動があったら、竿を上げてみて』
という言葉通りにしているうちに、偶然にも大ぶりの魚を釣りあげてしまった。
「やったあ! 釣れた。洋平君、見て、見て」
美鈴は大喜びで叫んだ。
「ねえ、洋平君。これ何という魚?」
「図鑑ではカサゴって書いてあるけんど、ここいら辺ではボッカと言うだが」
「へえー、ボッカって言うんだ」
それは、体長が十五センチほどの魚だったが、彼女が生まれて初めて釣った記念すべき魚だった。
「これどうしたらいいの? ねえ、洋平君、魚外して」
美鈴は、竿先を洋平に向けた。彼女は、生きた魚を手掴みしたことがないのだろう。
「美鈴ちゃん、当たりの感覚がわかった?」
洋平は、ボッカを針から外し、次の餌を付けながら訊ねた。
「よくわかんないけど、竿が引っ張られたので、上げてみたら釣れてた」
「この魚は群れでいる魚だけん。一匹釣れると、あと何匹かは釣れるけん。同じ場所に糸を垂らし続けてみて」
「へえーそうなんだ。なんだかわくわくしてきた」
彼女は興奮気味に言うと、真剣な眼差しで竿の先を注視した。洋平は、竿を手にすることなく、餌となる貝を獲りながら彼女の姿を眺めていた。
「あっ、きた。またきたよ、洋平君!」
彼女は叫びながら、再びボッカを釣り上げた。
「洋平君の言うとおりだね。またボッカが釣れた。なんだかいっぱい釣れそうで楽しいね」
美鈴は、立て続けに五匹のボッカを釣り上げた。洋平は、彼女の笑顔に癒されていた。無邪気にはしゃぐ姿は、洋平を何事もなかったような錯覚に陥らせていた。
だが、
「洋平君は釣らないの?」
何度目かの餌を付けたとき、いっこうに釣りを始めない洋平を気遣った彼女の一言が、彼の目を醒ましてしまった。
「うん、そのうち釣るけん。おらのことは、気にせんでええよ」
現実に引き戻された洋平は、再び隆夫の存在を消化するのに躍起となった。
美鈴は洋平がそのような精神状態であることなど知る由もなかったのであろう、針に付いている餌を見て、
「洋平君、この餌にしている、小さいサザエのような形をした貝はなんて言うの?」
などと無頓着に訊ねてくる。
洋平は少し億劫に感じたが、彼女の素朴な問い掛けは、結果的に彼の気を紛らわすことになった。
「これは、ニイナというだが。形もそげだけど、味もサザエと似ちょうって美味しいだが。美鈴ちゃん、食べてみる?」
「うん、食べてみる」
洋平は服を脱いで海水パンツ姿になり、少し沖の深い岩場で大きめのニイナを獲り、身を取り出すと、海水で洗い彼女に渡した。
「うわあ、ほんとだ。サザエみたいで美味しい。海水で塩味になっているし……」
「普通は湯がいて食べるのだけんど、おらたちは海遊びにきたときに、小腹が空いたら、このニイナとか、とこぶしとか、がぜを取って食べるだが」
「とこぶしや、がぜってなに?」
美鈴の興味は尽きないようだ。
「美鈴ちゃん、そいも食べてみる?」
「ここにもあるの」
「いいや、ここいらへんにはないけんど、もっと沖に出て潜りゃあ、獲れえけん。ちょっと待っちょって、獲ってくるけん」
洋平はさらに沖まで出て、とこぶしやがぜを探した。
海に入ると、彼はあらためて自分が海の子供であることを実感した。巣潜りをしている間は、獲物を探すのに一心不乱となり、心の憂さを忘れていたからである。
――ああ、そげか……。
獲物を手にして岩陰に戻ったとき、洋平は美鈴の問い掛けが、自分への心遣いだったと気付いた。
それぞれ二、三個ずつ獲って戻ると、とこぶしは先が尖った木切れをへら代わりにして、身を剥ぎ取り、がぜは石で切れ目をつくり、両手で殻を割って身を取り出した。
「両方ともすごく美味しい。とこぶしは、小さなあわびみたいだし、がぜってうにだよね」
「うん、そげ。ようわかったなあ」
「洋平君は、いつもこんなの食べてるの」
「そげだなあ。釣りに行ったときは、こげなもんを食べちょうけど、巣潜りに行ったときは、獲ったサザエやあわび、銛で突いて獲った魚なんかを焼いて食べちょうよ」
「ふーん、そうなんだ。海って良いなあ。美保浦って良いなあ。洋平君が羨ましいなあ」
美鈴は、海面を見ながらしみじみと言った。
その横顔は、少し憂いを帯びていたのだが、心に重い石を抱えていた洋平に、気に留める余裕などあるはずもなかった。
やがて、洋平も釣り始め、結局二時間足らずで、美鈴はボッカを七匹、べらを三匹、他の雑魚を三匹釣り上げた。初めてにしては、上々の釣果と言えた。洋平もボッカを十匹、べらを七匹釣り上げたので、晩のおかずの一品にはなった。
「どれどれ、見せてみい。まあ、小さいけんど大漁じゃの。こんだけありゃ、立派に晩のおかずになるねえ。大したもんだ」
籠の中を覗き込みながら、里恵が言った。
里恵に誉められて、鼻高々の二人に、母は嬉しい言葉を加えた。
「美鈴ちゃん、今日はうちで晩御飯を食べていかさい。さっき、大工屋さんから電話があって、後でお爺さんもうちにおいでになるけん……美鈴ちゃんは、お魚は大丈夫よね」
「はい、大好きです」
美鈴はいつになく声を弾ませた。
洋平の心も躍っていた。彼女が夕食を共に食するのは初めてだったし、しかも大工屋の万太郎がやって来るということは、いつものように、祖父と酒を酌み交わすことになる。それは取りも直さず、夜遅くまで彼女と一緒に過ごすことを許されるお墨付きを貰ったようなものだった。
二人は夕食の時間まで、南の縁側に腰掛け、過日の夕方、転寝で途切れてしまった話の続きをした。
「洋平君が幼い頃は、叔母さんたちも一緒に住んでいたって言ってたよね」
「うん。下の二人の叔母さんが一緒に住んでた」
「どんな人? お姉さんに似てる」
「うーん。似ちょうと言えば似ちょうかなあ」
と、洋平が曖昧な返事をすると、
「頼りないなあ。そうだ。洋平君、アルバムを見せて」
と端からそれが目的のような強い口調で言った。
洋平は、里恵に両親の部屋に入ることの断りを入れ、三冊のアルバムを持ち出した。
「これが三女の百合子叔母さんで、こっちが末っ子の八重子叔母さん。百合子叔母さんとは十三歳、八重子叔母さんは十一歳しか違わんけん」
「ふーん。お姉さんも綺麗だけど、二人とも綺麗な人だね」
「そうかなあ? 親戚だとようわからんけん」
洋平がそう言う間もなく、美鈴はアルバムを取り上げ、彼の生まれたときからの写真を順に見ていった。
「これも、洋平君?」
アルバムを捲る手を止めて、驚きとも笑いとも着かぬ声を上げた。素っ頓狂な声に、彼女が指差した写真を見ると、そこにはスカートを穿き、頭の両側の髪を輪ゴムで括り、リボンをつけている洋平が写っていた。
「ああ、これはおらが三歳の時で、叔母さんたちが悪戯しただが。この頃は、お祖父ちゃんとお父ちゃんは仕事に行っちょって、家にはなかなかござらんで、おらのほかは女だけだったけん。叔母さんたちのやりたい放題だっただが」
「ふーん、そうなんだ。でも、何だかうらやましいなあ。私は一人っ子だから……と言うよりいつも一人ぼっちだから」
と、彼女は表情を曇らせた。
あまりに淋しげなその表情に、
「だいてが、良いことばっかりじゃないけん。うっとうしいときもあるけんな」
と、洋平は気休めにしかならない言葉を掛けた。
「そうなの。でも洋平君。それって贅沢だと思うよ」
美鈴は神妙な顔つきで言うと、何かを探すかのように、再びアルバムを捲り始めた。そして、三冊目のアルバムを捲っていた彼女の手が止まった。
「洋君、この写真もらえないかな?」
どうやら、目当ての写真を見つけたようだった。一番新しいアルバムの中から、彼女が見つけ出した写真は、今年の正月のお祭りのとき、お囃子の大太鼓を叩いているものだった。
「ええけど、どげしてこの写真がええの?」
洋平は、少しピントの外れた写真を気に入った理由が知りたかった。
「どうしても……」
だが、彼女ははっきりとした理由を言わなかった。
『ゴーン……ゴーン』
ちょうどそのとき、海岸からの海風に乗って、永楽寺の鐘の音が響き渡った。十八時を知らせる時の仲裁に、洋平はその先の言葉を封じられてしまった。
陽は十分に傾き、辺りは夕闇の入り口に差し掛かっていた。やがて、長い影を引きずりながら、万太郎がやってきた。携えた日本酒の一升瓶が、孫が世話になっていることへの礼であることは言うまでもなかった。
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