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第三章 連続殺人事件
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夜になって、光智は村井から事件の詳細を聞いた。
彼が帝都大学時代の友人である警視庁の参事官から聞き出した話によると、署内では他殺の可能性が高くなり、大規模な捜査本部設置に向けて準備に入ったという。堀尾は世間の注目を浴びていたため、他殺と断定すれば、当局としてもそれ相応の対応を迫られたということらしい。
しかも、堀尾の住むマンションのセキュリティーは極めて高度であり、浴槽に運んで自殺に見せ掛けるという手の込んだ偽装工作に鑑みると、強盗や空き巣目的から転じた突発的な殺害ではなく、怨恨等による計画殺人の線が濃厚となっていた。
堀尾が買収した企業は、光智が関連しているものを含め、大小合わせて十二社あった。これらが全て円満に解決した訳ではなく、中には恨みを持った者もいると考えられた。
話を聞いた光智の表情は沈んだものになった。彼が関与した五社は、役員の解任や従業員の解雇なども最小限に抑え、極力穏便に済ませていたが、それでも恨みを買わないと誰が断言できるだろう。光智は彼らの中に真犯人がいるとすれば、同義的な責任は免れないと思った。
村井には、他にも気掛かりなことがあった。この事件で、ウィナーズが遅からず世間の耳目を集めてしまい、株式の買収工作がやり難くなるということである。
ウィナーズの役員の中に、堀尾と光智らとの関係を知っている者は一人もいなかった。僅かに、専務の土江徹(つちえとおる)だけが、個人的に堀尾の投資指導をしていたのが村井であることを知っていた。
土江は、堀尾の亡き後、次期社長の最有力にいる人物である。もっとも、分散しているウィナーズの株を集約すれば、実質的に光智が筆頭株主であるから、社長人事は彼の手中にあったのだが、問題は土江が光智らと与する気があるかどうかであった。
その点について、村井は自分の印象を述べた。
「土江君にしても、我々の仲間に入ることは願ってもない幸運でしょう。ただ、彼の資質が向いているかどうか。堀尾君はあのように見えても、相当な野心家でしたから……もしかすると、その辺りが災いしたとも考えられます」
「土江さんの人となりは、追々見極めるとして、問題は牧野モーターですね」
光智は、堀尾の代役を誰にするか悩んでいた。と言っても、宇佐美と赤木の二人しかいないのだが、宇佐美は苦労人だったので、極力表には出したくなかったし、若い赤木には荷が重過ぎた。
「しばらく、様子を見ませんか。この件の大筋が判明するまで、我々も動かない方が良いかもしれません」
村井がアドバイスをした。
「それが良案かもしれませんね。その間、村井さんは土江さんの真意を見極めて下さい」
「真意……ですか?」
「ええ。堀尾さんが集めた株をどうするつもりか、です」
光智は、大量取得報告書を提出して、ウィナーズの名前が判明し、相手が対策を立てたとき、土江がこれまで通り自分たちの指示に従うかどうかを知りたかった。
堀尾は、これまで村井の指示通りに株の買い付けを行い、取得した株は最終的には光智の、それはつまり周英傑の息の掛かった企業に利を乗せて引き渡していた。そうすることで、ウィナーズは、確実に利鞘を稼ぐことができたのだが、土江が同じように動いてくれるかどうか保証はなかった。
牧野モーターの株の購入金額は、およそ四十億円だったが、これ程度の資金ならば自前で賄うことができ、光智の支援を必要としていなかった。したがって、亡くなった堀尾と光智の関係を知らない土江が、他に利益を求める可能性も考えられたのである。
ウィナーズ、つまり堀尾貴仁は上場したときに放出した売却益を株式投資に回していたが、資金がショートしたときには、村井から借り受けていた。その資金の出所は、いうまでもなくドラゴン・グループの会社名義の定期預金を担保にして、菱友銀行から光智が借り入れたものである。
裁量を任された村井は、その資金を堀尾個人に貸し付け、堀尾が自社に融通するといった段取りを踏んでいた。したがって、土江徹が堀尾貴仁と村井慶彰の関係を知っているのは、村井が個人的に株式指南のコンサルティング契約をしていたからで、資金の流れなど知るはずもなかった。
「実は、もう一つ問題が……」
村井が、遠慮がちに切り出した言葉の先を光智が奪った。
「堀尾さんが、私たちとの関係を他に漏らしていないか、ということですね?」
「直接第三者に漏らしていなくても、手帳やパソコンの文書の中に別当さんの名前を記述していることも考えられます」
「有り得ますね」
「私は構わないのですが、貴方との関係が警察の捜査で露見するかもしれません」
「そのときは仕方がないでしょう。仕事はやり難くなりますが、私が罪を犯した訳ではありませんから……」
光智は何ともやるせない微笑を浮かべた。
彼が帝都大学時代の友人である警視庁の参事官から聞き出した話によると、署内では他殺の可能性が高くなり、大規模な捜査本部設置に向けて準備に入ったという。堀尾は世間の注目を浴びていたため、他殺と断定すれば、当局としてもそれ相応の対応を迫られたということらしい。
しかも、堀尾の住むマンションのセキュリティーは極めて高度であり、浴槽に運んで自殺に見せ掛けるという手の込んだ偽装工作に鑑みると、強盗や空き巣目的から転じた突発的な殺害ではなく、怨恨等による計画殺人の線が濃厚となっていた。
堀尾が買収した企業は、光智が関連しているものを含め、大小合わせて十二社あった。これらが全て円満に解決した訳ではなく、中には恨みを持った者もいると考えられた。
話を聞いた光智の表情は沈んだものになった。彼が関与した五社は、役員の解任や従業員の解雇なども最小限に抑え、極力穏便に済ませていたが、それでも恨みを買わないと誰が断言できるだろう。光智は彼らの中に真犯人がいるとすれば、同義的な責任は免れないと思った。
村井には、他にも気掛かりなことがあった。この事件で、ウィナーズが遅からず世間の耳目を集めてしまい、株式の買収工作がやり難くなるということである。
ウィナーズの役員の中に、堀尾と光智らとの関係を知っている者は一人もいなかった。僅かに、専務の土江徹(つちえとおる)だけが、個人的に堀尾の投資指導をしていたのが村井であることを知っていた。
土江は、堀尾の亡き後、次期社長の最有力にいる人物である。もっとも、分散しているウィナーズの株を集約すれば、実質的に光智が筆頭株主であるから、社長人事は彼の手中にあったのだが、問題は土江が光智らと与する気があるかどうかであった。
その点について、村井は自分の印象を述べた。
「土江君にしても、我々の仲間に入ることは願ってもない幸運でしょう。ただ、彼の資質が向いているかどうか。堀尾君はあのように見えても、相当な野心家でしたから……もしかすると、その辺りが災いしたとも考えられます」
「土江さんの人となりは、追々見極めるとして、問題は牧野モーターですね」
光智は、堀尾の代役を誰にするか悩んでいた。と言っても、宇佐美と赤木の二人しかいないのだが、宇佐美は苦労人だったので、極力表には出したくなかったし、若い赤木には荷が重過ぎた。
「しばらく、様子を見ませんか。この件の大筋が判明するまで、我々も動かない方が良いかもしれません」
村井がアドバイスをした。
「それが良案かもしれませんね。その間、村井さんは土江さんの真意を見極めて下さい」
「真意……ですか?」
「ええ。堀尾さんが集めた株をどうするつもりか、です」
光智は、大量取得報告書を提出して、ウィナーズの名前が判明し、相手が対策を立てたとき、土江がこれまで通り自分たちの指示に従うかどうかを知りたかった。
堀尾は、これまで村井の指示通りに株の買い付けを行い、取得した株は最終的には光智の、それはつまり周英傑の息の掛かった企業に利を乗せて引き渡していた。そうすることで、ウィナーズは、確実に利鞘を稼ぐことができたのだが、土江が同じように動いてくれるかどうか保証はなかった。
牧野モーターの株の購入金額は、およそ四十億円だったが、これ程度の資金ならば自前で賄うことができ、光智の支援を必要としていなかった。したがって、亡くなった堀尾と光智の関係を知らない土江が、他に利益を求める可能性も考えられたのである。
ウィナーズ、つまり堀尾貴仁は上場したときに放出した売却益を株式投資に回していたが、資金がショートしたときには、村井から借り受けていた。その資金の出所は、いうまでもなくドラゴン・グループの会社名義の定期預金を担保にして、菱友銀行から光智が借り入れたものである。
裁量を任された村井は、その資金を堀尾個人に貸し付け、堀尾が自社に融通するといった段取りを踏んでいた。したがって、土江徹が堀尾貴仁と村井慶彰の関係を知っているのは、村井が個人的に株式指南のコンサルティング契約をしていたからで、資金の流れなど知るはずもなかった。
「実は、もう一つ問題が……」
村井が、遠慮がちに切り出した言葉の先を光智が奪った。
「堀尾さんが、私たちとの関係を他に漏らしていないか、ということですね?」
「直接第三者に漏らしていなくても、手帳やパソコンの文書の中に別当さんの名前を記述していることも考えられます」
「有り得ますね」
「私は構わないのですが、貴方との関係が警察の捜査で露見するかもしれません」
「そのときは仕方がないでしょう。仕事はやり難くなりますが、私が罪を犯した訳ではありませんから……」
光智は何ともやるせない微笑を浮かべた。
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