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第一章 宿命を背負う男

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 講義は十六時半に終わった。
 光智は講義の合間に、牧野モーターの株が二百二十万株購入できた旨の電子メールを受け取っていた。買い入れ単価は、平均で二千七百八十円。代金は六十億円強となった。二百二十万株は発行株式の約六パーセントに当り、一日での仕込みにしては大成功だった。
「智、行くぞ」
 横に座っていた真司が、机の上を手早く片付けると、満を持したように声を掛けた。だが、光智は腰を上げようとせず、ゆっくりと真司の方を向いた。
「真(しん)。前もって断っておくが、その恭子という娘が俺を気に入っても恨みっこなしだぞ」
「ははは……」
 思わぬ言葉に、真司は高笑いをしたが、真顔の光智を見て、すぐに笑みを消し去った。
「お前、女に興味があったのか」
 あきらかに、からかいの音色が滲んでいた。
「そりゃあ、あるよ。まさかお前、俺がホモ・セクシャルだとでも思っていたのか」
 光智は左手の甲を右頬に当てた。
「いや、それはないが……」
 真司は片手をひらひらとさせた。
「お前はこれまで女性に興味など持ったことがなかったから、驚いているんだ」
 二人は何度か合コンに参加していたが、光智も誰かと付き合うということがなかった。
「出会った娘が、たまたま俺のタイプじゃなかっただけのことだ」
 そう言うと、光智はいっそう真顔になった。
「ただな。これまでは、女性の好みがかち合わなかったから良かったが、女のことでお前と気まずくなるのは嫌だから、前もって断ったのさ。もし自信が無いのなら、俺は行くのを止めるよ」
「そういうことか。分かった。俺から頼むのだから、一切文句は言わないと約束する」
 真司はあっさりと答えた。恭子という女性に執着していたわりには不自然なくらいだった。

 二人は法学部の学舎を後にすると、眼下のグランドを横目に見ながら緩いカーブの坂道を下って正門に出た。
 前方にはオレンジ色の空があった。正面をまっすぐに貫いている表通りの上方に、太陽が身震いしながら、徐々にその姿を隠す準備に入っていた。天空に雲はほとんどなく、オレンジ色と薄く黒味を帯びた青色がせめぎ合っている北の空の一角に、綿菓子のような雲が一つだけ、ぷわりと浮かんでいるだけだった。
 表通りの両側には喫茶店、本屋、ゲームセンター、ファースト・フード店等々が軒を並べ、往来する学生たちで賑わいを見せていた。通りの中ほどを右折してしばらく歩みを進めて行くと、二つ目の筋の左手に小さな路地が開けた。
 サンジェルマンは、その路地のどんつきにあった。
 大学の表通りから二つだけ北の筋なのだが、路地の両側は古い民家ばかりが立ち並び、装いを全く異にしていた。その佇まいから、口コミでもない限り存在すら気づくことはないと思われた。たとえ気づいたとしても、表通りへの小さな抜け道すらなく、行き来はかなりの遠回りを強いられるため、自然と足は遠退くだろうと推測された。
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