破壊は追憶の果てに

奏紫 零慈

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36 ジョオウ

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【クイーン】はそこにいた。

大蜘蛛の悪夢を見せる機体の形状。

Arizを見下ろしながらゆっくりと降りてくる。

瓦礫となって原型の崩れた周囲の建物、藻屑と化したドローン、生死不明のリヒター達。

【クイーン】の上の空は濁った鉛色をしていて、ゆっくりと渦の様に回転していた。

この場に着いた途端、急に暗くなった気がした。

ードクン    ドクンー

Arizは緊張感に襲われた。

これまでも戦い前は緊張を覚えることはあったのだが、今回はまた違って重い。

この後の不吉な予感は不可避で、彼らが乗り越えなければならない試練となる。

心を強く持たねば敗北に喰われてしまう。

機械に包まれた少女の様子も物凄い殺気だっていた。

「メリル。ここは僕の後ろに」

「は、はい…!」

このまま立ちすくんでいるわけにもいかない。

「行くぞぉ!!Arizぅう!!コイツをぶっ倒してやるぞおお!!」

エムは自らを鼓舞し、勢い良くクイーンに接近して行く。

クイーンの前方に付いたキャノン砲から紫紺の光線が放たれるがエムの【結界】で守り、さらに受けた攻撃分の威力を反射する。

キャノン砲は弾かれ、クイーンは両腕のギザギザのブレードをエム目掛けて鋭く振り続ける。

クイーンが振るう攻撃を機敏に避けながら、もう一度叫ぶ。

「みんなも来い!こんなの見掛け倒しだぁ!!」

「そうだよね。私も行かなくちゃ!」

セリアも駆けていき、

「えーい!」

針の開いた槍をクイーンに投げる。

見事に一本の腕に挟み駆け、

「一本貰っちゃうよ~!」

前に手を突き出し、素早くその手を握り拳にすると槍の針は腕を締め付ける。

「テイク!」

セリアがそう言った瞬間、槍は脚を挟み込んだままセリアの方向に逆再生して戻ってくる。

ーブチンー

機械の一本の脚が外れる音がした。

「セリアいいぞ!」

感嘆を漏らすエムに容赦なく、鋭い脚が襲いかかり、地に叩き伏せる。

「ぐほっ」

「エムちゃん!?」

エムの隣に来たセリアも潰そうと触手の様にグネグネと脚を動かしているクイーンに気づき、

「させない!」

顕現した岩を盾にして守る間にエムの治癒をする。

「僕もいるぞ!」

アゲハブラスター改の力でクイーンまで飛んでいき、空中で大剣に変形させて、振り下ろす。が、

「うえっ!?」

二本の脚で空中のセトの態勢を崩し、攻撃を受け付けなかった。

地に倒れたセトが怯んでいるうちに脚の先端が開き、そこから黒い煙が吹き付ける。

「うわ!」

それは顔に直撃し、そのままセトの頭部を覆い込んだ。

「セト君!!」

「な、何も見えない…真っ暗だ」

恐る恐る手探りする。

「うぶねぇ!!」

エムは叫んだ。

不利な状況に追い込んだセトに鋭く脚が殺意を刻むより一本手前

ーヒュンー

目に止まらぬ速さでセトがその場から消える。

「ふぅ…セトしゃん…」

【超高速移動】によってメリルに抱えられ救われた。

「その声は、メリル?状況はあまりわからないけど助かったよ」

メリルがセトの顔から煙を払う。

「おーい女王様ーこっちだよー」

二丁の拳銃を持ってクイーンの意識をこちらに逸らそうとする。

キャノン砲から紫紺のエネルギーが何度も噴出され、ユウは空中で素早くかわしていく。

「今だよー」

自身を囮にして、仲間に攻撃の機会を与えさせた。

「サンキューな!」

エムの猛烈なる一撃でクイーンは態勢を崩し、次いでアゲハブラスターの砲撃により、投げ飛ばされていく。

ガタガタに崩れた中庭を転がり回っていく。

ー  ギギギ    ガガガ   ー

ビリビリとぎこちない動きをしながらゆっくりArizに向かっていく。

脚の繋ぎ目が外れ4本脚になった所でクイーンは静止した。

ー  ドゴフゥ   ー

クイーンの背の突起物から紫の物質が伸びていく。

「アウラ核が表に?【顕現】みたい」

その物質は生き物のように蠢き、クイーンに喰らいついた。

骨に肉が集まっていくように、物質は厚さと背丈をひとふた回り増していくように思われた。

外れた脚は物質が代替し、残りもより強固な物となった。

上の一対の腕が2つに割かれ、立派な二対の鎌になった。

下の腕の水中肉食動物の頭部を連想する歯のついた顎から黒い煙が吐かれている。

紫のアウラは外れたキャノン砲を引き寄せ元の位置に繋ぎ合わせたと思ったら捕食生物のシルエットへと変形していく。

クイーンの顔も紫に飲み込まれてしまい、不気味なマスクがArizを睨んでいる。

「イカつ!?」

背部のマフラーから噴水が如く、豪爛に紫の物質が吹き荒れ周囲の機能停止したドローンに降りかかる。

物質はドローンらの新たなる肉体となり、奇怪な動きで起き上がる。

ロボットのゾンビ達だった。

「うそでしょ!?生き返った!?」

「しかも強化されてるのさ!?」

「うぅ~…いやですぅ…!」

それだけではない。

クイーンの胸部から禍々しい漆黒のエネルギーが放たれ、地に着くと急速に育ち、クイーンやドローン、Ariz、建物ごと飲み込んでしまう。

「これは…?」

「闇のなかですぅ」

「お先真っ暗だねーボク外に出てみるよ」

ユウが飛行し始めた刹那紫に染まった飛行型ドローンに猛烈な体当たりをくらい、吹っ飛ばされる。

「ユ、ユウ!!」

先程のドローンを狙おうとするが速すぎて、気づけば視界から消失していた。

ーギシャン   ギシャンー

迫り来る機械音。

「こっちから倒さないと」

セトは銃口を曖昧なシルエットに向けた。

「エムしゃん!?」

声を上げて超高速移動で風を切る音が聞こえた。

ーブォンー

「ぬっ!?」

別の角度から紫の光線が飛んできた。

激しい圧で宙に転がっていく。

地に倒れこむと4本脚の下半身に大鎌の4つ腕と怪獣の三頭部のシルエット。

「クイーンがあそこに」

「セト君!」

抱きついてきたのはセリアだった。

「セリア。無事だったんだね」

「うんうん。でも…」

誰かが地に落下する音がした。

ユウだろうか。

「取り敢えずみんなを集めよう。この闇空間がどこまで続いてるか分からないけど」

少し遠くで戦闘の音がする。

どうやらこの闇空間では視界だけでなく、聴覚も働きにくくなるらしい。

周囲の音がこもっている。

「コイツめ!蘇りやがった!!」

ゾンビと取っ組み合いするのはエム。

それをメリルは脚を震わせて眺めることしかできなかった。

「うぅ…ごめんな…しゃい」

今にも失禁してしまいそうなのだ。

「強えぇ!?さっきと桁違いじゃんか!!」

エムは押されていた。

【結界(バリア)】能力と手足の装備で攻防を繰り返していたが。

「ぐふっ」

背後から鋭い一撃。

エムの能力には難点があった。

一対一の戦闘に集中するほど周りは見えなくなり、その敵一体にしか結界(バリア)は通用しなくなる。

「エムしゃん、ごめんなさい…メリルのせいで」

エムの後ろにクイーンの姿が見えたのだが、恐ろしさのあまり声も出せなかった。

「…アタシは…強いんだ…ドローンも政府もアタシが…燃え潰してやる…あ」

動かなくなったエム。

「セリアしゃんセリアしゃ…ひっ!?」

クイーンが自分の方を向いてきた。

阿呆のように心臓の鼓動は激しく刻まれ、冷や汗が腰を凍らせ、脚は生まれたての子鹿のように震えて遂にバランスを保てず尻餅をつく。

「いやぁ!メリルまだ!主婦になったことないのに!死にたくありませんんん…!」

しかしパニックを起こし能力が発言しない。

「もう無理なのですぅうう」

そういうと彼女は気絶してしまった。
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