72 / 102
秋の断章 -Tragedy-
秋の断章④-1
しおりを挟む
燎火が倒れたという話を聞いて、まず俺が抱いたのは悲しみでも怒りでもなく、「なぜだ?」という困惑だった。
カンナは俺に、千賀燎火か、この世界かのどちらかを選べと言った。
俺は彼女の目の前で、燎火を選ぶと告げた。
決して喜ばしい話ではない。
しかし、他の誰かが奪われる展開だったら、まだ納得ができてしまう。
それなのに、なぜ彼女の病気が再発して、二択の一つである燎火本人が消えようとしているのだろう。
他の不幸であったならば、どんな仕打ちでも耐えることができた。
燎火が隣にいてくれたならば、歯を食いしばりながら何だって許すことができた。
これではまるで話が違う。
カンナは俺が苦しむ様子を見て、ただ嘲笑いたいというだけなのか。
最後に分かり合えたと思ったのは、俺だけの勘違いだったのだろうか。
疑問は無数に湧いて、残酷な現実の前になすすべもなく潰えていった。
燎火が倒れたという報せを聞いたその日は、日聖との練習日だった。
今日だけは帰らせて欲しい。
教室でそう彼女に頼んだ。
さしもの日聖も、気の毒そうな表情を終始浮かべていた。
「学級委員長としても残念な話です」と彼女の不幸を悼んで、あっさり聞き入れてくれた。
放課後、俺はそのままの足で陣西神社へ向かった。
彼女の実家にも立ち寄ったが、チャイムを鳴らしても誰の応答もなかった。
神社まで赴いて本社の前で祀られている神さまの名前を繰り返し呼んだが、いくら待っても本人が現れることはなかった。
結局、夕方からその日の深夜まで、俺は神社の敷地内で待ちぼうけた。
一秒一秒に願いを託して、ひたすら待ち続けた。
しかしカンナは、一向として俺の前に姿を現さなかった。
鞄の中にしまい込んでいた携帯を開いてみると、親父の着信履歴でいっぱいだった。
仕方なく重い足取りで家まで帰った。
とっくにバスは最終便が終わり、結構な距離を徒歩で歩いてきたので、実家に着く頃にはもう夜が更け始めていた。
案の定、家に帰ると凄まじい剣幕の親父に説教された。
所詮、今の俺はただの中学生に過ぎない。
どうしても自分の活動に制限がかかってしまう現状を憎まずにはいられなかった。
親父は母と別居した日から、目に見えて神経が過敏になっていた。
彼がそんなだから、おかげで煙やアルコールに手を染める機会もすっかり減ってしまった。
それでも本心から心配してくれるだけ、本当はありがたい話なのだろう。
しかし今だけはありがた迷惑という奴でしかない。
どうか勘弁して欲しかった。
次の日、担任から報告があった。
完治したと思われた重い心臓病が再発したため、千賀燎火は当分の間入院することになった。
もう卒業まで会えないかもしれない。
クラス全員揃って卒業式を迎えたかったが、本当に残念な話だ。
教室を見回してみると、ほとんどの生徒は白けたような反応を示すだけだったが、中には多少残念そうな顔をしている生徒もいた。
この前彼女と話していた女子生徒も、その中の一人だった。
その日の放課後から、俺は日聖との練習を始めた。
屋上で書き終わっている範囲の台本を読み合わせたり、実際のステージで動きの確認をする。
辛い現実を紛らわす方法として、目の前の仕事に忙殺されることより最適なものはない。
ただでさえ文化祭まで時間がないのだから、実際的な問題として目の前の課題に集中しなければならなかった。
そうと分かっていても、心は絶えずざわつき焦燥していた。
当たり前だ。
俺の前から千賀燎火が再び消え去ろうとしているのだから。
日聖も俺の気持ちをきっと分かってくれていたから、あえてその話題を口にしなかったし、変に心配する素振りも見せなかった。
日が落ちる時間まで練習し、その後は神社や彼女に縁がありそうな場所を訪れて、門限まで粘りながらカンナが現れるのを待つ。
そんな毎日を過ごすようになった。
そして深夜に親父が寝ているのを確認して、再び家を出る。
誰にも見つからないように注意を払いながら、夜更けまで神さまを探して町を彷徨い続けた。
気づけば、十月を過ぎていた。
衣替えの季節になって制服も冬服に切り替わり、ブレザーを着用するようになった。
夜の町はとても冷えていて、服を着込んでもあまり役には立たなかった。
寒さで身体も心も凍てついてしまいそうだった。
不安と闘いながら、俺は神さまの登場を待ち続けた。
戯曲のように、つまらない会話を交わす相手も存在しない。
ただ孤独に、彼女を待った。
それでも、カンナが俺の前に姿を現すことは二度となかった。
カンナは俺に、千賀燎火か、この世界かのどちらかを選べと言った。
俺は彼女の目の前で、燎火を選ぶと告げた。
決して喜ばしい話ではない。
しかし、他の誰かが奪われる展開だったら、まだ納得ができてしまう。
それなのに、なぜ彼女の病気が再発して、二択の一つである燎火本人が消えようとしているのだろう。
他の不幸であったならば、どんな仕打ちでも耐えることができた。
燎火が隣にいてくれたならば、歯を食いしばりながら何だって許すことができた。
これではまるで話が違う。
カンナは俺が苦しむ様子を見て、ただ嘲笑いたいというだけなのか。
最後に分かり合えたと思ったのは、俺だけの勘違いだったのだろうか。
疑問は無数に湧いて、残酷な現実の前になすすべもなく潰えていった。
燎火が倒れたという報せを聞いたその日は、日聖との練習日だった。
今日だけは帰らせて欲しい。
教室でそう彼女に頼んだ。
さしもの日聖も、気の毒そうな表情を終始浮かべていた。
「学級委員長としても残念な話です」と彼女の不幸を悼んで、あっさり聞き入れてくれた。
放課後、俺はそのままの足で陣西神社へ向かった。
彼女の実家にも立ち寄ったが、チャイムを鳴らしても誰の応答もなかった。
神社まで赴いて本社の前で祀られている神さまの名前を繰り返し呼んだが、いくら待っても本人が現れることはなかった。
結局、夕方からその日の深夜まで、俺は神社の敷地内で待ちぼうけた。
一秒一秒に願いを託して、ひたすら待ち続けた。
しかしカンナは、一向として俺の前に姿を現さなかった。
鞄の中にしまい込んでいた携帯を開いてみると、親父の着信履歴でいっぱいだった。
仕方なく重い足取りで家まで帰った。
とっくにバスは最終便が終わり、結構な距離を徒歩で歩いてきたので、実家に着く頃にはもう夜が更け始めていた。
案の定、家に帰ると凄まじい剣幕の親父に説教された。
所詮、今の俺はただの中学生に過ぎない。
どうしても自分の活動に制限がかかってしまう現状を憎まずにはいられなかった。
親父は母と別居した日から、目に見えて神経が過敏になっていた。
彼がそんなだから、おかげで煙やアルコールに手を染める機会もすっかり減ってしまった。
それでも本心から心配してくれるだけ、本当はありがたい話なのだろう。
しかし今だけはありがた迷惑という奴でしかない。
どうか勘弁して欲しかった。
次の日、担任から報告があった。
完治したと思われた重い心臓病が再発したため、千賀燎火は当分の間入院することになった。
もう卒業まで会えないかもしれない。
クラス全員揃って卒業式を迎えたかったが、本当に残念な話だ。
教室を見回してみると、ほとんどの生徒は白けたような反応を示すだけだったが、中には多少残念そうな顔をしている生徒もいた。
この前彼女と話していた女子生徒も、その中の一人だった。
その日の放課後から、俺は日聖との練習を始めた。
屋上で書き終わっている範囲の台本を読み合わせたり、実際のステージで動きの確認をする。
辛い現実を紛らわす方法として、目の前の仕事に忙殺されることより最適なものはない。
ただでさえ文化祭まで時間がないのだから、実際的な問題として目の前の課題に集中しなければならなかった。
そうと分かっていても、心は絶えずざわつき焦燥していた。
当たり前だ。
俺の前から千賀燎火が再び消え去ろうとしているのだから。
日聖も俺の気持ちをきっと分かってくれていたから、あえてその話題を口にしなかったし、変に心配する素振りも見せなかった。
日が落ちる時間まで練習し、その後は神社や彼女に縁がありそうな場所を訪れて、門限まで粘りながらカンナが現れるのを待つ。
そんな毎日を過ごすようになった。
そして深夜に親父が寝ているのを確認して、再び家を出る。
誰にも見つからないように注意を払いながら、夜更けまで神さまを探して町を彷徨い続けた。
気づけば、十月を過ぎていた。
衣替えの季節になって制服も冬服に切り替わり、ブレザーを着用するようになった。
夜の町はとても冷えていて、服を着込んでもあまり役には立たなかった。
寒さで身体も心も凍てついてしまいそうだった。
不安と闘いながら、俺は神さまの登場を待ち続けた。
戯曲のように、つまらない会話を交わす相手も存在しない。
ただ孤独に、彼女を待った。
それでも、カンナが俺の前に姿を現すことは二度となかった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
タカラジェンヌへの軌跡
赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら
夢はでっかく宝塚!
中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。
でも彼女には決定的な欠陥が
受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。
限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。
脇を囲む教師たちと高校生の物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
馳せる空に、死体は浮かぶ
四季の二乗
青春
平日、部室を訪れると一つの手紙が読まれていた。
後輩である太宰梓(だざいあずさ)は、その手紙を手渡し、差出人の話を語る。
差出人は高校随一の有名人であり、今日も波乱が訪れる事を君は知るだろう。
アクアリウムを愛する差出人は、次の内容を此処に残す。
アクアリウムを愛する隣人から、自虐的な小説家へ。
愛をこめて
夜食屋ふくろう
森園ことり
ライト文芸
森のはずれで喫茶店『梟(ふくろう)』を営む双子の紅と祭。祖父のお店を受け継いだものの、立地が悪くて潰れかけている。そこで二人は、深夜にお客の家に赴いて夜食を作る『夜食屋ふくろう』をはじめることにした。眠れずに夜食を注文したお客たちの身の上話に耳を傾けながら、おいしい夜食を作る双子たち。また、紅は一年前に姿を消した幼なじみの昴流の身を案じていた……。
(※この作品はエブリスタにも投稿しています)
初愛シュークリーム
吉沢 月見
ライト文芸
WEBデザイナーの利紗子とパティシエールの郁実は女同士で付き合っている。二人は田舎に移住し、郁実はシュークリーム店をオープンさせる。付き合っていることを周囲に話したりはしないが、互いを大事に想っていることには変わりない。同棲を開始し、ますます相手を好きになったり、自分を不甲斐ないと感じたり。それでもお互いが大事な二人の物語。
第6回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます
月曜日の方違さんは、たどりつけない
猫村まぬる
ライト文芸
「わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないの」
寝坊、迷子、自然災害、ありえない街、多元世界、時空移動、シロクマ……。
クラスメイトの方違くるりさんはちょっと内気で小柄な、ごく普通の女子高校生。だけどなぜか、月曜日には目的地にたどりつけない。そしてそんな方違さんと出会ってしまった、クラスメイトの「僕」、苗村まもる。二人は月曜日のトラブルをいっしょに乗り越えるうちに、だんだん互いに特別な存在になってゆく。日本のどこかの山間の田舎町を舞台にした、一年十二か月の物語。
第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます、
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる