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夏の断章 -Romance-
夏の断章④-4
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「なあ、千賀さんは君をいじめていた女子たちに対して、どう思ってる?」
昼休みの校庭。
俺は購買で買った惣菜パンを齧りながら、いささか唐突に尋ねた。
「……何も。客観的に見て、私がいじめられるのは仕方がない話でしょう?」
千賀燎火は弁当箱から視線を外さず、にべもなくそう答えた。
「君は彼女たちに対して、怒りとか憎しみとか、そういう感情を持ってないのか?」
「言ったでしょう。そんなのないし、心の底からどうでもいいの」
なおも無機質に、彼女は言う。
秘められた欺瞞や強がりは感じられなかった。
「君にとってはどうでもよくても、俺にとってはどうでもいい話じゃないんだ。大切な友人が傷ついて黙っていられるほど、俺は大人じゃない」
胸から湧き出た言葉を、俺はそのままに口にした。
奇異なものでも見るような目つきでこちらを見てから、彼女は視線を伏せた。
「あなたにはなんの関係もない話。私は、我慢なんてしてない。……だってこれは全部、私が蒔いた種なんだから」
寂しそうな声でぽつりとそう呟いて、彼女は弁当箱の卵焼きをそっと頬張った。
日聖から聞いた話では千賀燎火をいじめていたのは、遠藤という女子をリーダーとしたグループらしい。
遠目から本人を観察した限りでは、バレない程度に髪を茶色に染めて化粧をした、顔立ちのはっきりとしている女子だった。
そういう女子特有の少々剣呑な雰囲気を漂わせながら、取り巻きを二人率いて廊下を歩いていた。
率直に言おう。
その遠藤という女子に、俺は復讐しようと企てた。
復讐と言っても、そこまで大層なものじゃない。
仕返しと表現した方が適切かもしれない。
血が出ない程度の、ほんの悪戯に留めるつもりだった。
だけどただ一つだけ、譲れない点があった。
どうせやるなら派手にやってみたいと、そう思ったのだ。
俺は作戦の舞台にカンナ祭こと、町で催される夏祭りを選んだ。
会場の真ん中で水鉄砲か何かで彼女たちを水浸しにする。
その情けない姿を携帯で撮影して、メールで千賀燎火に送信する。
それが俺の考えた作戦の全容だ。
手を叩いて笑ってくれて構わない。
我ながら、馬鹿げたことを考えたものだ。
こんなことをして、成功した暁に彼女が喜んでくれる保証はない。
むしろやり方が幼稚過ぎて、幻滅される可能性の方が高いだろう。
それでも、俺はこの作戦に全てを賭けてみようと思った。
今は自分が信じたことを、全力でやり遂げるしかない。
時空を超えて再び出会った彼女に向かって、ひたすら愚直に手を伸ばし続けるしかないのだ。
難しい理屈もこねくり回した言い訳も、この際放っぽり出してしまおう。
失敗した後のことはそれから考えればいいと、柄にもなく能天気に構えていた。
全てのお膳立てがようやく終わった。
夏の本番が、ようやく始まろうとしていた。
昼休みの校庭。
俺は購買で買った惣菜パンを齧りながら、いささか唐突に尋ねた。
「……何も。客観的に見て、私がいじめられるのは仕方がない話でしょう?」
千賀燎火は弁当箱から視線を外さず、にべもなくそう答えた。
「君は彼女たちに対して、怒りとか憎しみとか、そういう感情を持ってないのか?」
「言ったでしょう。そんなのないし、心の底からどうでもいいの」
なおも無機質に、彼女は言う。
秘められた欺瞞や強がりは感じられなかった。
「君にとってはどうでもよくても、俺にとってはどうでもいい話じゃないんだ。大切な友人が傷ついて黙っていられるほど、俺は大人じゃない」
胸から湧き出た言葉を、俺はそのままに口にした。
奇異なものでも見るような目つきでこちらを見てから、彼女は視線を伏せた。
「あなたにはなんの関係もない話。私は、我慢なんてしてない。……だってこれは全部、私が蒔いた種なんだから」
寂しそうな声でぽつりとそう呟いて、彼女は弁当箱の卵焼きをそっと頬張った。
日聖から聞いた話では千賀燎火をいじめていたのは、遠藤という女子をリーダーとしたグループらしい。
遠目から本人を観察した限りでは、バレない程度に髪を茶色に染めて化粧をした、顔立ちのはっきりとしている女子だった。
そういう女子特有の少々剣呑な雰囲気を漂わせながら、取り巻きを二人率いて廊下を歩いていた。
率直に言おう。
その遠藤という女子に、俺は復讐しようと企てた。
復讐と言っても、そこまで大層なものじゃない。
仕返しと表現した方が適切かもしれない。
血が出ない程度の、ほんの悪戯に留めるつもりだった。
だけどただ一つだけ、譲れない点があった。
どうせやるなら派手にやってみたいと、そう思ったのだ。
俺は作戦の舞台にカンナ祭こと、町で催される夏祭りを選んだ。
会場の真ん中で水鉄砲か何かで彼女たちを水浸しにする。
その情けない姿を携帯で撮影して、メールで千賀燎火に送信する。
それが俺の考えた作戦の全容だ。
手を叩いて笑ってくれて構わない。
我ながら、馬鹿げたことを考えたものだ。
こんなことをして、成功した暁に彼女が喜んでくれる保証はない。
むしろやり方が幼稚過ぎて、幻滅される可能性の方が高いだろう。
それでも、俺はこの作戦に全てを賭けてみようと思った。
今は自分が信じたことを、全力でやり遂げるしかない。
時空を超えて再び出会った彼女に向かって、ひたすら愚直に手を伸ばし続けるしかないのだ。
難しい理屈もこねくり回した言い訳も、この際放っぽり出してしまおう。
失敗した後のことはそれから考えればいいと、柄にもなく能天気に構えていた。
全てのお膳立てがようやく終わった。
夏の本番が、ようやく始まろうとしていた。
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