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春の断章 -Comedy-

春の断章⑤-1

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 陣西じんざい町。それが俺の故郷の名だ。



 取り立てて語ることもない田舎町で、関東の端にある県の最端部に位置している。



 俗に言う「平成の大合併」にもあぶれた小さい自治体で、町の名を冠した学校が小・中・高と一校ずつあるのみだ。



 商店街や駅こそあるものの、大型のショッピングモールや長期の入院ができるだけの設備が整った病院はない。



 生活上の利便性はほとんど皆無と言っていい。



 都市の恩恵を受けるためには、電車で二十分ほどの距離にある隣の地方都市まで赴く必要がある。



 十年後は過疎による少子高齢化が進んで、どの学校も人数不足が甚だしいという噂を耳にしたことがある。



 しかし、この頃はまだその徴候をわずかに感じさせるに留まっていた。





 陣西町にはある伝説があった。

 

 それは天女伝説、または羽衣伝説として人口に膾炙している昔話を背景としている。



 天女伝説と一口に言っても、他の民俗伝承と同じく様々な派生系が存在しているのは言うまでもない。



 その中でも陣西町の伝説は地元の民俗学者曰く、『丹後國風土記』に記されている最古の天女伝承と酷似しているらしい。



 天女が天上から舞い降り、地上の清いとされている池で水浴をしていたところ、ある老夫婦が天女の着ていた衣を隠してしまう。



 彼女は衣がないため天上に帰れず老夫婦に返してくれと嘆願するが、彼らはそれを拒否し「私たちの子どもとなってくれ」と請う。



 天女はそれを承諾し、以来十年を老夫婦と過ごす。



 だがある日突然、彼らは天女をなぜか家から追放してしまう。



 浮浪の身となった彼女が辿り着いたのが今の陣西の地であり、それ以来天女はこの地に安住した。



 以上が、この町に伝わる天女伝説の導入だ。

 

 さて、重要なのはここからである。



 陣西の天女伝説の特異性は、この紋切り型の昔話の続きにあった。



 記録では江戸時代の中期、この町を大規模な火災が襲ったとされている。



 焼死者は千人を超え、あわや山にまで火の手が届くかと思われたその時、町の住人だった少女が神通力で火を沈めた。

 

 少女は混乱が収まる前に人知れず町から消えた。



 残された住人たちは、古来より伝わる天女伝説と結びつけて、町を救った少女は天女の仮初の姿だったのだろうと噂した。



 かつて遠方より伝来した天女が数千年の時を経て降臨し、無辜の住人たちの命を救ったのだ。



 彼らは天女を崇めるために、新たな神社を建立した。



 それが陣西神社だ。



 なるほど、俺を呼び出すにはお誂え向きの舞台だったらしい。



 なんでも陣西という地名も、神が在るという意の「神在」が変化したものだという話を聞いたことがある。



 研究者の間では、古くの巫女の意である「単語かんなぎ」から取られた名だとか、家を建築するために必要な大工道具である「かんな」が由来だか、様々な説が唱えられているらしい。


 そうじゃなくても、「神在」町の神が「神無」というのはいかにも示唆的だ。



 だからその名に因んで、この町ではカンナの花が尊ばれて至るところに植えられているし、毎年カンナ祭りと呼ばれる夏祭りまで開催されている。





 しかしまあ、そんな伝承の存在はどうでもいいのかもしれない。



 伝説で語られているカンナと思しき人物が実在し、俺を都合良く改変された十年前の世界に押し込めた張本人であるという認識さえあればいい。



 当の本人も言っていたではないか。



 今ここ、目の前に広がるこの現実こそ、唯一のリアリティであり確実なのだ。



 俺は十五歳の自分の身体に引き戻されて、さらに神に与えられた幸福な世界か、千賀燎火への愛かの二者択一を迫られている。



 

 それさえ分かっていれば、後は極論どうだっていい。

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