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本編第二章
棚ぼた的な何かが手に入りました3
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「あの、ガイさん、ごめんなさい! あなたの思いを蹂躙するような、そんな意図はないんです!」
「どうしたの? お嬢ちゃん。なんであんたが謝ってるの? それに、このヒトの思いって……」
「マリウムはちょっと黙ってて。うん、この件に関してはやっぱりなしにしましょう。アニエスもどうか忘れ……」
「……ふざけないでくださいっ」
「ひいっ!」
温厚な彼の地を這うような声に、思わず縮み上がった。まずい人を怒らせてしまった……。青い顔で必死に取りなす。
「ガイさん、本当にごめんなさい! アニエスの演出は取りやめに……」
「きんきんきらきらの衣装も、確かに麗しい月の女神にはお似合いでしょう。彼女ならどんなにダサい衣装であっても、颯爽と着こなすのはわかっています。ですが……! “恋月夜”のヒーローは決してきんきんきらきらのイメージではありません! どちらかというと、そう! 仄かに輝くシルバーグレイのイメージです! あぁでもそれだけでは薄味すぎるか……では、差し色にブルーを使いましょう! シルバーグレイの上着に青いパンツ、腰元の剣の鞘に濃紺を入れて、ボタンには月の色を……そうすればサシェのデザインとも合います! アンジェリカお嬢様!」
「は、はいぃっ!?」
「お店のオープンはいつですか!? 今から衣装は間に合いますか!? 布が足りないならうちにあるものなんでも使っていただいてかまいません! はっ! お針子の手配が必要か……!」
「だ、大丈夫! たぶん大丈夫だから! うちには継母がいるし、マリウムもお裁縫得意だし!」
「では布の手配とデザイン画を……! よければロッテに描かせましょう、あの子は布の開発だけでなく、衣装のデザインなんかも多少はできますので!」
「ええっ!? 王国を今一番賑わせている天才少女にそんなことさせるのは……」
「問題ありません! ロッテも喜んでやってくれるでしょう! あぁ、ダメだ、時間がもったいない……私は急ぎ布を見繕ってきます。お任せください! 私の女神が着てくださる衣装は最高のものに仕上げますとも! 王立騎士団の礼装にも負けない、とびっきりのものを用意してみせます!」
叫ぶようにそう捲し立てて、ガイさんはあっという間に店から姿を消した。あのデカい図体がこんなに機敏に動くとは。驚きだ。
残された面々は嵐の過ぎ去った現場でまたしても口をあんぐり開けるよりほかなかった。
「お嬢ちゃん、なんなの? アンタの知り合い、変なのばっかりじゃない」
「一番あなたに言われたくないんだけどマリウム……まぁ、でも否定はしないわ」
我を取り戻したマリウムと呑気にそんな感想を交わす。
「あの、アンジェリカお嬢様。あの方はいったい……」
「あーまぁ、なんというか……もう、いいかな。いいよね」
これ以上隠し通すのも馬鹿らし……じゃない、無理があると思った私は、彼の正体を2人に明かした。
「はああああぁぁぁぁーーーーっ!!! あの方が、シャティ・クロウ様――――!!!!!」
一瞬目を見張っただけのマリウムに対し、アニエスはその鍛え上げられた美声で絶叫した。驚愕の色を浮かべながら口元を抑えるアニエス。うん、そうだよね、あのコッテコテの恋愛小説をクマみたいな図体のガイさんが書いてるとは思えないよね。
「いや、嘘みたいな本当の話なのよ、なんというか、見た目と才能は必ずしも同居しないというか……」
「あんな男らしくて素敵な方が、あんな素晴らしい恋愛小説を書いているだなんて……! 感動モノだわ!」
「は?」
首がもげそうな勢いでアニエスをガン見すると、口元を押さえていた手を両頬に添えて、うっとりと彼が出ていった方向を見つめていた。
「あ、あの、アニエス? 大丈夫? 頭打った? それとも、視力がすごく悪化したとか?」
「いやだお嬢様ったら。頭なんか打っていませんし、視力は抜群ですよ。2階席の一番後ろのお客様だって見えちゃいます」
「いやいやいや今聞き捨てならない台詞が聞こえたっていうか、ガイさんのこと、なんか褒めてたっていうか……いや、ガイさんはナイスガイだけどね! そこはそうなんだけど、見た目はなんていうか、クマみたいっていうかクマっぽいというかクマっていうか……」
「お嬢ちゃん、全然フォローになってないわよ」
冷静なマリウムのツッコミに返す言葉もなく、驚きのままアニエスを見ていると、彼女ははにかんだように笑った。
「だって、あんなに背が高くて、逞しそうな方、なかなかお目にかかれませんよ? 私よりも背が高いだけの方なら騎士団にもいらっしゃいますが、やはり貴族出身の方ばかりなせいか、身体の厚みが足りないっていうか。でもガイさんはそんなことなくて……。私、自分より大きな人が好みなんです……って、キャッ! 言っちゃった!」
ますます頬を染めるアニエスに、さすがの私も即座に反応できなかった。
「……まぁ、タデ食う虫も好き好きって言うしね」
既に関心が逸れたのか、マリウムが商品のリボンを弄びながら投げやりに言った。それ、あなたにだけは言われたくないとガイさんも思ってると思うよ……、と心の中でツッコミながらはっと気づいた。
「待って、これ、カップル爆誕なんじゃ……」
エリザベスさんとのお見合いが破綻して、エリザベスさんはシュミット先生とらぶらぶだからいいんだけど、ガイさんのお相手がいなくなってしまったことはちょっと申し訳なく思っていたのだけど。
(アニエスとガイさん……、かなりいいペアなんじゃない?)
美女と野獣感が大アリではあるけれど、アニエスは嫌がってないどころか照れてるくらいだし。劇団の看板女優と作家……これは、イケるのでは!
「……お嬢ちゃん、なんかワルイ顔になってるわよ」
「ぐふふふふ! なんとでも言って」
シャティ・クロウの脚本でアニエスが大活躍する舞台を想像する私の頭の中にチャリンチャリンと金貨が舞う。これ、もしかして出資を募る計画より回収率高い商売になるのではないだろうか。そうなればうちの領には大金が舞い込むことになる!
取らぬ狸の皮算用に笑いが止まらない私だったのだけど、この2人がこの先10年以上も両片想いのすれ違いをして周囲をヤキモキさせることになろうとは、これっぽちも想像していなかったのですーー。
「どうしたの? お嬢ちゃん。なんであんたが謝ってるの? それに、このヒトの思いって……」
「マリウムはちょっと黙ってて。うん、この件に関してはやっぱりなしにしましょう。アニエスもどうか忘れ……」
「……ふざけないでくださいっ」
「ひいっ!」
温厚な彼の地を這うような声に、思わず縮み上がった。まずい人を怒らせてしまった……。青い顔で必死に取りなす。
「ガイさん、本当にごめんなさい! アニエスの演出は取りやめに……」
「きんきんきらきらの衣装も、確かに麗しい月の女神にはお似合いでしょう。彼女ならどんなにダサい衣装であっても、颯爽と着こなすのはわかっています。ですが……! “恋月夜”のヒーローは決してきんきんきらきらのイメージではありません! どちらかというと、そう! 仄かに輝くシルバーグレイのイメージです! あぁでもそれだけでは薄味すぎるか……では、差し色にブルーを使いましょう! シルバーグレイの上着に青いパンツ、腰元の剣の鞘に濃紺を入れて、ボタンには月の色を……そうすればサシェのデザインとも合います! アンジェリカお嬢様!」
「は、はいぃっ!?」
「お店のオープンはいつですか!? 今から衣装は間に合いますか!? 布が足りないならうちにあるものなんでも使っていただいてかまいません! はっ! お針子の手配が必要か……!」
「だ、大丈夫! たぶん大丈夫だから! うちには継母がいるし、マリウムもお裁縫得意だし!」
「では布の手配とデザイン画を……! よければロッテに描かせましょう、あの子は布の開発だけでなく、衣装のデザインなんかも多少はできますので!」
「ええっ!? 王国を今一番賑わせている天才少女にそんなことさせるのは……」
「問題ありません! ロッテも喜んでやってくれるでしょう! あぁ、ダメだ、時間がもったいない……私は急ぎ布を見繕ってきます。お任せください! 私の女神が着てくださる衣装は最高のものに仕上げますとも! 王立騎士団の礼装にも負けない、とびっきりのものを用意してみせます!」
叫ぶようにそう捲し立てて、ガイさんはあっという間に店から姿を消した。あのデカい図体がこんなに機敏に動くとは。驚きだ。
残された面々は嵐の過ぎ去った現場でまたしても口をあんぐり開けるよりほかなかった。
「お嬢ちゃん、なんなの? アンタの知り合い、変なのばっかりじゃない」
「一番あなたに言われたくないんだけどマリウム……まぁ、でも否定はしないわ」
我を取り戻したマリウムと呑気にそんな感想を交わす。
「あの、アンジェリカお嬢様。あの方はいったい……」
「あーまぁ、なんというか……もう、いいかな。いいよね」
これ以上隠し通すのも馬鹿らし……じゃない、無理があると思った私は、彼の正体を2人に明かした。
「はああああぁぁぁぁーーーーっ!!! あの方が、シャティ・クロウ様――――!!!!!」
一瞬目を見張っただけのマリウムに対し、アニエスはその鍛え上げられた美声で絶叫した。驚愕の色を浮かべながら口元を抑えるアニエス。うん、そうだよね、あのコッテコテの恋愛小説をクマみたいな図体のガイさんが書いてるとは思えないよね。
「いや、嘘みたいな本当の話なのよ、なんというか、見た目と才能は必ずしも同居しないというか……」
「あんな男らしくて素敵な方が、あんな素晴らしい恋愛小説を書いているだなんて……! 感動モノだわ!」
「は?」
首がもげそうな勢いでアニエスをガン見すると、口元を押さえていた手を両頬に添えて、うっとりと彼が出ていった方向を見つめていた。
「あ、あの、アニエス? 大丈夫? 頭打った? それとも、視力がすごく悪化したとか?」
「いやだお嬢様ったら。頭なんか打っていませんし、視力は抜群ですよ。2階席の一番後ろのお客様だって見えちゃいます」
「いやいやいや今聞き捨てならない台詞が聞こえたっていうか、ガイさんのこと、なんか褒めてたっていうか……いや、ガイさんはナイスガイだけどね! そこはそうなんだけど、見た目はなんていうか、クマみたいっていうかクマっぽいというかクマっていうか……」
「お嬢ちゃん、全然フォローになってないわよ」
冷静なマリウムのツッコミに返す言葉もなく、驚きのままアニエスを見ていると、彼女ははにかんだように笑った。
「だって、あんなに背が高くて、逞しそうな方、なかなかお目にかかれませんよ? 私よりも背が高いだけの方なら騎士団にもいらっしゃいますが、やはり貴族出身の方ばかりなせいか、身体の厚みが足りないっていうか。でもガイさんはそんなことなくて……。私、自分より大きな人が好みなんです……って、キャッ! 言っちゃった!」
ますます頬を染めるアニエスに、さすがの私も即座に反応できなかった。
「……まぁ、タデ食う虫も好き好きって言うしね」
既に関心が逸れたのか、マリウムが商品のリボンを弄びながら投げやりに言った。それ、あなたにだけは言われたくないとガイさんも思ってると思うよ……、と心の中でツッコミながらはっと気づいた。
「待って、これ、カップル爆誕なんじゃ……」
エリザベスさんとのお見合いが破綻して、エリザベスさんはシュミット先生とらぶらぶだからいいんだけど、ガイさんのお相手がいなくなってしまったことはちょっと申し訳なく思っていたのだけど。
(アニエスとガイさん……、かなりいいペアなんじゃない?)
美女と野獣感が大アリではあるけれど、アニエスは嫌がってないどころか照れてるくらいだし。劇団の看板女優と作家……これは、イケるのでは!
「……お嬢ちゃん、なんかワルイ顔になってるわよ」
「ぐふふふふ! なんとでも言って」
シャティ・クロウの脚本でアニエスが大活躍する舞台を想像する私の頭の中にチャリンチャリンと金貨が舞う。これ、もしかして出資を募る計画より回収率高い商売になるのではないだろうか。そうなればうちの領には大金が舞い込むことになる!
取らぬ狸の皮算用に笑いが止まらない私だったのだけど、この2人がこの先10年以上も両片想いのすれ違いをして周囲をヤキモキさせることになろうとは、これっぽちも想像していなかったのですーー。
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