上 下
292 / 305
本編第二章

裏お見合い大作戦を終わらせます1

しおりを挟む
 後日、ウォーレス&ダスティン事務所にて、私はある人たちの到着を待っていた。応接室のソファに座っているのは父と私。そこへ、執事のロイが客人の到着を告げた。

「旦那様、お嬢様、リンド家の方々がおいでになりました」
「うむ。通してくれ」

 父の硬い声に頷いたロイが案内してきたのは、リンド家の新社長・エミールさんと妹のエリザベスさん。初めてお会いするエミールさんは、エリザベスさんと同じ髪色の、痩せた小柄な男性だった。顔がげっそりしているのは、今回の出来事を受けての心労かもともとなのか。エリザベスさんは一瞬辺りを見渡したものの、すぐにまっすぐこちらを向いた。

「やぁ、わざわざすまなかったね。私がバーナード・ダスティンだ」
「いつも我が社の馬車をご利用いただきありがとうございます! 社長をしております、エミール・リンドと申します! あの、こちらは妹のエリザベスです。今回同行するようにとのことでしたので連れてまいりました」
「はじめまして。奥方様とアンジェリカお嬢様にはお世話になっております。エリザベスと申します」

 兄と妹が丁寧にお辞儀するのを、父は鷹揚に受け止め、着席を促す。ケイティがお茶を準備した後、書記係として部屋の隅の椅子に座した。ケイティの隣には空席の椅子があと2つある。

 ロイが父のすぐ背後に立ち控えたのを合図に、父が口を開いた。

「それで、今日エミール殿にお越しいただいたのには理由があってだね」
「はいっ! 事前にお話をお伺いして、誠に信じられず……」

 仕事柄、貴族には慣れているはずの人だ。応対に失礼なところはない。うわずった話し方になっているのは、ここ最近彼が頭を悩ませている、あの出来事に関する取引を打診したからだろう。

「その話なんだが、実は君の商談相手は私ではない」
「はぁ、旦那様ではない、と? ではどなたが……っ。いや、どなたでもかまいません、あの土地を買ってくださる方がいらっしゃるのであれば、喜んでお話しさせていただきます!」

 膝に置いた手を震わせ、エミールさんは懇願した。そう、今日彼を呼び出したのは、リンド家が買ったものの不良債権化している、例の土地について話し合うためだ。外れとはいえ、王都内の土地。ガイさんの従姉妹であるロッテさんが開発した技術を当てにして、畑違いの商売に手を出そうと購入した高額な土地のせいで本来の家業の財政が圧迫されていることは、王都の経済界では既に有名な話だった。

「ふむ。相手が誰であっても良い、と。君も商売を手がける者として、二言はないと信じているよ。それで、今回の商談相手は私ではなく、私の娘だ」
「旦那様のお嬢様? え?」

 エミールさんの目が父と私の間を何度も行き来する。頭の中で、男爵家の家系図が開かれていることだろう。だが父には娘はひとりしかいない。

「旦那様のお嬢様、といいますと……」
「そう、ここにいるアンジェリカだ」
「はじめまして、エミールさん。改めまして、わたくし、アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 天使の笑みを浮かべた私は、かわいく小首を傾げた後、目を白黒させる彼らに一息つかせる間もなく、話を続けた。

「ダスティン領では今、温泉を利用した街づくりと観光振興を目標に掲げ、領地改革の真っ最中ですの。既に箱物は完成の見通しが立っているのですが、問題は領内の交通事情なんです。私どものターゲットは既に現役を引退した貴族や富裕層の方々。そうした方々に長く逗留いただける街づくりを推進しているわけですが、観光地化した領内を行き来するための移動手段が必須になります。貴族の方々は自前の馬車をお持ちの方がほとんどでしょうが、なにぶん狭い領内、全員に自前の馬車を持ち込まれては交通渋滞を起こしてしまいかねません。そこで取り入れたいのが貸し馬車事業なんです」

 突然大人顔負けのことを話し出した10歳児についていけない表情のエミールさん。だがここで止まるわけにはいかない。

「しかしながら我々には貸し馬車事業のノウハウがありません。そこでぜひ、王都でも著名なリンド馬車に、我が領での事業展開をお願いできないかと思いまして、今日こちらにおいでいただいた次第です」

 うちの領には7箇所の温泉地があって、それを観光スポットにする予定でいる。そのほかにもレストランやスパや、観劇施設や植物園なんかも整備中だ。狭い領地とはいえ飛び飛びのスポットを行き来するための交通手段の構築は、実は前々から検討材料のひとつだった。

 温泉の地熱を使った高級自然派レストラン経営を、クレバー夫人の娘であるリンダさんに任せることにしたのも、彼女が既にポテト料理店を複数経営している実業家に育ってくれているからだ。ノウハウを持っている人材がすぐ近くにいるのだから頼まない手はない。自身で経営した方が見入りはいいだろうけど、正直我が家は既に手一杯。

 だから交通網の構築について任せられる人がいたらと、思ってはいた。

 私のまくしたてるような説明に、ようやくついてこられたのか、エミールさんはおずおずと口を開いた。

「あの、実に聡明なお嬢様で……さすがは旦那様のお嬢様でいらっしゃいますね」

 ちらっと私に視線は向けたものの、まだ父を頼っている。それもそうだろう、真っ当な大人なら、10歳児と商談しようだなんて思わない。真っ当な大人なら……いや、それはさすがに今まで私を相手にしてくださった方々に失礼だ。バレーリ団長もマクスウェル宰相も、アッシュバーン家の方々だって、皆ちゃんと私の話を聞いてくれた。

 だから、私は堂々と顔を上げた。

「エミールさん。商談相手は私だと、先ほど父が申しました。あなたも、相手は誰でも構わないとおっしゃいましたね。それで? この提案にご興味はおありですか?」
「い、いやっ、あの、その……。とてもありがたいお話ではあるのですが、我が家は王都内でなんとかやっている小さな商家ですので、他所様の土地で、というのはなかなか……それに、今回お呼びいただいたのは、土地のお話だとばかり思っていましたので……」
「そうでした。土地の話をしませんとね。その前に……今回の商談に関わる方々をゲストとしてお招きしていますの。こちらにお呼びしても?」
「え? あぁ、もちろんです! なんだ、土地の購入希望の方は別においでだったのですね。よろしくお願いします!」
「……」

 勢いを取り戻したエミールさんを横目に、ロイにそっと目配せする。彼がゲストを呼びにいき、すぐに戻ってきた。

「失礼いたします。御二人をご案内しました」

 そうしてロイに続いて入ってきた2人の人物を見てーー。

「え!?」
「嘘!?」

 驚きの声をあげるのはリンド兄妹。私は立ち上がり、ゲストたちの元に歩み寄った。

「紹介の必要はありませんわね。こちら、ゲイリー・シュミット医師と、織物商のガイ・オコーナーさんです」

 そう、継母の案を採用した、悩める人たちを集めてとにかくごった煮してしまおうという計画。題して裏お見合い大作戦! 終わりの見えない作戦だけど、いい加減に終わらせたい! でないとちっとも先に進めない! というわけで、エミールさんも加えることにした。ていうか、ごった煮というよりもはや闇鍋じゃないかな、これ。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ハヤテの背負い

青春 / 連載中 24h.ポイント:227pt お気に入り:0

不完全防水

BL / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:1

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:61,805pt お気に入り:3,747

夢見の館

ホラー / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:1

親友彼氏―親友と付き合う俺らの話。

BL / 完結 24h.ポイント:591pt お気に入り:20

mの手記

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:646pt お気に入り:0

処理中です...