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本編第二章
裏お見合い大作戦が終わりません2
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項垂れるシュミット先生を、継母がそっと慰めた。慰めながらふとこちらを向いたその表情には心配の色。けれど何かを口にすることはない。巨額のお金が絡む話は自分の領分ではないと我慢しているのだろう。継母はわきまえている人だ。
エリザベスさんの新たなお相手、それが誰かはわからないが、マイナスを補填するためにエミール新社長はきっと手段を選ばない。それこそ、お金さえあれば相手は誰でもいいと考えるくらいに。下手をすれば、正式な婚姻でない可能性すらある。
「土地が、どうにかなれば……」
「だがそれが難しいのだろうな。せめてあと半分ほども王都の中心に近ければそれなりに買い手もついただろうが」
父が腕組みをし、執務椅子に深くもたれた。あまりに中心部から遠く、けれど値段はそれなりにする土地。そもそも王都での土地の売買は慎重に、という教えがある。王都の土地は王家の直轄地。各々に売買が許され所有する権利は持てるが、王家に税金という名の家賃を払い続けなければならない。この家賃が滞れば、王家への不敬と見なされるため、金銭的に余裕がある者でなければ手を出すべきではないというのが暗黙の了解だ。うちだってそうした事情から賃貸を選んだし、タウンハウスだって持っていない。
だがリンド家は大博打を打ってしまった。このまま資金繰りが悪化したままなら、税金が払えず商売を畳む可能性すらある状況で、起死回生を狙うためにエリザベスさんを使おうという魂胆だろう。
「あぁもう……よりにもよって、そんな辺鄙なところに土地を買うなんて」
思わず舌打ちすると、父も眉尻を下げた。
「工場として使用するなら問題はなかったんだろうね。リンド家の馬車もあるから、輸送にも困らないだろうし」
「確かにそうですね。工場なら十分なんです、工場なら多少遠くたって……。ん? 工場なら問題がない?」
思わず呟いた言葉を反芻する。
「アンジェリカ、どうかしたのかい?」
父の問いかけに、はっと顔を上げた。
「……そうですよ、お父様。工場としてなら最適なんですよね」
「あぁ。そう思うが」
「それですよ! 工場予定地として購入したんなら工場を建てればいいんです!」
力強く立ち上がると、私は思いついた案について説明した。すべて聞き終えた大人たちは、なんというか、目が点になっていた。
やがていち早く立ち直った父が、何やら気まずそうに口を開いた。
「いや、確かに悪い策ではないが……相手が大きすぎやしないかい?」
「ですが、これ以上誠実で真っ当なお相手もいません。それに、この話がうまくまとまれば、リンド家は我が家に大きな借りができることになります。エリザベスさんとシュミット先生の結婚が、今度こそ邪魔されなくなるはずです」
ガイさんとのお見合い話をつぶしたのも、元はと言えばシュミット先生とエリザベスさんの恋を応援したいからだった。その結末に至れないのであれば、ここまで頑張ってきた意味がない。
「まだ諦めるには早いです。だからシュミット先生も、顔をあげてください」
そう声をかけると、先生は鼻をすすりながら口を開いた。
「お嬢様……、領主様も奥様も、本当にありがとうございます。私なんかのために、ここまで考えてくださって」
「先生は領内の医療体制の構築にも、この先の温泉事業にも協力くださっているではありませんか。このくらいの恩返し、当たり前です」
「アンジェリカの言う通りだ。我々は先生にずいぶん助けられている。それに、先生は我がダスティン領の大切な領民のおひとりです。領民が困っているのに、領主たる私が高みの見物では、精霊に愛想を尽かされてしまいますからな」
「そうですわ。かわいいエリザベスさんがお嫁に来てくださること、私たちも楽しみにしていますのよ?」
私と両親の言葉に、先生はますます瞳を赤くした。
「確かに、諦めるにはまだ早いな。どこまで期待できるかはわからんが、ご提案だけはさせていただくとするか。となれば急ぎ対応策を練らねばならないね」
「えぇ。ぐずぐずしていては、エリザベスさんの嫁入り先が決まってしまいますから」
父と2人で頷き合いながら、今後のことについて話を詰めた。
「それで、再び私を訪ねてきたということかな?」
数日後、私と父は再び、あの人と対面していた。堂々とした体躯によく似合った騎士の隊服。微妙に着崩しているところがまた憎いほど似合っている。
「えっと……大変ご無沙汰しております、バレーリ団長様?」
再びの挨拶を笑顔で交わしながら、私はシュミット先生とエリザベスさんの今後の命運を分ける交渉テーブルに着いたわけです。
エリザベスさんの新たなお相手、それが誰かはわからないが、マイナスを補填するためにエミール新社長はきっと手段を選ばない。それこそ、お金さえあれば相手は誰でもいいと考えるくらいに。下手をすれば、正式な婚姻でない可能性すらある。
「土地が、どうにかなれば……」
「だがそれが難しいのだろうな。せめてあと半分ほども王都の中心に近ければそれなりに買い手もついただろうが」
父が腕組みをし、執務椅子に深くもたれた。あまりに中心部から遠く、けれど値段はそれなりにする土地。そもそも王都での土地の売買は慎重に、という教えがある。王都の土地は王家の直轄地。各々に売買が許され所有する権利は持てるが、王家に税金という名の家賃を払い続けなければならない。この家賃が滞れば、王家への不敬と見なされるため、金銭的に余裕がある者でなければ手を出すべきではないというのが暗黙の了解だ。うちだってそうした事情から賃貸を選んだし、タウンハウスだって持っていない。
だがリンド家は大博打を打ってしまった。このまま資金繰りが悪化したままなら、税金が払えず商売を畳む可能性すらある状況で、起死回生を狙うためにエリザベスさんを使おうという魂胆だろう。
「あぁもう……よりにもよって、そんな辺鄙なところに土地を買うなんて」
思わず舌打ちすると、父も眉尻を下げた。
「工場として使用するなら問題はなかったんだろうね。リンド家の馬車もあるから、輸送にも困らないだろうし」
「確かにそうですね。工場なら十分なんです、工場なら多少遠くたって……。ん? 工場なら問題がない?」
思わず呟いた言葉を反芻する。
「アンジェリカ、どうかしたのかい?」
父の問いかけに、はっと顔を上げた。
「……そうですよ、お父様。工場としてなら最適なんですよね」
「あぁ。そう思うが」
「それですよ! 工場予定地として購入したんなら工場を建てればいいんです!」
力強く立ち上がると、私は思いついた案について説明した。すべて聞き終えた大人たちは、なんというか、目が点になっていた。
やがていち早く立ち直った父が、何やら気まずそうに口を開いた。
「いや、確かに悪い策ではないが……相手が大きすぎやしないかい?」
「ですが、これ以上誠実で真っ当なお相手もいません。それに、この話がうまくまとまれば、リンド家は我が家に大きな借りができることになります。エリザベスさんとシュミット先生の結婚が、今度こそ邪魔されなくなるはずです」
ガイさんとのお見合い話をつぶしたのも、元はと言えばシュミット先生とエリザベスさんの恋を応援したいからだった。その結末に至れないのであれば、ここまで頑張ってきた意味がない。
「まだ諦めるには早いです。だからシュミット先生も、顔をあげてください」
そう声をかけると、先生は鼻をすすりながら口を開いた。
「お嬢様……、領主様も奥様も、本当にありがとうございます。私なんかのために、ここまで考えてくださって」
「先生は領内の医療体制の構築にも、この先の温泉事業にも協力くださっているではありませんか。このくらいの恩返し、当たり前です」
「アンジェリカの言う通りだ。我々は先生にずいぶん助けられている。それに、先生は我がダスティン領の大切な領民のおひとりです。領民が困っているのに、領主たる私が高みの見物では、精霊に愛想を尽かされてしまいますからな」
「そうですわ。かわいいエリザベスさんがお嫁に来てくださること、私たちも楽しみにしていますのよ?」
私と両親の言葉に、先生はますます瞳を赤くした。
「確かに、諦めるにはまだ早いな。どこまで期待できるかはわからんが、ご提案だけはさせていただくとするか。となれば急ぎ対応策を練らねばならないね」
「えぇ。ぐずぐずしていては、エリザベスさんの嫁入り先が決まってしまいますから」
父と2人で頷き合いながら、今後のことについて話を詰めた。
「それで、再び私を訪ねてきたということかな?」
数日後、私と父は再び、あの人と対面していた。堂々とした体躯によく似合った騎士の隊服。微妙に着崩しているところがまた憎いほど似合っている。
「えっと……大変ご無沙汰しております、バレーリ団長様?」
再びの挨拶を笑顔で交わしながら、私はシュミット先生とエリザベスさんの今後の命運を分ける交渉テーブルに着いたわけです。
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