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本編第二章
裏お見合い大作戦が終わりません1
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ガイさんとエリザベスさんを取り巻く裏お見合い大作戦は、かくして大団円に見えたのだけど。
「……うぅっ、エリザベスにまた外出制限がかかってしまって、面会もできないんですぅぅぅぅ!」
1日の業務を終えてタウンハウスに戻るなり、シュミット先生が泣きついてきた。これぞ一難去ってまた一難。
「いったい何が起きてるの!?」
半泣きどころか全面的に泣き崩れるシュミット先生を支えつつ見上げると、何やら困り顔のロイがいた。
「どうやらリンド馬車のエリザベス嬢に、新たなお見合い話が浮上しているようなんです」
「ええっ!?」
ガイさんとのお見合いの話が潰れたと思いきや、また別のお見合い話とは。思いもよらぬ展開に私も顔を顰めた。
「お嬢様、ちょうど旦那様もお戻りです。奥様もひと段落つかれたところのようですので、シュミット先生も含めて、今後の話をいたしませんか」
「わかったわ」
ロイの提案で、私たちは父が執務をしている部屋に移動した。
今回の騒動で騎士団が調査に乗り出したことを受けて、リンド馬車は一時騒然としたものの、再び通常教務に戻った。けれど、以前にはなかった問題が浮上したらしい。
「シュミット先生のお話を聞いてざっと調べたところ、どうもリンド馬車は資金繰りが困難になっているようなんです」
執務室には両親とロイ、シュミット先生が集合した。今回の騒動が収束したことでシュミット先生はこれでエリザベスさんに堂々と会えると思い、意気揚々とリンド家を訪ねたところ、想定外の門前払いをくらったらしい。訳がわからず戸惑っていると、裏口から侍女のマイアさんが出てきて、エリザベスさんに再びお見合いの話があることを教えてくれた。なぜと問いかけるも、彼女もそれ以上のことは知らず、昼間ということで人目も気になり、それ以上の話は聞けなかったそうだ。
呆然とタウンハウスに戻ってきたシュミット先生は、居合わせたロイに事情を話した。それを受けてロイが調査に乗り出したところ、資金繰り困難の話に行き着いたらしい。
「資金繰りが困難って、お金に困っているってことよね? なんでまた……」
リンド馬車は王都でも評判の商家のひとつだ。エリザベスさんが蝶よ花よといった感じで育てられてきたことからもわかるように、裕福な家のはず。貸し馬車業は始めこそ資金投入が必要だけど、定期的な仕入れや支出が大きいわけでもない。回り始めれば手堅い商売のひとつと言える。
そんな商売で資金繰りに悩むということは、想定外の支出に見舞われたか、よほど無鉄砲な投資をしたかということになるわけだが。
「ふむ、王都内で購入した土地が原因かな」
父の呟きに私は「あ!」と声をあげた。ロイも「おそらく」と頷く。エリザベスさんの兄であるエミール新社長は、オコーナー家のロッテさんが開発した布の製造販売権を取り込もうと画策し、その工場用に土地を購入していた。お見合い話自体は立ち消えてしまったけれど、確かに購入した土地が無くなるわけではない。
王都は広いが、土地は有限だ。貴族も商売人も欲しがる者はたくさんいる。下手な争いに発展しないよう、王都内の土地の購入は王都に住み続けて10年以上経つ者に限るなど、いくつかの縛りを設けているが、それでも購入希望者は後を立たないため、かなり高騰している。うちも単独で事務所を持つことはとてもじゃないけどできなかったので、継母の兄である家具職人のケビン伯父のところと共同で事務所を構えたほどだ。
「ロイ、リンド家が購入した土地の値段はどれくらいだ?」
父の問いにロイが答えた金額に、一瞬気が遠くなった。財政的に立て直せた我が領の年収をかるく超えていた。
「その金額をぽん、と出せたリンド家の底力が凄いわ」
思わずそう呟くと、ロイが首を振った。
「銀行からの貸付では足りず、あまり筋が良くない金貸業からも資金を調達していたようです。エミール新社長は、すぐに元が取れて返済できると考えたのでしょう。実際、あの布の販売権が一時的にでもあれば、十分回収できたはずです。その後工場が国の要請で閉鎖に追い込まれたとしても、土地をまた売ればその分の収益が見込めます」
真っ当なやり方とは言い難いが、法に触れることをしたわけではない。販売権を失うことになったとしても十分な収益があり、それを元に更なる商売拡大ができると、エミール新社長は夢を見た。
けれど現実は、構想そのものが立ち消え、残ったのは使い道のなくなった土地と多額の返済。
「土地を売ればいいんじゃない? 王都の土地なら欲しがる人もいるでしょう?」
「場所が少々悪いのですよ。王都といってもかなり端、マクスウェル領とほとんど接している場所です」
マクスウェル家の名前が出てきて、あぁなるほどと思い出した。切れ者と評判のマクスウェル宰相は、王都に隣接するマクスウェル領の領主でもある。精霊にご指名された領主は領地に住まわなければならない慣例があるこの国で、彼は侯爵としての業務と中央の要職を兼務している数少ない人だ。それを可能にしているのが、王都のすぐ隣という立地。宰相は領の中でも王都の近くに屋敷を構え、毎日馬車で1時間の道を通勤している。そこに近い土地、ということは、王都の中心から1時間はかかる場所、ということだ。
お世辞にもいい立地とはいえないが、それなりに値の張る土地。加えてリンド家の資金繰り困難の話は、ロイがちょっと調べただけでも行き着けたくらいには、水面化でかなり広まっているようだ。となれば足元を見られ、買い叩かれる可能性もある。
「つまり、資金困難に陥ったリンド馬車が、エリザベスさんを別の人に嫁がせて、この困難を乗り切ろうとしているってこと?」
「その可能性が高いかと」
「それって……状況としてかなりマズイんじゃ」
思わずこぼれた言葉に、シュミット先生が悲鳴のような声を上げた。おそらく私が想像したことと同じことを考えたに違いない。
ガイさんとのお見合い話は、エミール新社長が欲をかいて計画したことだけど、少なくともそのときのリンド家にとって”プラス”になる話だった。けれど今は違う。リンド家は”マイナス”を抱えていて、それを補填するための道具としてエリザベスさんを利用しようとしている。
「もしかしたら、相手を選ばないかもしれないってことよね」
「そんな……」
最悪の状況を想像したのか、シュミット先生は頭を抱えて伏せてしまった。
「……うぅっ、エリザベスにまた外出制限がかかってしまって、面会もできないんですぅぅぅぅ!」
1日の業務を終えてタウンハウスに戻るなり、シュミット先生が泣きついてきた。これぞ一難去ってまた一難。
「いったい何が起きてるの!?」
半泣きどころか全面的に泣き崩れるシュミット先生を支えつつ見上げると、何やら困り顔のロイがいた。
「どうやらリンド馬車のエリザベス嬢に、新たなお見合い話が浮上しているようなんです」
「ええっ!?」
ガイさんとのお見合いの話が潰れたと思いきや、また別のお見合い話とは。思いもよらぬ展開に私も顔を顰めた。
「お嬢様、ちょうど旦那様もお戻りです。奥様もひと段落つかれたところのようですので、シュミット先生も含めて、今後の話をいたしませんか」
「わかったわ」
ロイの提案で、私たちは父が執務をしている部屋に移動した。
今回の騒動で騎士団が調査に乗り出したことを受けて、リンド馬車は一時騒然としたものの、再び通常教務に戻った。けれど、以前にはなかった問題が浮上したらしい。
「シュミット先生のお話を聞いてざっと調べたところ、どうもリンド馬車は資金繰りが困難になっているようなんです」
執務室には両親とロイ、シュミット先生が集合した。今回の騒動が収束したことでシュミット先生はこれでエリザベスさんに堂々と会えると思い、意気揚々とリンド家を訪ねたところ、想定外の門前払いをくらったらしい。訳がわからず戸惑っていると、裏口から侍女のマイアさんが出てきて、エリザベスさんに再びお見合いの話があることを教えてくれた。なぜと問いかけるも、彼女もそれ以上のことは知らず、昼間ということで人目も気になり、それ以上の話は聞けなかったそうだ。
呆然とタウンハウスに戻ってきたシュミット先生は、居合わせたロイに事情を話した。それを受けてロイが調査に乗り出したところ、資金繰り困難の話に行き着いたらしい。
「資金繰りが困難って、お金に困っているってことよね? なんでまた……」
リンド馬車は王都でも評判の商家のひとつだ。エリザベスさんが蝶よ花よといった感じで育てられてきたことからもわかるように、裕福な家のはず。貸し馬車業は始めこそ資金投入が必要だけど、定期的な仕入れや支出が大きいわけでもない。回り始めれば手堅い商売のひとつと言える。
そんな商売で資金繰りに悩むということは、想定外の支出に見舞われたか、よほど無鉄砲な投資をしたかということになるわけだが。
「ふむ、王都内で購入した土地が原因かな」
父の呟きに私は「あ!」と声をあげた。ロイも「おそらく」と頷く。エリザベスさんの兄であるエミール新社長は、オコーナー家のロッテさんが開発した布の製造販売権を取り込もうと画策し、その工場用に土地を購入していた。お見合い話自体は立ち消えてしまったけれど、確かに購入した土地が無くなるわけではない。
王都は広いが、土地は有限だ。貴族も商売人も欲しがる者はたくさんいる。下手な争いに発展しないよう、王都内の土地の購入は王都に住み続けて10年以上経つ者に限るなど、いくつかの縛りを設けているが、それでも購入希望者は後を立たないため、かなり高騰している。うちも単独で事務所を持つことはとてもじゃないけどできなかったので、継母の兄である家具職人のケビン伯父のところと共同で事務所を構えたほどだ。
「ロイ、リンド家が購入した土地の値段はどれくらいだ?」
父の問いにロイが答えた金額に、一瞬気が遠くなった。財政的に立て直せた我が領の年収をかるく超えていた。
「その金額をぽん、と出せたリンド家の底力が凄いわ」
思わずそう呟くと、ロイが首を振った。
「銀行からの貸付では足りず、あまり筋が良くない金貸業からも資金を調達していたようです。エミール新社長は、すぐに元が取れて返済できると考えたのでしょう。実際、あの布の販売権が一時的にでもあれば、十分回収できたはずです。その後工場が国の要請で閉鎖に追い込まれたとしても、土地をまた売ればその分の収益が見込めます」
真っ当なやり方とは言い難いが、法に触れることをしたわけではない。販売権を失うことになったとしても十分な収益があり、それを元に更なる商売拡大ができると、エミール新社長は夢を見た。
けれど現実は、構想そのものが立ち消え、残ったのは使い道のなくなった土地と多額の返済。
「土地を売ればいいんじゃない? 王都の土地なら欲しがる人もいるでしょう?」
「場所が少々悪いのですよ。王都といってもかなり端、マクスウェル領とほとんど接している場所です」
マクスウェル家の名前が出てきて、あぁなるほどと思い出した。切れ者と評判のマクスウェル宰相は、王都に隣接するマクスウェル領の領主でもある。精霊にご指名された領主は領地に住まわなければならない慣例があるこの国で、彼は侯爵としての業務と中央の要職を兼務している数少ない人だ。それを可能にしているのが、王都のすぐ隣という立地。宰相は領の中でも王都の近くに屋敷を構え、毎日馬車で1時間の道を通勤している。そこに近い土地、ということは、王都の中心から1時間はかかる場所、ということだ。
お世辞にもいい立地とはいえないが、それなりに値の張る土地。加えてリンド家の資金繰り困難の話は、ロイがちょっと調べただけでも行き着けたくらいには、水面化でかなり広まっているようだ。となれば足元を見られ、買い叩かれる可能性もある。
「つまり、資金困難に陥ったリンド馬車が、エリザベスさんを別の人に嫁がせて、この困難を乗り切ろうとしているってこと?」
「その可能性が高いかと」
「それって……状況としてかなりマズイんじゃ」
思わずこぼれた言葉に、シュミット先生が悲鳴のような声を上げた。おそらく私が想像したことと同じことを考えたに違いない。
ガイさんとのお見合い話は、エミール新社長が欲をかいて計画したことだけど、少なくともそのときのリンド家にとって”プラス”になる話だった。けれど今は違う。リンド家は”マイナス”を抱えていて、それを補填するための道具としてエリザベスさんを利用しようとしている。
「もしかしたら、相手を選ばないかもしれないってことよね」
「そんな……」
最悪の状況を想像したのか、シュミット先生は頭を抱えて伏せてしまった。
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