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本編第二章
覆面作家の正体です1
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王都ミッションその3スタート!
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シュミット先生とエリザベスさんの仲を取り持とう大作戦!
……は、ひとまず置いておいて。
いや、置いておいちゃいけないことはわかってるよ。だけどこちらも予定が目白押しなのだ。現に今日は、覆面作家シャティ・クロウさんとの面会日。こちらのアポの方が先に決まっちゃってたし、何より同行者のケイティがうっきうきでね。
「あの、お嬢様、母がどうしても、自分もサインが欲しいと願うものでして。私の分と、母の分と、特別装丁本の分と保管用と、4冊のサインをねだるのはやりすぎでしょうか。でしたら母の分は諦めて、私の分と保管用と特別装丁本の分3冊を……」
眉尻をぎゅん、と下げてそう切り出すケイティ。あなた、母親のサリーの分はあっさり切り捨てるのね……。っていうか特別装丁はまだいいとして、保管用ってなんだ、保管用って。
「こちらはいざというときのための一冊ですわ! ふだんは日差しを避けるよう、布でくるんで保管しています」
そういや乙女ゲーム狂いの前世の妹も似たようなこと言ってたなと思い出す。通常盤と特別盤と、保管用と布教用だっけ? 所変わってもオタク魂は共通なんだね。
「えっと、様子を見て、大丈夫そうだったら何冊ねだってもいいと思うよ」
「ありがとうございます!」
ケイティは空気がちゃんと読める子だから、失礼なことはしないだろう。私はシャティ・クロウさんことガイ・オコーナーさんとの面談場所となっている、ハムレット商会の事務所に向かっていた。そう、彼を紹介してくれた副会頭のサウルさんが部屋を貸してくれたのだ。
「彼の家は織物商を営んでいるんですが、一家で切り盛りしている小さい商売でしてね。跡取り息子の彼も休みなく働いていまして、なかなか時間が取れないのですよ。うちの事務所であれば、商談だと言えば、出入りすることに親御さんもとやかく言わないようでして」
サウルさんからの事前情報としては、ガイさんと彼の両親は織物商を営んでいるとのこと。一家3人と従業員2人の小さな商売らしい。王都から3日ほど離れた伯爵家の領内に小さな工場を持っていて、ガイさんとお父さんは織物を卸すためによく王都まで出向いているのだとか。王都滞在中は朝から晩まで商談が詰め込まれており、日がな一日父親と行動を共にしているガイさんに執筆に割ける時間はなく、家でも夜まで働き詰め。幸い商売は比較的うまくいっていて、ハムレット商会をはじめ、取引先も多い。両親は彼が執筆に興味があることを知っているが、男のくせにそんな軟弱な趣味なんてと理解がなく、読書をしているだけでも、そんなことをする暇があるなら帳簿を見直せと言われる始末。ちなみにベストセラーになった「恋月夜」は、彼が10代の頃に書き溜めていたものを出版したものらしい。なお、両親は彼がシャティ・クロウの名前で小説を出していることを知らない。ガイさんには結構な額の印税が入っているのだが、自分で持っていると両親に怪しまれるからという理由で、出版社とサウル副会頭にすべて預けているそうだ。ご家族もお金に困っているわけではないから、使い道もなく貯まる一方なのだとか。
「彼の執筆活動に理解を示すよう、両親を説得するというのが、彼が仕事を引き受けてくれる条件、でしたよね」
本人はまだ到着しておらず、打ち合わせの席でサウルさんにそう再確認すると、彼は深く頷いた。
「えぇ、そうです。このまま筆を折らせるには惜しい才能ですから、なんとか継続的に小説を発表できるようにしていただきたいのです」
「恋月夜が彼の作品だと、ご両親に打ち明けてはどうですか? 庶民でも知っている有名小説ですし、その作者が自分の息子とあれば、十分自慢できるものと思いますが」
「彼の父親は昔気質の人でね、小説など女子供の娯楽で飯のタネにもならん、と言って憚らないのですよ。それに今の商売は、細々としたものではありますが、代々受け継いできた家業でして、一人息子のガイに譲るのが当たり前、と思い込んでいまして。こう言ってはなんですが、ガイの書く小説の印税で、この先ご両親を含め、十分生活できるだけの余裕はもてると思うのです。ですが、ガイの父親にかかっては“そんな泡銭”という感覚なんでしょうな。汗水垂らして働くことにこそ意義がある、という考えの持ち主でもあります」
ううむ、いわゆる頑固親父系か。人の話を聞かないタイプだな。
「たとえば、ガイさん以外に従業員を雇うというのはどうでしょうか。その方に行商役をやってもらって、ガイさんは地元に残って、内向きの仕事をしながら執筆するというのは?」
「先ほども言った通り、家族経営の商売でしてね。雇っている従業員もガイにとっては従兄弟にあたる者たちなんです。ガイの父親は余所者は信用できないという考えのようでして、私も何人か人を紹介しようとしたのですが、断られてしまいました」
つまりは一家3人+従兄弟2人で回している家内工業といったところか。
「うーん、難しいですね。ちなみにその父親というのは、商売を大きくしたいというような野心家ではないということでしょうか」
「そうですな。そのような気概はあまりないようです。自分が父親から受け継いだものを息子にも受け継がせる、そのために生きているといっても過言ではないでしょう」
「では、もっと儲けられるようになりますよーといった提案は効きそうにないってことですね」
昔気質の職人、限られた仕事を限られた範囲で行い、それ以上にはせず、それ以下にならなければ十分と思いながら生きている人たちもいる。むしろそうした人の方が大半なのだろう。誰もが上昇志向を持っているわけではない。
それにしても、と思う。こうした人たちの対応について、私はあまり経験がない。どちらかといえば、リンド馬車のエリザベスさんの兄のように、野心を隠さず、成り上がろうとしている人たちの方がまだ楽だ。彼らには目的があるから、そこに沿うような提案で交渉する術があるというもの。
だがガイさんのおうちの例は、そもそも打つ手を探すことが難儀だ。うむむ、と悩んでいると、従業員の方が来客を告げにきた。
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シュミット先生とエリザベスさんの仲を取り持とう大作戦!
……は、ひとまず置いておいて。
いや、置いておいちゃいけないことはわかってるよ。だけどこちらも予定が目白押しなのだ。現に今日は、覆面作家シャティ・クロウさんとの面会日。こちらのアポの方が先に決まっちゃってたし、何より同行者のケイティがうっきうきでね。
「あの、お嬢様、母がどうしても、自分もサインが欲しいと願うものでして。私の分と、母の分と、特別装丁本の分と保管用と、4冊のサインをねだるのはやりすぎでしょうか。でしたら母の分は諦めて、私の分と保管用と特別装丁本の分3冊を……」
眉尻をぎゅん、と下げてそう切り出すケイティ。あなた、母親のサリーの分はあっさり切り捨てるのね……。っていうか特別装丁はまだいいとして、保管用ってなんだ、保管用って。
「こちらはいざというときのための一冊ですわ! ふだんは日差しを避けるよう、布でくるんで保管しています」
そういや乙女ゲーム狂いの前世の妹も似たようなこと言ってたなと思い出す。通常盤と特別盤と、保管用と布教用だっけ? 所変わってもオタク魂は共通なんだね。
「えっと、様子を見て、大丈夫そうだったら何冊ねだってもいいと思うよ」
「ありがとうございます!」
ケイティは空気がちゃんと読める子だから、失礼なことはしないだろう。私はシャティ・クロウさんことガイ・オコーナーさんとの面談場所となっている、ハムレット商会の事務所に向かっていた。そう、彼を紹介してくれた副会頭のサウルさんが部屋を貸してくれたのだ。
「彼の家は織物商を営んでいるんですが、一家で切り盛りしている小さい商売でしてね。跡取り息子の彼も休みなく働いていまして、なかなか時間が取れないのですよ。うちの事務所であれば、商談だと言えば、出入りすることに親御さんもとやかく言わないようでして」
サウルさんからの事前情報としては、ガイさんと彼の両親は織物商を営んでいるとのこと。一家3人と従業員2人の小さな商売らしい。王都から3日ほど離れた伯爵家の領内に小さな工場を持っていて、ガイさんとお父さんは織物を卸すためによく王都まで出向いているのだとか。王都滞在中は朝から晩まで商談が詰め込まれており、日がな一日父親と行動を共にしているガイさんに執筆に割ける時間はなく、家でも夜まで働き詰め。幸い商売は比較的うまくいっていて、ハムレット商会をはじめ、取引先も多い。両親は彼が執筆に興味があることを知っているが、男のくせにそんな軟弱な趣味なんてと理解がなく、読書をしているだけでも、そんなことをする暇があるなら帳簿を見直せと言われる始末。ちなみにベストセラーになった「恋月夜」は、彼が10代の頃に書き溜めていたものを出版したものらしい。なお、両親は彼がシャティ・クロウの名前で小説を出していることを知らない。ガイさんには結構な額の印税が入っているのだが、自分で持っていると両親に怪しまれるからという理由で、出版社とサウル副会頭にすべて預けているそうだ。ご家族もお金に困っているわけではないから、使い道もなく貯まる一方なのだとか。
「彼の執筆活動に理解を示すよう、両親を説得するというのが、彼が仕事を引き受けてくれる条件、でしたよね」
本人はまだ到着しておらず、打ち合わせの席でサウルさんにそう再確認すると、彼は深く頷いた。
「えぇ、そうです。このまま筆を折らせるには惜しい才能ですから、なんとか継続的に小説を発表できるようにしていただきたいのです」
「恋月夜が彼の作品だと、ご両親に打ち明けてはどうですか? 庶民でも知っている有名小説ですし、その作者が自分の息子とあれば、十分自慢できるものと思いますが」
「彼の父親は昔気質の人でね、小説など女子供の娯楽で飯のタネにもならん、と言って憚らないのですよ。それに今の商売は、細々としたものではありますが、代々受け継いできた家業でして、一人息子のガイに譲るのが当たり前、と思い込んでいまして。こう言ってはなんですが、ガイの書く小説の印税で、この先ご両親を含め、十分生活できるだけの余裕はもてると思うのです。ですが、ガイの父親にかかっては“そんな泡銭”という感覚なんでしょうな。汗水垂らして働くことにこそ意義がある、という考えの持ち主でもあります」
ううむ、いわゆる頑固親父系か。人の話を聞かないタイプだな。
「たとえば、ガイさん以外に従業員を雇うというのはどうでしょうか。その方に行商役をやってもらって、ガイさんは地元に残って、内向きの仕事をしながら執筆するというのは?」
「先ほども言った通り、家族経営の商売でしてね。雇っている従業員もガイにとっては従兄弟にあたる者たちなんです。ガイの父親は余所者は信用できないという考えのようでして、私も何人か人を紹介しようとしたのですが、断られてしまいました」
つまりは一家3人+従兄弟2人で回している家内工業といったところか。
「うーん、難しいですね。ちなみにその父親というのは、商売を大きくしたいというような野心家ではないということでしょうか」
「そうですな。そのような気概はあまりないようです。自分が父親から受け継いだものを息子にも受け継がせる、そのために生きているといっても過言ではないでしょう」
「では、もっと儲けられるようになりますよーといった提案は効きそうにないってことですね」
昔気質の職人、限られた仕事を限られた範囲で行い、それ以上にはせず、それ以下にならなければ十分と思いながら生きている人たちもいる。むしろそうした人の方が大半なのだろう。誰もが上昇志向を持っているわけではない。
それにしても、と思う。こうした人たちの対応について、私はあまり経験がない。どちらかといえば、リンド馬車のエリザベスさんの兄のように、野心を隠さず、成り上がろうとしている人たちの方がまだ楽だ。彼らには目的があるから、そこに沿うような提案で交渉する術があるというもの。
だがガイさんのおうちの例は、そもそも打つ手を探すことが難儀だ。うむむ、と悩んでいると、従業員の方が来客を告げにきた。
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