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本編第二章

化粧品技術者と調香師が出会ってしまいました3

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「へぇ、なかなか面白そうな子じゃない」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。でもこのままじゃオープンできないわね。キャニスターに入れて管理する方法を徹底させなきゃ」

 ラファエロにマリウムを紹介するつもりが、緊急避難になってしまったため仕切り直しだ。先にケイティに彼を紹介して、さっそくサンプルを見せてもらった。

「え、こんなにあるの?」
「これでも一部です。本当はもっとあったんですけど、仮の袋がなくなってしまって」

 あらかじめ木綿の布で作った小さな袋をいくつか用意していたのだが、それでは到底足りなかったようだ。試しにひとつ摘んでみると、鼻先にすっと清しい香りが入ってきた。

「これ……!」

 柑橘のような香りに、甘い色香が加わったような、なんとも言えぬ匂いに目が開く。別の袋を手にとれば、それも驚くような新鮮な香りを放っていた。

「……思った以上ね。すごいじゃない」

 いつも単純明快・猪突猛進なマリウムが唸るのを初めて聞いた気がする。次から次へと袋を試していくが、ひとつとしてハズレがない。馴染みのあるものから斬新なものまで、幅広い品揃えだ。マリウムが作ったサンプルもいい匂いだったけど、これはそれ以上、もはや芸術の域に達していた。

「お嬢ちゃん、あんた、大当たりを引いたわよ」
「そうみたい」

 探しに探した調香師。結局見つからず、頼った先がまさかの孤児院。本当にあそこの子どもたちは可能性に満ちている。

「これ、今開発している化粧品シリーズにも使えるかも。ダスティン温泉化粧水はピーリングの作用は素晴らしいけれど、あの硫黄の匂いがどうしてもダメ、という人もいるでしょう? サボテンクリームは無臭で作ったんだけど、これをまぜたら、いろんな香りシリーズで展開できるかもしれないわ」

 マリウムが次々とスパ&エステ構想を膨らませる中、私もサシェの新たな展開を目まぐるしく考えた。

「ねぇ、マリウムはシャティ・クロウって知ってたかしら」
「シャティ・クロウ? 何それ、人の名前?」
「ええぇぇ! マリウムさん、シャティ・クロウを知らないんですか!? あの“恋月夜”や“永遠の祈り”の作者ですよ!」

 ケイティが椅子を蹴る勢いで立ち上がった。そうだった、ケイティとサリー親娘はこの恋愛小説シリーズのファンだった。

「小説ぅ? そんな腹の足しにもならないもの読まないわよ。あたしが読むのは美容雑誌と論文くらい」
「そんな! もったいない!」
「はいはい、ケイティ、落ち着いて」
「あ、すみません!」

 顔を赤らめたケイティが大人しく座り直す。

「ねぇ、マリウム。ラファエロのサンプルの中から、2つとっておきを選ぶとしたら、どれを選ぶ? ケイティは、“恋月夜”や“永遠の祈り”って名前をサシェにつけるとしたら、どれを選ぶか考えてみて」

 私の依頼に2人は大量のサンプルをごそごそと確認しながら、最終的に2つを選びとった。

 生まれも育ちも性別も趣味も、まったく違う2人が選び取ったサンプルは、奇しくも一致していた。

「決めたわ。プレオープンではこの2つを売り出すことにする」
「え、たった2つですか? こんなにあるのに?」

 ケイティがサンプルと私の顔を見比べる。

「プレオープンまでもう日がないし、店員も雇ってない。当面はケイティと私、それにウォーレス&ダスティン事務所の事務員さんで回すしかないから、大量に商品があると混乱してお客様を捌けなくなってしまうわ。だから2つに絞るの」
「人手のことを言うならしょうがないだろうけど、でもたった2つでリカルドを納得させるだけの結果が出せるの?」

 今回のプレオープンである程度の結果を出せなければ、隣国トゥキルスで待っているリカルド様とビジネスパートナー契約が結べなくなってしまう。この場合求められる結果とは、乾燥花がビジネス商品としてセレスティア王国で有用と示すことだ。それによりリカルド様はあちらでサボテンの栽培事業を検討してくれることになっている。

「勝算はあるわ。2種類のサシェにはそれぞれ“恋月夜”と“永遠の祈り”という名前をつけて売り出すの。あの小説を彷彿とさせるサシェなら、話題性抜群だと思わない?」
「私なら絶対買います! あ、でも、勝手に小説の名前をつけてもいいんでしょうか」

 ケイティの心配顔に、私はにんまりと笑って返した。

「それも大丈夫。近々作者と面会予定だから」
「ええええぇぇぇ!!! お嬢様、シャティ・クロウとお知り合いだったんですか!?」
「まだ知り合いじゃないけど、ハムレット商会のサリム副会頭の紹介で会えることになってるのよ」
「おおおおおお嬢様! わ、私も同席させてください!」
「いいけど……」
「うわわわぁああシャティ・クロウに会えるんですね! どんな方かしら。きっと深層の御令嬢か、それとも典雅な奥方様か……あ、サイン、サインもらわなきゃ!」
「あ、あの、ケイティ? 妄想逞しくしてるところ申し訳ないんだけど、シャティ・クロウは男性よ?」
「……は? はああぁぁぁ!?」

 天から地に落っこちたかのような百面相を晒しつつ、「いや、たとえ作者が男性だったとしても、あの小説は私の推し作者も推し……」と呟くケイティを正気に返らせ、私は次の指示を出した。

「まずはラファエロに、この2種類のサシェの配合を教えてもらいましょう。ケイティはそれをメモして、同じ配合のものを百セット作ってちょうだい」
「わかりました。限定百セットで売り出すんですね」
「その通り。儲けは少ないけど、それが2、3日で完売すれば、それだけ話題性が高いってことで、リカルド様を納得させるだけの材料になるわ。そのセットを売るついでに、オリジナルブレンドのサシェの予約を受け付けるの。狭いお店だからはじめは完全予約制にして、おいでいただいた方の好みを聞き取りながら香りをブレンドする方式よ。予約がどれだけ埋まるかで、今後の発展性もある程度読めるから、こちらもリカルド様へのアピールになるわ」
「うわぁ、面白そうですね」

 がんばります、と意気込むケイティに反して、マリウムは思案顔だった。

「アイデアはいいと思うけど。致命的な欠点があるんじゃない?」
「欠点? 何が?」
「貴族の顧客の前で香りをブレンドするってことは、あの少年に客の相手をさせるってことでしょう? できるの?」
「あ……」

 先ほどの嬉々として香りの花を振り回すアンジェロの様子を思い出して、私は固まった。そうだ、顧客の目の前で調合するなら、ラファエロが店に立つことは必須。だが、あの子に接客が務まるかといえば……マリウムを店に立たせるのと同義だ。

「……お嬢ちゃん、アンタ今、かなり失礼なこと考えたでしょう?」
「えええっ! メッソウモアリマセン……」

 さすが同類同士、思い当たる節があるんだなと思ったことなどおくびにも出さず、私は乾いた笑いを浮かべた。

 うーん、売り方は考え直した方がよさそうだ。


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