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本編第二章

化粧品技術者と調香師が出会ってしまいました2

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 この店舗はもともとハムレット商会のちょっとした物置き場として使われていたもので、それほど広くない。扉を開ければ軽く店内の全貌が見渡せる程度だ。店の片側を作り付けの棚にして、そこに乾燥花を詰めたキャニスターを置く。その前がカウンター。反対側はブレンド済みの香りを閉じ込めた小さめのガラス瓶。お客さんが自由に蓋を開けて香りを楽しめるサンプル品にする予定だった。

 棚は想像通りのディスプレイのまま。問題は床面だ。狭い店内の床に、トゥキルスから送られてきたサンプルの乾燥花が所狭しとばらまかれている。辺りはもわっとしたなんとも言えない濃厚な香りが充満し、一瞬めまいがした。

「うそ、なんでこんなに散らかってるの!? お店のオープンまで間もないのに!」
「あ、お嬢様……っ」

 私の悲鳴を聞いたケイティが、店の奥扉から現れた。ハンカチで鼻を覆っている。

「ケイティ! いたのね。なんでこんなことになってるの!?」
「それが、ラファエロが……」
「ラファエロ?」

 そのとき、カウンターの奥、店の暗がりで蠢くものが目に映った。カウンターを回り込んでみると、そこには床に座り込んで何やらご満悦のアンジェロの姿があった。

「あ、アンジェリカ様だー」
「ラファエロ! あなた何してるの? ……って、調香してくれてるの? でもなんでこんなに散らかしてるのよ。あ、ちょっと、お尻の下にあるの、それサンプル品じゃない!」

 リカルド様から送られてきた貴重な乾燥花が、アンジェロのお尻に潰されて見るも無惨な姿になっている。今更彼を移動させても意味がなさそうだが、私は彼の手を取り、立たせようと引っ張った。

「ダメだよ! これはお気に入りなんだから!」
「だからって潰していいものじゃないでしょう」
「潰した方がいい匂いになるの!」

 先程までの恍惚とした表情が嘘のように、ラファエロが顔を真っ赤にして喰ってかかってきた。

「……どういうこと?」
「あの、お嬢様、実はラファエロの言う通りなんです。そのお花、届いたときは綺麗な形の大ぶりの花だったんですけど、形が崩れたら香りが変わるみたいで」
「え? そんなことがあるの?」

 私とケイティの話にマリウムが「ありそうだわねぇ」と割り込んできた。

「サボテン保湿クリームを開発してたときにも思ったけど、あの植物ってなかなか奥が深いのよ。同じ種類のサボテンでも、自生地が違えばエキスも微妙に変わったりして。花の方も咲いているところとか、崩れたところとかで香りが変わってもおかしくないわね」
「なるほど。でも、だからといって、こんなに散らかしちゃ困るわ。匂いが混ざりすぎて、気分が悪くなっちゃう」
「すみません、自由にさせすぎました……」

 すまなそうな表情を見せるケイティだが、彼女が悪いわけではない。ケイティにはなるべくラファエロの意向にそうように、と伝えていたし、もともと花の個の匂いが強いので、匂いが漏れにくいガラス製のキャニスターを作り、そこに素材を閉じ込める予定だったのだ。それをラファエロが全部ひっくり返して床にばらまいた……というより並べたのかもしれない。

「ねぇ、ケイティ。ラファエロが調香したサンプルってある?」
「あ、はい、隣の小部屋にいくつか。あの、でも、ラファエロが作っているところを見ていたのですが、分量とか、全然計ってなくて。メモしようとしたんですけど、あまりの早技についていけなくて」
「それは大丈夫よ。同じものを再現するのは、あの子にとって簡単だろうから」

 以前、マリウムが作ったサンプルを彼にあげたとき、中身をばらばらにしながらも、まったく同じように再現してみせたことは記憶に新しい。彼は大好きな香りに関しては、どれだけ複雑なものでも、いとも簡単に再現してしまう、天才的な鼻の持ち主だ。

 ラファエロの姿をもう一度見ると、先程私に喰ってかかったことなどなかったかのように、再び床に座り込んで、また楽しそうに花を組み合わせていた。すっかり自分の世界に入っていそうだったので、私はケイティとマリウムを連れて、いったん隣の部屋に避難することにした。




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