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本編第二章

計画がなかなか進みません

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 トゥキルスから戻ってはや2ヶ月。季節は10月の終わりを迎えようとしていた。

 この間にずいぶん進んだ事業もあった。まずはリー&マーティン事務所に頼んだ温泉事業によるまちづくり。素敵な設計が仕上がってきたので早々に着工に入った。完成までに数年かかる大事業だが、1年もすれば一部で開業にこぎつけられる算段だ。

 マリウムによるサボテンを使った保湿化粧水も順調な仕上がりを見せている。すでに見本は出来上がっていて、この冬の社交シーズンにプレ販売をして様子をみるつもりだ。

 同時に職業訓練校の準備にも取り掛かっている。急拵えの建物しか準備できていないが、おいおい整えていくので十分だと考えた。春からの開講に向けて、まずは領地の13歳以上の子どもたちと、王都孤児院の卒業生数名を迎え入れる予定だ。講師もすでに手配済み。ここで育てた人員が、1年後開業する温泉事業に一役買ってくれることを願っている。

 そんなふうに爆速で準備を進めていたのだけれどーーー。

「肝心の新ビジネスだけがとんとん進んでくれないのよねぇ」

 そう、リカルド様と協力してスタートする、サボテンの乾燥花を使った香りビジネスは早くも暗礁に乗り上げていた。父の執務室にお邪魔して頭を抱える私にお茶を入れてくれたのは継母だ。ポテト料理チェーン店計画や化粧品ビジネスが成功したおかげで前よりもずっと裕福になり、使用人の数もずいぶん増えたけれど、継母は今でもこうして手ずからお茶を入れてくれるし、台所にも立つ。「バーナードもアンジェリカも身を粉にして働いているのに、私だけぼーっとはできないわ」と微笑む彼女は、きっとじっとしていられない性分なんだろう。今年の誕生日にも手作りのショールをプレゼントしてくれた。

 継母のお茶を楽しみにしているのは父も同じだ。一服しつつソファに深く腰掛ける。

「とはいえ、進んだこともあるんだろう?」
「はい。ハムレット商会の協力で、店舗は見つかりました。すでに改装にも入ってもらっています」

 そう、乾燥花のブレンドで提供する香りのビジネスについて、王都で店を持つためにハムレット商会のライトネルとキャロルに手紙を書いて相談した。すぐに返事が帰ってきて、該当する店舗を貸し出してくれること、自分たちは学院の生活があるため自由がきかないので、彼らの叔父にあたる副会長を紹介してくれる、ということで話はついている。店舗に関してはもともとウォーレス&ダスティン事務所の名で新規契約しようかと思っていたのだが、ハムレット商会が棚卸し用に使用していた空き店舗が、広さという立地といいちょうどよかったので、そちらで借りることにした。王都で新しく店を構えることは法律上難しいのだけど、ケビン伯父と協力して事務所を設立しておいてよかったと改めて思う。

「もともと棚卸し用に使っていたそうで、壁には作り付けの棚が一面あるんだそうです。だからそのレイアウトはそのままに、あとは貴族の人たちに入店してもらえるよう、綺麗に改装するだけで事足ります。そこもリーさんとマーティンさんに頼んで、超特急で仕上げてもらいました。おそらく社交シーズンの半ばくらいにはお客様をお迎えする準備は整うと思います」

 集客についても大きな心配はしてない。うちにはマリウム特性のダスティン温泉化粧水がある。新製品のクリームのプレ販売と銘打てば人を呼び込むのに十分だ。問題はーーー。

「となると、あとは調香師の問題だけか」
「そうなんです」

 化粧品はあくまでおまけ。本業はさまざまにアレンジのきく香りの販売だ。だがその調香師探しが難航していた。もともと数多くいる職人でもないし、有名な人たちは既に大手の化粧品会社が抱え込んでしまっている。王都で事務員をしているケイティに頼んで募集をかけてもらったり、ハムレット商会の双子たちやアッシュバーン家のシンシア様のツテもたどって探してもらっているけれど、未だ見つかっていないというのが現状だった。

「リカルド様にビジネス案についてお手紙を出して、すでに了解をいただきました。あちらから新たな素材を追加で送っていただくことにもなっています。どうせなので王都の事務所宛にお願いしたのですが……このままだと無駄になるかもしれません」
「うーん。どうしたものかな」

 父も継母も学院出身ではあるものの、卒業してからはほぼ領地にこもりきりで交友関係は限られてしまっている。ここ数年はビジネスのおかげで知り合いも増えてきたが、腹を割って相談できる相手となるとそう多くはない。加えて化粧品や嗜好品の業界となるとますますお手上げ状態だ。

 頭を悩ませる2人の間に、継母がクッキーの小皿を置いた。

「ここで2人してうんうん悩んでいても答えはでないでしょう。一足早く王都に向かったらどうかしら」
「え?」
「去年は12月に入ってから王都に出かけたけれど、さらに1ヶ月前倒ししてもいいんじゃない? その方がアンジェリカもあちらで伸び伸び過ごせるでしょうし。幸い冬支度も大方目処がつきましたし、何より研究所のおかげであの地域が活気付いて、冬でも物資がたくさん届くようになってくれたから、以前よりも楽に冬が越せるでしょう? 私たちがぎりぎりまでこちらにいる必要もないと思うわ」
「ふむ。なるほど」
「あなたはすぐには動けないかもしれないけれど、私とアンジェリカはあなたよりも身軽だから、どうとでもなるわよ」
「おかあ様、それ……いいアイデアです!」

 もちろん領地のことは気になるけれど、食糧事情が改善して生活状況や医療の状況も大きく変革したおかげで、領民たちの生活の質もかなり向上している。少しくらい王都滞在が長くなっても大丈夫だ。

「まぁ、確かにこちらは私がいればどうにかなるしな」

 父もなるほどと頷く。精霊との加護の契約はまだ父のものだから、彼らが冬眠する季節まで父さえ領地に残っていれば問題にもならない。

 明日にでも旅立とうかという勢いで立ち上がった私に、父が慌てて止めに入った。

「待ちなさい、早めに行くのは構わないが、さすがに君たち2人だけで送り出すわけにはいかないよ。ロイは……さすがに今年はこちらを離れられないし、誰かほかの男の使用人と、それに護衛も雇わねば」
「あなた、そのことなんですけれど、ケビンお兄様が来週あたり王都に出張に行かれるのですって。そこに便乗させてもらえないか聞いてみるわね」
「おかあ様、よろしくお願いします!」

 こうして私と継母は一足早く王都へ向かうことになった。

「……私を置いていくっていうのに、なんだか楽しそうだな」

 しょぼくれる父に申し訳ないと思わなくもないけれど、何事も領地発展のためだ。許してほしい。
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