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本編第二章

隣国で知る意外な事情です4

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「……わかったから、ちょっとここからどきなさいな」

 しばしの沈黙の後、口を開いたのはマリウムだった。彼の腕で私は床に降ろされた。立ち上がった彼は私の乱れたワンピースの裾を直し、自分もスカートの皺を伸ばした。彼の武器はもう見えない。

「……護衛はつけるからね」

 興奮をおさめながらも、譲れない一点だけは主張する。

「あたしは大丈夫だから……」
「でも、つけるから。領主家の権限でつけるから」
「こんなとこで権力振りかざしてんじゃないわよ。でも、そうね。工場には警備は入れた方がいいかもね。それで手打ちとしましょう」
「でも……!」
「あのね、あたしそこそこ強いわよ。持ち歩くのは短剣だけど、大きいのも扱えるし。伯爵老サマはさすがに無理だけど、ギルフォード坊やくらいなら片手で勝てるわ」
「ギルフォードは子どもじゃない」
「子どもだけどあの伯爵老の秘蔵っ子よ。あの子、たぶんもうそこそこ強いわよ。伯爵老サマにとって、今回のトゥキルス行きは決して安全なものではなかったでしょう? そこに連れてきてるのよ、たぶん、若い騎士見習いよりは使えるんだと思うわ。あぁとにかく、こんな話じゃなくて」

 そしてマリウムは微笑みとも悲しみともつかぬ微妙な表情で私を見下ろした。

「まさかこんなとこでバレるとも思わなかったし、バレたところでお嬢ちゃんがこんなに食ってかかるとは思わなかったわ」
「食ってかかるって……当たり前じゃない」
「それが当たり前だと思えるのが、お嬢ちゃんってことなんでしょうね。まったく、あの双子たちと息が合うわけだわ」
「マリウム……」

 見上げる先で、髪をわさわさと掻き上げながら、マリウムは深い息をついた。

「ったく。俺ひとりくらいなら大丈夫だって。そこは信じろよ」

 声音は変わらないのに、突然素が出たマリウムの口調に、私は目を瞬かせた。

「だけど俺の技は自分を守るためのもので、あんたのことまでは守れない。だからあんたは伯爵老サマやギルフォード坊ちゃんに守られてな」
「……それは、わかってる」
「あんたに何かあったら悲しむ人間が大勢いるだろ」
「そうだけど、その人たちはマリウムに何かあっても悲しむからね」
「……そうだな。わかったよ。用心はする。俺はまぁまぁお嬢ちゃんのところが気に入ってるんだ。こうして隣国まで付き合ってくれる主人なんて、セレスティア王国広しといえどもお嬢ちゃんくらいだよ。あ、双子も来たがるか」

 言いながら苦笑したマリウムは、そのままつん、と上を向いた。何かをごまかすかのように両手をぱん、と鳴らす。

「ほら、明日は街に出るんでしょ! 睡眠不足はお肌の大敵よ。ただでさえこの国は乾燥が激しいんだから、しっかりケアしなきゃ」

 いつもの言葉遣いに戻ったマリウムはそのまま手をひらひら振って、続き部屋へと消えていった。その背中をいつまでも見つめながら、私は彼のことを、もっとちゃんと理解したいと思った。





 ーーーそんなやりとりをしたのが昨日の夜のこと。

 今の彼は屋台の様々な商品に興味津々だ。

「へぇ、これは匂い袋? なんの香料が使われてるの?」
「東部のサボテンの花だよ。こっちは北部のものだ」
「え、サボテンって一種類じゃないの?」
「あぁ、地域によって微妙に違う種類の花が咲くんだ。あんたたち、余所者かい?」
「あ……えっと、そうね。王都に出てきたのは初めてよ。私たちはセレスティアの国境近くに住んでるから、砂漠とは縁がないの」

 興味のあることに猪突猛進になるマリウムでも、さすがに今回の私たちの設定は思い出せたらしい。下手な言い訳だが、幸い店主は気には止めていないようだった。

「マリウム、あんまり買いすぎないようにね。明日にはあの約束があるでしょう?」

 次々と店主に注文をつける彼の袖をひく。そう、明日にはリカルド様の姉と面会できる手筈だった。もともと彼のお姉さんが作ったサボテンクリームの話を詳しく聞くためにここまでやってきたのだ。

「わかってるわよ。でも、いろいろ勉強したいじゃない? あ、おじさん、こっちも頂戴」
「あいよ! 美人さんにはオマケしとくぜ!」
「いやだ、おじさんったら。おほほほほほ」

 相合を崩す店主と、高笑いするマリウムを交互に見つめて、やっぱりこれがマリウムの素なんじゃないかと、私も引き攣った笑いを浮かべた。




 
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