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本編第二章

隣国で知る意外な事情です3

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 トゥキルスの王都は多くの人でごった返していた。

「アンジェリカ、私たちから離れるでないぞ」
「わかりました、おじい様」

 騎士というよりも旅の者といった格好の伯爵老を見上げ、私は頷く。

 トゥキルスに到着した翌日、私たちは王都を見て回りたいと、リカルド様に許可をもらって外出することにした。セレスティアの平民たちの服装はこちらとは少し違う。庶民でも衣服に刺繍がされた鮮やかな生地を纏うことが一般的だ。セレスティアの騎士服やドレスで出歩けばかなり目立ってしまうことから、伯爵老や護衛の騎士たち、ギルフォードは旅装、私とマリウムはお屋敷の侍女たちの普段着を借りて、フードをかぶっていた。

 市井とはいえ、用心するに越したことはないと、伯爵老は薄布を頭に巻きつけ、顔が見えにくいよう変装している。私がうっかり“伯爵老”と呼んでしまわないよう、彼と私は祖父と孫、という設定だ。ついでに私とギルフォードは兄妹ということになる。

「ギルフォード、アンジェリカの手を放すんじゃないぞ」
「わかりました、おじい様!」

 こちらは本物の孫だから演技の必要はない。まぁ、この単純坊やに演技なんて無理だろうから、ちょうどよかったと言える。伯爵老に似て精悍な顔つきに育つだろうと思われる彼と、ゆるふわ美少女の私とでは兄妹設定には無理がありそうだが、私がフードを被っているからごまかしもきくだろう。ただ、安全のため彼と手をつなぐよう命じられたことだけはちょっと辟易していた。

(まぁいいわ。私がギルフォードのお目付役と思えば)

 今までの彼の言動からして振り回されるんじゃないかと懸念していたが、意外と私の歩調に合わせてくれている。身体に見合うように作ってもらったという小ぶりな剣を腰から下げ、いっぱしの護衛みたいに見えるから不思議だ。

(それに、ちょっと意外だった)

 彼とつないだ手の感触。子どもらしく体温は高いが、その手のごわつきは私とはかなり違っていた。私の手も、普通の貴族の令嬢からは程遠いが、彼の手もまたごつごつしている。これが剣ダコというものだろうかと思いを巡らせる。

(毎日、訓練しているんだろうな)

 彼の目標は祖父のような立派な騎士になることだ。カイルハート殿下の側付きに選ばれ、早くに故郷を離れた兄のミシェルと違い、彼は様々な政治や大人の思惑から、領地で暮らすことになった。ミシェルが命を落とさなかった恩恵とも言える。目標となる祖父に直接の指示を仰ぎながら、素直に、まっすぐ、日々成長していたのだと思うと、なんだか私も嬉しくなった。

 私より一足早く10歳になったギルフォードの背は、小柄な私よりももう高くなっていた。

「ねぇ、ちょっと、あそこの屋台、なんだか面白そうよ!」

 私の感傷を打ち破ったのは、平民の若奥様風に装ったマリウムだ。彼が指差す先には薬品やその材料と思わせるものがずらりと並んでいる。

「ちょっとマリウム、ひとりで先走らないで!」

 私の忠告もむなしく、猪突猛進の彼は屋台へと突き進んでいく。伯爵老に目配せして、その後ろ姿を追いかけながら、この人もいろいろ秘密の多い人だなと思い返す。

 昨夜の晩餐時、マリウムが密かに帯剣していたことを伯爵老に見抜かれた後、部屋に戻った私はすぐさま彼にそのことを問いただした。私事に踏み込むのはどうかという葛藤もあったが、今は私が彼の主人だ。聞く権利があると思った。

 マリウムは意外にもあっさりとその理由を明かした。

「あぁ、これ。ただの護身よ。深い意味はないわ」

 言いながらスカートを恥じらいもなくめくり、太ももを露わにする。そこにはストッキングで包まれた優雅な足と薄い皮のベルトに収まった短剣があった。

「こんな格好してるといろいろあるのよ。自衛のために持ち歩いてるってわけ。誰かを害するつもりでいるわけじゃないわ」
「それは、女性の格好をしているから、その、襲われるってこと?」
「それもあるわ。ほかにも……ほら、あたしって超優秀な技術者じゃない? この頭の中には凡人じゃ思い付かない素晴らしい知識や発想がたくさん詰まってるのよ。それが喉から手が出るほど欲しい連中もいるってわけ」

 想像もしなかった事情に私は口元を覆った。ただの傍若無人でエキセントリックな天才肌の技術者だと思っていた。その裏で、彼が危険な目に合っていたことが衝撃だった。

「……今まで、何回くらい、そんな目に合ったの?」
「そうねぇ、両手じゃ足りないわね」
「そんなに!」

 驚いた私は彼のドレスを掴んだ。

「なんでもっと早く言ってくれなかったの!? 帰ったらちゃんと護衛をつけるから!」
「は? 護衛って、そんな大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃないっ! だって、そんなにたくさん襲われたんでしょ! 危険じゃない!」
「だから自分の身は自分で守れるようにちょっとは訓練したのよ。大丈夫だから。それにお嬢ちゃんや男爵サマたちにだって護衛なんてついてないのに、あたしにつけてどうすんのよ」
「私たちは別に襲われるような存在じゃないからいいのよ! マリウムに何かあったら大変でしょう!?」
「大丈夫よ。あたしはたとえ拷問にかけられたって、ダスティン化粧品の機密を明かしたりはしないわ」
「馬鹿なこと言わないで! そんなものどうだっていいわよ、欲しいやつにくれてやればいいんだわっ。あんなもの、誰にバレたってちっとも困らないから! いい? もし誰かに襲われて、ダスティン化粧水について話せって言われたら速攻で白状しなさいね!? なんなら工場の権利書だって熨斗つけてくれてやったらいいのよ! そうだわ、経営権だって……」
「ちょ、ちょっと、ストップ!! わかった、わかったから落ち着きなさいってば!」

 いつの間にかマリウムに雪崩かかった私が、腰をついた彼に馬乗りになっていた。なおも私は言い募った。

「あのね、確かに私は化粧品の優秀な技術者が欲しかったわ。今の工場も、あなたが開発してくれた化粧品も宝よ。でも、それを生み出したあなたが一番の宝なんだから。ううん、生み出してくれたから大事なんじゃなくて、マリウムだから大事なの! あなたはもうダスティン領の領民でしょ? 領民を守る義務が私にはあるんだから、そんな危ない目にあっちゃダメじゃない!」

 我ながら支離滅裂な言い分だなと思いながらも口を止めることができなかった。化粧品開発の機密が大事だと、彼に思われるのがこんなにも痛い。その痛みと、彼に対して抱いている信頼と、彼の人となりや人生に関して思い至らなかったことに対する後悔と……その他の思いがごちゃ混ぜになった結果だった。

 涙こそ出なかったが、その痛みは私の胸を強く締め付けていた。きっとすごい形相だったのだろう。意に染まぬことにはいつも投げやりなマリウムが呆けていた。




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