240 / 307
本編第二章
隣国の情報を整理します2
しおりを挟む
そうして、わずか1日で集めに集めた情報が知らせてくれたことには。
「なるほど、リカルド様はアナスタシア女王の甥にあたる方のようだね。父君がアナスタシア女王陛下の弟だ」
伯爵老からの急使がもたらしてくれた情報は、ロイが研究所でかき集めてきた情報と一致した。
「ということは、リカルド様も王族、ということですか?」
私の問いに父とロイが同時に頷いた。その後の説明を続けたのは父だ。
「本来、トゥキルスでは直系以外は臣籍に降る習わしらしいんだが、先の戦争での影響もあり、王族がめっきり減ったようなんだ。それはわが国でも同じことなんだが……とにかく、トゥキルスではアナスタシア女王が跡目を継がれるにあたって、仲の良かった弟ぎみ2人をそのまま王族に留め置いたらしい。そのおひとりがリカルド様のお父上だ」
「王族……それにしてはなんというか、自由に過ごされていたような……。確かに付き人が3人ほどついてはいましたけど、警護してるふうでもなくて」
リカルド様と初めて会ったときのことを思い出す。付き人は後ろに付き従っているのみで、マリウムや私と会話する彼を止める素振りもなかった。王族の付き人なら、怪しい人物が近づくのを止めても良さそうなところだ。
「研究所にいるトゥキルス人に聞いたのですが、どうもかの国には独特の風習があるようでして。成人するまでは王族でも平民と同じ扱いになるのだとか」
「あぁ、それ、私も聞いたわ。なんでも結婚するまでは一人前とは認められなくて、苗字を名乗ることも許されないそうよ。リカルド様は独身だから、一般人と同じだって」
ロイの説明を自分で補足しつつ、額に手を当てる。いくら向こうの風習がそうだからといって、私、あの人のことリカルドさんって呼んじゃってたよ。まぁマリウムに至っては呼び捨てだったけどさ。
「お嬢様、リカルド様は帯剣はしておられましたか?」
「え? えぇっと……してたと思う。頭の派手な色の布とお顔にばかり目がいってしまったけれど」
「あちらの王族は相当の手練れだとのことです。とくに、こうして自らの陣地を越えて旅をするような人物は、自分で自分の身を守れるのは当然なのだとか。おそらくお付きの方々も含めて、かなりお強いのだと思います」
だからこそ軽装で旅に出ていたし、少人数での行動もできていた。彼を見たトゥキルス人たちも、郷里の風習に則って彼を一般人扱いし、その身辺にも特段注意を払わなかったのだという。
「トゥキルスって……」
お国が違えば風習も慣しも違うのは当たり前だが、いろいろ腑に落ちない。けれど今回はそんな情報不足が招いた結果でもある。
「リカルド様がそれなりの使い手であることはそうだろうね。トゥキルスはかつて、統一されるまではいくつかの部族が覇権を取り合っていた国だ。一族の長に求められるのは強さであり、それは現王室に対しても同じだそうだ」
時に血筋よりも強さや理をとる。だからこそ結婚にまつわる変わった風習がある、ととれなくもない。強くない者、利益をもたらさない者は一族とは認められない、という。
「ということで、これでアンジェリカがトゥキルスにいくことは決定したようなものだな」
父の言葉が重しのように背中にのし掛かる。確かにトゥキルスには行ってみたかった。あちらにポテト料理店だって広がっているし、トゥキルス語の勉強だって頑張ってきたし、なんならサボテンの成分にだって興味もある。
(でもこんな形なんて望んでなかったのーーー!!)
どれだけ叫んでも後の祭り。
とはいえ、なぜリカルド様がこんな行動をとったのか、その謎は解けないままだ。父もロイも、思いつくことはないみたいだし。
「あの、それでアンジェリカはいつからトゥキルスへ? まさかひとりで行かせるなんてことにならないでしょうね」
それまで黙っていた継母が強い声を発した。その瞳に宿るのは、心から私を労る色だ。
そりゃ9歳の娘ひとりを、今は平和とはいえかつて敵国だった国へ行かせるのだ。王族同伴というのはこの際毒にも薬にもなる。普通なら両親が付きそうところだろう。だがこれから夏を迎える今、領内でやらなければならないことは山積みだ。
どうしたらいいのかーーーそんな目で父を見上げると、金色の瞳が複雑な色を浮かべた。
「そのことなんだが、伯爵老が同行してくださるそうだ。現在のトゥキルスがどこまで復興したのか、その目で見てみたいとの仰せだ」
父の元に伯爵老から届けられた長い手紙。そこに書かれていた、彼からの提案。
「伯爵老がおいでならばアンジェリカの身の安全はある意味確保できるだろう。それに行きはリカルド様の凱旋とご一緒させてもらえればいい。伯爵老によれば、おそらくリカルド様御一行は、少数でも一個隊レベルの実力があるのではとのことだ。かつてトゥキルスの王族と刃を交えた経験がおありの老の言葉なら信頼できるだろう」
もちろん伯爵老だけでなく、その他にもお付きのアッシュバーン家の騎士がつく。帰りも騎士団に守られてのことになるから、これほど安全なことはない。
とはいえ伯爵老レベルの貴族が隣国にそう簡単に出向けるはずもなく、王都の騎士団や宰相様への報告が必要となり、さらにアッシュバーン家での人選など、時間を要するはめになった。リカルド様の帰国の準備もあるだろうからと謁見を申し込み(えぇ謁見ですとも王族ですから)、ことの次第をお伝えして相談すると、帰国は急ぐ話でもないとのことで、2週間後の出立と決まった。
さらに伯爵老からのたっての願いで、ギルフォードも同行することになった。こちらは元より否やをいえる立場ではない。リカルド様も承知してくださったことで、セレスティアからは私、マリウム、伯爵老、ギルフォードと騎士団の精鋭数名がトゥキルスへ向かうこととなった。
そして出発までの2週間、旅の準備に追われるかと思いきや、伯爵老から宿題が出された。
「非公式とはいえ王族からの招待を受けて参るのですからな。最低限の知識は身につけておくべきであろう」
そして冒頭の、伯爵老によるトゥキルス講義とあいなったわけです。はぁ、準備が長いよ。
「なるほど、リカルド様はアナスタシア女王の甥にあたる方のようだね。父君がアナスタシア女王陛下の弟だ」
伯爵老からの急使がもたらしてくれた情報は、ロイが研究所でかき集めてきた情報と一致した。
「ということは、リカルド様も王族、ということですか?」
私の問いに父とロイが同時に頷いた。その後の説明を続けたのは父だ。
「本来、トゥキルスでは直系以外は臣籍に降る習わしらしいんだが、先の戦争での影響もあり、王族がめっきり減ったようなんだ。それはわが国でも同じことなんだが……とにかく、トゥキルスではアナスタシア女王が跡目を継がれるにあたって、仲の良かった弟ぎみ2人をそのまま王族に留め置いたらしい。そのおひとりがリカルド様のお父上だ」
「王族……それにしてはなんというか、自由に過ごされていたような……。確かに付き人が3人ほどついてはいましたけど、警護してるふうでもなくて」
リカルド様と初めて会ったときのことを思い出す。付き人は後ろに付き従っているのみで、マリウムや私と会話する彼を止める素振りもなかった。王族の付き人なら、怪しい人物が近づくのを止めても良さそうなところだ。
「研究所にいるトゥキルス人に聞いたのですが、どうもかの国には独特の風習があるようでして。成人するまでは王族でも平民と同じ扱いになるのだとか」
「あぁ、それ、私も聞いたわ。なんでも結婚するまでは一人前とは認められなくて、苗字を名乗ることも許されないそうよ。リカルド様は独身だから、一般人と同じだって」
ロイの説明を自分で補足しつつ、額に手を当てる。いくら向こうの風習がそうだからといって、私、あの人のことリカルドさんって呼んじゃってたよ。まぁマリウムに至っては呼び捨てだったけどさ。
「お嬢様、リカルド様は帯剣はしておられましたか?」
「え? えぇっと……してたと思う。頭の派手な色の布とお顔にばかり目がいってしまったけれど」
「あちらの王族は相当の手練れだとのことです。とくに、こうして自らの陣地を越えて旅をするような人物は、自分で自分の身を守れるのは当然なのだとか。おそらくお付きの方々も含めて、かなりお強いのだと思います」
だからこそ軽装で旅に出ていたし、少人数での行動もできていた。彼を見たトゥキルス人たちも、郷里の風習に則って彼を一般人扱いし、その身辺にも特段注意を払わなかったのだという。
「トゥキルスって……」
お国が違えば風習も慣しも違うのは当たり前だが、いろいろ腑に落ちない。けれど今回はそんな情報不足が招いた結果でもある。
「リカルド様がそれなりの使い手であることはそうだろうね。トゥキルスはかつて、統一されるまではいくつかの部族が覇権を取り合っていた国だ。一族の長に求められるのは強さであり、それは現王室に対しても同じだそうだ」
時に血筋よりも強さや理をとる。だからこそ結婚にまつわる変わった風習がある、ととれなくもない。強くない者、利益をもたらさない者は一族とは認められない、という。
「ということで、これでアンジェリカがトゥキルスにいくことは決定したようなものだな」
父の言葉が重しのように背中にのし掛かる。確かにトゥキルスには行ってみたかった。あちらにポテト料理店だって広がっているし、トゥキルス語の勉強だって頑張ってきたし、なんならサボテンの成分にだって興味もある。
(でもこんな形なんて望んでなかったのーーー!!)
どれだけ叫んでも後の祭り。
とはいえ、なぜリカルド様がこんな行動をとったのか、その謎は解けないままだ。父もロイも、思いつくことはないみたいだし。
「あの、それでアンジェリカはいつからトゥキルスへ? まさかひとりで行かせるなんてことにならないでしょうね」
それまで黙っていた継母が強い声を発した。その瞳に宿るのは、心から私を労る色だ。
そりゃ9歳の娘ひとりを、今は平和とはいえかつて敵国だった国へ行かせるのだ。王族同伴というのはこの際毒にも薬にもなる。普通なら両親が付きそうところだろう。だがこれから夏を迎える今、領内でやらなければならないことは山積みだ。
どうしたらいいのかーーーそんな目で父を見上げると、金色の瞳が複雑な色を浮かべた。
「そのことなんだが、伯爵老が同行してくださるそうだ。現在のトゥキルスがどこまで復興したのか、その目で見てみたいとの仰せだ」
父の元に伯爵老から届けられた長い手紙。そこに書かれていた、彼からの提案。
「伯爵老がおいでならばアンジェリカの身の安全はある意味確保できるだろう。それに行きはリカルド様の凱旋とご一緒させてもらえればいい。伯爵老によれば、おそらくリカルド様御一行は、少数でも一個隊レベルの実力があるのではとのことだ。かつてトゥキルスの王族と刃を交えた経験がおありの老の言葉なら信頼できるだろう」
もちろん伯爵老だけでなく、その他にもお付きのアッシュバーン家の騎士がつく。帰りも騎士団に守られてのことになるから、これほど安全なことはない。
とはいえ伯爵老レベルの貴族が隣国にそう簡単に出向けるはずもなく、王都の騎士団や宰相様への報告が必要となり、さらにアッシュバーン家での人選など、時間を要するはめになった。リカルド様の帰国の準備もあるだろうからと謁見を申し込み(えぇ謁見ですとも王族ですから)、ことの次第をお伝えして相談すると、帰国は急ぐ話でもないとのことで、2週間後の出立と決まった。
さらに伯爵老からのたっての願いで、ギルフォードも同行することになった。こちらは元より否やをいえる立場ではない。リカルド様も承知してくださったことで、セレスティアからは私、マリウム、伯爵老、ギルフォードと騎士団の精鋭数名がトゥキルスへ向かうこととなった。
そして出発までの2週間、旅の準備に追われるかと思いきや、伯爵老から宿題が出された。
「非公式とはいえ王族からの招待を受けて参るのですからな。最低限の知識は身につけておくべきであろう」
そして冒頭の、伯爵老によるトゥキルス講義とあいなったわけです。はぁ、準備が長いよ。
64
お気に入りに追加
2,298
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい
風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」
顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。
裏表のあるの妹のお世話はもううんざり!
側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ!
そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて――
それって側妃がやることじゃないでしょう!?
※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。
悪役令嬢が死んだ後
ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。
被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢
男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。
公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。
殺害理由はなんなのか?
視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は?
*一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。
その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。
そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。
なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。
私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。
しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。
それなのに、私の扱いだけはまったく違う。
どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。
当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる