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本編第二章

発表会のお時間です

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 結局エヴァンジェリンとは会えぬまま、精霊祭の発表会当日を迎えた。私は継母とシンシア様とパトリシア様、それにギルフォードと一緒に会場の席についた。

 あたりを見渡せば、エヴァンジェリンの姿はすぐに目についた。美しい銀髪がとても目立っていたからだ。

 彼女は実行委員の席に座しつつ、周囲を見渡していた。彼女の周囲には例の信号機令嬢たちや付き人、護衛と思われる大人たちもいる。その物々しさは、ほんの数年前、気軽に街歩きできていたときと明らかに雰囲気が違っていた。それが今の彼女の立ち位置を思わせる。

 発表会はつつがなく進んだ。今年はオープニングに孤児院の子どもたちによる合唱が披露された。ピアノを担当したのはシリウスだ。今年の王都滞在はあまりにバタバタしていたせいで、彼とはまだ会えていない。彼のピアノは以前にも増して洗練されていて、会えぬ間の成長を思わせた。

(順調に育っているみたいね)

 そう安堵しながら彼の伴奏を聞きつつ、ほんの少し残念だと思う自分もいる。濃紺の髪と瞳、舞台の照明を浴びて輝く彼が、以前より遠くなった気がした。

 いつまでも以前と同じというわけにはいかない。この発表会も、今年から参加希望者が一段と増えたことで、オーディション制を導入したそうだ。孤児院の子どもたちへの支援、という立ち位置から平民の子どもたちへと枠を広げた結果、今年は孤児院からの参加者はゼロ。代わりにその他の平民の子どもたちが多数参加している。もちろん貴族の子弟もだ。そのバランスをとるためにおそらくこの合唱プログラムを入れたのだろう。

 シリウスやアニエスのような才能は稀有だから、孤児院の子どもたちの中にこの舞台に立てる者がいつもいるというわけにはいかない。それに、平民のあまり裕福でない子どもたちが、ここでパトロンを得ることで、もしかしたら芸術院への扉が開ける可能性もあるわけだから、このバランスのとり方は絶妙だと言える。それを采配したのがエヴァンジェリンなら、彼女の心根はまだ、正しいバランスを保っているのではとも思う。



 発表会が終わり、席を立った。どうやら貴族用の入り口付近で実行委員会のメンバーが観客の見送りをしているらしい。

 私は継母の背中に続きながら入り口まで進んだ。

 そして、見事な銀髪と菫色の瞳で優雅に観客を見送る少女を視界に捉えた。

 私たちの前でパトリシア様が彼女に声をかけている。そこにシンシア様も加わって、二言、三言会話がなされる。パトリシア様のすぐ後ろでギルフォードがやや退屈そうに視線を彷徨わせている。そんな彼にも、エヴァンジェリンはにこやかに声をかけていた。

 続く継母は彼女に向かい、膝を軽く折り頭を下げた。継母の身分からしたらエヴァンジェリンに声をかけることはできない。そこがシンシア様たちとの明確な違い。エヴァンジェリンもまた笑みを浮かべて返すのみ。

 そして彼女の視線が私に向いた。菫色の瞳がはっと色を濃くする。一瞬だけ、その眉根が下がったように見えた。何かを言いたげなその瞳は、けれど次の瞬間、ふと伏せられた。

 私が彼女の顔を凝視するのは失礼に当たるから、私もまた継母にならい同じ礼をとった。彼女の両隣を固める信号機令嬢たちの敵意を孕んだ視線も、彼女の背後に控える付き人女性の冷たい眼差しも無言で受け流す。

 そのまま流れに乗って彼女から離れることになった私は外へと出た。大教会の入り口付近は貴族の馬車でごったがえしている。

 縋るように入り口を振り返るも、エヴァンジェリンの姿は人混みに紛れてもう見ることは叶わなかった。

(彼女は何か伝えようとしたのだろうかーーー)

 一瞬目があったときの、エヴァンジェリンの表情を思い出す。まなじりと眉根がわずかにさがり、揺らいだその顔は、けれど瞬く間に伏せられた。それは彼女を監視するかのような周囲の圧力だった、と取れなくもない。

「どうもハイネル公爵夫人は、エヴァンジェリン嬢を出し惜しみされるようになったみたいね」

 彼女と連絡がとれなくなったことを、私がパトリシア様に何気なく伝えたところ、そう教えてくれた。パトリシア様の話では、今年のシーズンは、王宮主催や自らの派閥のお茶会などにしかエヴァンジェリン嬢は出席しなかったらしい。そもそもが貴族の中では最高位の家柄、しかも社交デビュー前の子どもとあっては、あまり表に出てくるものではない。加えて例の噂もある。

「身分的にも人格的にも、カイルハート王子殿下の婚約者候補筆頭と言われてらっしゃるから、あまり変な虫をつけたくないのかもしれないわね」

 数少ないエヴァンジェリンが出歩く先には、必ず付き人や取り巻き令嬢たちが付き従い、周囲を警戒しているらしい。彼女に近づく者たちを瞬時に選別しているせいで、彼女より身分が低い者たちは声をかけることすら叶わないそうだ。

「公爵夫人は派閥意識の強い方だから、たとえばうちが子ども同伴のお茶会を主催したところで、出てくることはないでしょうね」

 パトリシア様は辺境伯夫人という高位にありながらも、下位貴族たちにも分け隔てなく接される方だ。そういった意味では社交界での人気も高いが、如何せん公爵家には劣る。

「エヴァンジェリン嬢に会いたいのなら、ハイネル公爵に相談してみたらどう? アンジェリカちゃんのところの執事は、彼と親しいのではなかった?」
「そうなんですが、ハイネル公爵はご自身の研究がお忙しいみたいで、学会が終わるやいなや自領に蜻蛉返りしてしまったそうなんです」

 本来なら当主はこの社交シーズン、王都に滞在しながら領主としての仕事をするものだ。たとえば自領の交易品に関する交渉、精霊石の出荷等のやりとり、さまざまな契約ごと。冬のシーズン中に進めなければならない話は山のようにある。だがかの地は人材の宝庫であり、優秀な秘書たちが当主代行をつつがなく勤めていた。加えて公爵の弟は王国の文官を束ねる文部大臣でもある。彼らが十分に当主不在を埋めており、内政も外交も問題なく回っているそうだ。

 たとえばロイを通してエヴァンジェリン宛の手紙を託すくらいのことはできたにしても、研究第一の公爵ではかなりの時間を要してしまいそうだし、下手したら忘れられる。失礼な言い方になるが、何せ研究以外のことがいろいろ破綻しているお方だ。彼がもう少し家庭や娘に気を配ってくれれば悪い方には進まないだろうに、とも思う。

 そんなわけで悪役令嬢には会えないまま、今年のシーズンは終えることになりそうだ。願わくば彼女が真っ直ぐな心根をなくさず育ってほしい。

(何せ彼女には、カイルハート殿下を支えてもらわなくてはいけないもの)

 乙女ゲームの世界で、私と結ばれる可能性がある攻略対象たち。ゲーム内ではいろいろあったにせよ、現実の私はダスティン領を離れるわけにはいかず、誰かをお婿さんとして迎えなくてはいけない。もし彼らのうち精霊に選ばれず、次期当主とならない者がいたとしても、高位貴族の彼らが男爵家に婿に来てくれるとは思えない。まして王子殿下なんて、一番ありえない存在だ。

 どうかするとアラサーの中身が、9歳のアンジェリカの気持ちに引きずられそうになることもあるけれど、あらゆるものを抱えた今の私は、どうしたってブレるわけにはいかなかった。






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