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本編第二章

学校を作りましょう2

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 耳を傾けてくれるエリン様に、私はまず温泉事業の話をすることにした。

「実はうちの領に温泉が沸いたのですが、せっかくなのでそれを有効活用するべく、新たな事業を興すことにしたんです」
「へぇ、それは温泉を利用した新事業ってこと?」
「はい。温泉を整備し、ホテルやレストランを新たに作って、観光客を呼び込む作戦を考えています」
「それはおもしろそうね」
「温泉はこの国ではまだ珍しいといいますか、温泉があったとしても、それを元に観光業を興すという発想が今までありませんでした。ダスティン領ではそこに目をつけ、新たな産業にしようと思っています。ところでエリン様は温泉について何かご存知でしょうか?」
「そうねぇ、地面からお湯が沸いているという印象しかないわ」
「ではその泉質が、人間の病気や怪我を治したりする可能性があることはご存知ですか?」
「えぇ? 温泉にそんな効果があるの?」
「はい。といってもまだ研究段階ですが、その可能性があると思っています。もともとうちには温泉があったのですが、領民の間ではそのお湯につかると怪我の治りが早くなったり、肩こりや腰痛がよくなると言われていました。どうやらうちの温泉にはそうした効能があるようなのです。それを利用して、長逗留をしながら温泉につかり身体を癒すというプランを展開しようと考えています。ターゲットはやや高齢の貴族や富裕層です」

 うちの温泉は火山の影響からか酸性度がやや強めのようで、そうした温泉は皮膚疾患やリウマチなどの神経疾患、肩こり腰痛といった筋肉の疾患に効果的とされている。つまり中高年以上の人たちに需要がありそうなのだ。

 温泉のある地域を湯治場と呼び、長逗留しながら身体を癒すという慣わしは日本には馴染みのある光景だ。それをこの世界でも展開しようと考えた。この世界の平均寿命は前世よりも短く、それに伴い引退の年齢も早い。貴族の当主筋などは子どもが王立学院を卒業したら当主を譲渡し、引退をするのが普通でもある。彼らはその後どうなるかというと、お金がある貴族たちは悠々自適の生活に突入だ。自領でのんびり暮らす者もあれば、王都に居を移して華やかに暮らす者もある。当主筋でない者たちも、たとえば文官や騎士などは役職付きを除けば45歳くらいが定年なので、やはり同じくらいで引退となる者が多い。

 そうした引退貴族たちをごっそり誘致して長く逗留してもらえれば、うちの領にお金が落ちることになる。健康問題は誰にとっても関心事だから興味は引くはずだ。

「ほかにも、若い層を引き込む案もあります。実は現在、うちで温泉を元にした新発想の化粧水の開発に取り組んでいるのですが、その化粧水と温泉を軸にした美容関連の施設も作ろうと思っています。こちらは温泉につかりながら、マッサージなどでお肌を整えるサロンです。夏季休暇の時期にうちの領に滞在してもらい、疲れたお肌を蘇らせます」

 こちらはマリウムに頼んだ化粧水の売り上げ次第だが、あながち外した案でもないと思っている。まずは化粧水を売りつつ知名度をあげ、その効果をより強く堪能できる施術をダスティン領で展開する。これは前世でいうところのエステサロンか高級スパのイメージだ。

 余談だが、この世界にも夏休みらしきものがある。王立学院が休みになる7月から9月にかけてが一種の観光シーズンだ。その時期を狙った観光業を展開している領地もいくつか存在する。多くの領主は精霊との契約から自領を離れられない運命にあるが、例外が冬の社交シーズンとこの夏季休暇シーズンだ。冬場は精霊が冬眠するため、夏場は精霊が領地から王都に里帰りするためだと言われている。つまり盆休み的なやつだな、とこの話を聞いたとき思ったことは内緒だ。

 冬の社交シーズンは3ヶ月と決まっているが、夏季休暇で余所に出かけるのは1、2週間程度であることが多い。騎士や文官たちが3ヶ月もごそっと休んでしまったら王都の機能が停止してしまうからなわけだが、この夏季休暇もお客さんを誘致する絶好の機会だった。

「この二本立てで温泉事業を展開していくつもりです。ほかにも長期滞在客につつがなく過ごしていただけるよう、温泉水を利用したダスティン印のポテトレストランを作ること、化粧品に続く新たなラインナップを検討していくこと、さらに滞在客が楽しめる娯楽施設も……」
「待って、ちょっと待って頂戴!」

 私の説明にストップをかけたのは、ほかならぬエリン様だった。

「待って、その案っていったいどこから出てきたの? バーナード様が考えたのかしら、それとも最近研究者として名を上げているおたくの執事? 美容関連なんて、カトレアだってそこまで詳しくなかったわよね? どうして彼女がーーーアンジェリカがそれを説明しているの?」

 エリン様は目を白黒させながら両親を交互に見た。その戸惑いに対し動いたのは継母だった。

「エリン、うちの娘はすごいでしょう? この調子で伯爵老様も騎士団団長様も宰相様も、王妃陛下まで巻き込んでしまったのよ」

 継母がつい、と手を伸ばして私の頭を撫でた。

「嘘でしょう? ダスティン男爵家のここ数年の破竹の勢いは、ポテト料理に端を発しているわよね。それが令嬢のおままごとから生まれたのは有名な話だわ。でもそれだけではないの? まさか、ポテト料理の拡散や新事業も、全部……?」

 両親に向けられていた目が、今度は私に注がれる。継母の向こう側から父が苦笑しながら付け足した。

「エリン様、私は男爵家を継いでもう25年になります。もし私自身に商才や先見の明があれば、もっと早くに我が家は財政を立て直していたでしょうね」

 ダスティン領は王国のほとんどの人に名前を知られないほどの弱小領だった。エリン様は縁戚であったし、隣の領だから当然知ってはくれていたが、うちが本当に“なんにもない”領であったことも知っていたはずだ。縁戚だからという理由で特産の水の精霊石を融通してくれたりもしていた。配給だけでは足りない石は、適正価格で売買が許されるが、その適正価格ですら、うちにとっては手が届かないレベルだったから。

 そんな貧乏領がここ数年力をつけてきたことを、多くの人が知っているし、それは表向き父の裁量であることになっている。9歳の私がしゃしゃりでるのはどうしたっておかしいからだ。

でも両親は、今のように、私が出るべき場面では私を表に立たせてくれた。それは私の実力だからと、自分たちは敢えて裏方にまわりサポートに徹してくれたのだ。今だってエリン様との面会の段取りをつけてくれた後は、私に任せてくれている。

 9歳の子どもの話を本気で聞いてくれるかどうかは相手次第だ。もしエリン様が私のことを信じられないというなら、あとは両親に託そう、そう考えて、私は彼女の言葉を待った。




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