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本編第二章
スカウトは続きます2
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「ルルは食堂の仕事が好きだって聞いたのだけど、本当?」
「はい、もちろんです!」
「どんなところが好きなの?」
「えっと、いろいろあります。くるくる働いてどんどん捌いていくのが楽しいな、って思えるし、あとはお客さんがご飯を食べて笑顔になってくれるのを見るのも好きです。おいしいものは人を幸せにんするんだなって、ここで働いて始めて知りました」
青い瞳をきらきらさせてそう言ってくれるルルに釣られて、私も笑顔になった。
「そう。だったら、この孤児院を卒業した後も食堂で働くのはどうかしら」
「え? あの、そうできたら嬉しいですけど、でも、ポテト食堂は孤児院にいる間しか働けないんですよね」
「そうね、王都のポテト食堂は孤児院の経営だから働けないわ。でも、ほかのお店でなら、あなたも働くことができるのよ」
「ほかのお店ですか? あの、どこのお店?」
「私の領地、ダスティン領よ」
「えっ!? アンジェリカ様の領地ですか?」
ルルは驚きの声をあげた。
「そう。実はうちの領地に最近、温泉が湧いたのだけど、それを利用して新しいレストランを開こうと考えてるの。そのお店の給仕として、ルルに来てもらえないかしらって思ってるの。王都の食堂と違って、貴族を相手にした高級レストランにする予定なのだけど、でもルルも気に入ってくれるんじゃないかと思って」
精霊からのプレゼントとして突如湧いた新しい温泉。その中に、温度が高すぎて人が利用しにくい温泉があった。その温泉を利用して、新たなポテト料理を展開しようと思いついた。
この世界のじゃがいもはアク抜きのため、灰と一緒に丸一日かけて茹でる必要がある。そのお湯に温泉を利用するのだ。普通の井戸水などと違って、温泉に含まれる様々な成分が野菜に取り込まれ、なんとも言えぬ味わい深いじゃがいもに仕上がるのは既に実験済みだった。また地熱を利用した野菜の蒸し料理も展開したいと考えている。
この調理法は前世の知識から引っ張り出してきた、いわゆる地獄蒸しというやつである。温泉地ではごく一般的な調理方法でもある。ちなみに茹で卵を茹でたら、かの有名な温泉卵になる。
温泉を軸にした観光業の振興。まずは温泉の整備が必要だが、それと同じくらい大事なのが食の整備だ。ほかにも宿や娯楽、特産など、整えていかなければならないものがたくさんある。ポテト料理は今や王国全土に普及しているが、地獄蒸しのポテト料理が食べられるのはダスティン領だけ。その謳い文句で、観光客を誘致する作戦だ。
「ルルは今年で11歳になるのよね。まだ孤児院の卒業までは2年ほどあるわ。うちの領にきてもらうのはそれ以降の話よ。私の計画も今すぐ始められるわけではないから。だからそれまでゆっくり時間をかけて考えてくれたので構わないわ。クレメント院長もシンシア様も、いいアイデアだと賛成はしてくれたけれど、私は強制するつもりはないの。あなたが本気でやりたいと思ったら、ぜひきてちょうだい」
私の説明に、クレメント院長が付け足した。
「孤児院の子どもたちの多くは王都で働きますが、王都は空気もあまりよくないですから、あなたの身体に負担がかかるんじゃないかってずっと思っていたのよ。その点アンジェリカ様のご実家のダスティン領は、自然も豊かで過ごしやすいところだと聞いています。仕事もあなたの好きな接客ですし、悪い話ではないと思うわ。アンジェリカ様もすぐに結論を出さなくてよいと言ってくださっていますから、じっくり考えて……」
「あのっ! 私、行きます!」
クレメント院長の言葉を遮るように、突然ルルが叫んだ。
「私、新しいレストランで働いてみたいです! 本当は今の仕事が続けられたらって思ってたけど、でも、私は喘息があるから無理だろうって諦めようとしてたんです。でもそれが叶うなら、私はアンジェリカ様の元で働きたいです!」
嬉々として手を上げるルルに、私も嬉しくなって声をあげた。
「ルル、そう言ってくれてありがとう。もちろん、気が変わったらそれでもかまわないから、いつでも言ってね」
「いいえ! 私、絶対に行きます! アンジェリカ様も、後になって“やっぱりいらない”って言わないでくださいね」
「まぁ。そんなこと言わないわ」
詰め寄るルルを笑顔で収めつつ、私はひとつ付け加えた。
「そうだわ、言い忘れるところだった。レストランの経営は、私が行うんじゃなくて、人に任せようと思っているの。だからルルがお店に来てくれるなら、私でなくその人が実質の上司になるわ」
「え、そうんなんですか?」
あからさまにがっかりするルルに、私は心配ないと伝えた。
「その人はリンダといって、かつてうちで働いていたことがある人なの。ダスティン領の隣のウォーレス領でポテト食堂を2店舗経営している辣腕よ。いい人だからあなたも居心地良く働けると思うわ」
地獄蒸しを売りにしたレストランの経営は、リンダに任せることにしていた。既に了承は得ており、社交シーズンが終わった帰りに彼女のお店に寄って打ち合わせをする予定だ。かつては厨房に立っていた彼女だが、2店舗目を開くにあたり、経営に専念することになった。ロイをして「見込みがあります」と言わせしめた才女である。大事なレストラン経営を任せるにうってつけだと思う。
この案を思いついたとき、父もロイも賢明だと賛成してくれた。何せ温泉事業は大きい。人に任せられるところはどんどん任せた方がよいという意見で一致していた。
リンダがダスティン領で仕事をするようになれば、母親であるうちのメイド長、クレバー夫人も嬉しいことだろう。
資金調達のための温泉を利用した化粧水作りにマリウスを、食を整備するためにリンダとルルをそれぞれスカウトした。他にも希望する孤児院の子どもがいたら受け付けることを伝えてある。もちろんまだまだすべてが足りないからこれから整えていくわけだけど、ひとまず事業をちょっとでも前に進めることができ、私は満足した。
「はい、もちろんです!」
「どんなところが好きなの?」
「えっと、いろいろあります。くるくる働いてどんどん捌いていくのが楽しいな、って思えるし、あとはお客さんがご飯を食べて笑顔になってくれるのを見るのも好きです。おいしいものは人を幸せにんするんだなって、ここで働いて始めて知りました」
青い瞳をきらきらさせてそう言ってくれるルルに釣られて、私も笑顔になった。
「そう。だったら、この孤児院を卒業した後も食堂で働くのはどうかしら」
「え? あの、そうできたら嬉しいですけど、でも、ポテト食堂は孤児院にいる間しか働けないんですよね」
「そうね、王都のポテト食堂は孤児院の経営だから働けないわ。でも、ほかのお店でなら、あなたも働くことができるのよ」
「ほかのお店ですか? あの、どこのお店?」
「私の領地、ダスティン領よ」
「えっ!? アンジェリカ様の領地ですか?」
ルルは驚きの声をあげた。
「そう。実はうちの領地に最近、温泉が湧いたのだけど、それを利用して新しいレストランを開こうと考えてるの。そのお店の給仕として、ルルに来てもらえないかしらって思ってるの。王都の食堂と違って、貴族を相手にした高級レストランにする予定なのだけど、でもルルも気に入ってくれるんじゃないかと思って」
精霊からのプレゼントとして突如湧いた新しい温泉。その中に、温度が高すぎて人が利用しにくい温泉があった。その温泉を利用して、新たなポテト料理を展開しようと思いついた。
この世界のじゃがいもはアク抜きのため、灰と一緒に丸一日かけて茹でる必要がある。そのお湯に温泉を利用するのだ。普通の井戸水などと違って、温泉に含まれる様々な成分が野菜に取り込まれ、なんとも言えぬ味わい深いじゃがいもに仕上がるのは既に実験済みだった。また地熱を利用した野菜の蒸し料理も展開したいと考えている。
この調理法は前世の知識から引っ張り出してきた、いわゆる地獄蒸しというやつである。温泉地ではごく一般的な調理方法でもある。ちなみに茹で卵を茹でたら、かの有名な温泉卵になる。
温泉を軸にした観光業の振興。まずは温泉の整備が必要だが、それと同じくらい大事なのが食の整備だ。ほかにも宿や娯楽、特産など、整えていかなければならないものがたくさんある。ポテト料理は今や王国全土に普及しているが、地獄蒸しのポテト料理が食べられるのはダスティン領だけ。その謳い文句で、観光客を誘致する作戦だ。
「ルルは今年で11歳になるのよね。まだ孤児院の卒業までは2年ほどあるわ。うちの領にきてもらうのはそれ以降の話よ。私の計画も今すぐ始められるわけではないから。だからそれまでゆっくり時間をかけて考えてくれたので構わないわ。クレメント院長もシンシア様も、いいアイデアだと賛成はしてくれたけれど、私は強制するつもりはないの。あなたが本気でやりたいと思ったら、ぜひきてちょうだい」
私の説明に、クレメント院長が付け足した。
「孤児院の子どもたちの多くは王都で働きますが、王都は空気もあまりよくないですから、あなたの身体に負担がかかるんじゃないかってずっと思っていたのよ。その点アンジェリカ様のご実家のダスティン領は、自然も豊かで過ごしやすいところだと聞いています。仕事もあなたの好きな接客ですし、悪い話ではないと思うわ。アンジェリカ様もすぐに結論を出さなくてよいと言ってくださっていますから、じっくり考えて……」
「あのっ! 私、行きます!」
クレメント院長の言葉を遮るように、突然ルルが叫んだ。
「私、新しいレストランで働いてみたいです! 本当は今の仕事が続けられたらって思ってたけど、でも、私は喘息があるから無理だろうって諦めようとしてたんです。でもそれが叶うなら、私はアンジェリカ様の元で働きたいです!」
嬉々として手を上げるルルに、私も嬉しくなって声をあげた。
「ルル、そう言ってくれてありがとう。もちろん、気が変わったらそれでもかまわないから、いつでも言ってね」
「いいえ! 私、絶対に行きます! アンジェリカ様も、後になって“やっぱりいらない”って言わないでくださいね」
「まぁ。そんなこと言わないわ」
詰め寄るルルを笑顔で収めつつ、私はひとつ付け加えた。
「そうだわ、言い忘れるところだった。レストランの経営は、私が行うんじゃなくて、人に任せようと思っているの。だからルルがお店に来てくれるなら、私でなくその人が実質の上司になるわ」
「え、そうんなんですか?」
あからさまにがっかりするルルに、私は心配ないと伝えた。
「その人はリンダといって、かつてうちで働いていたことがある人なの。ダスティン領の隣のウォーレス領でポテト食堂を2店舗経営している辣腕よ。いい人だからあなたも居心地良く働けると思うわ」
地獄蒸しを売りにしたレストランの経営は、リンダに任せることにしていた。既に了承は得ており、社交シーズンが終わった帰りに彼女のお店に寄って打ち合わせをする予定だ。かつては厨房に立っていた彼女だが、2店舗目を開くにあたり、経営に専念することになった。ロイをして「見込みがあります」と言わせしめた才女である。大事なレストラン経営を任せるにうってつけだと思う。
この案を思いついたとき、父もロイも賢明だと賛成してくれた。何せ温泉事業は大きい。人に任せられるところはどんどん任せた方がよいという意見で一致していた。
リンダがダスティン領で仕事をするようになれば、母親であるうちのメイド長、クレバー夫人も嬉しいことだろう。
資金調達のための温泉を利用した化粧水作りにマリウスを、食を整備するためにリンダとルルをそれぞれスカウトした。他にも希望する孤児院の子どもがいたら受け付けることを伝えてある。もちろんまだまだすべてが足りないからこれから整えていくわけだけど、ひとまず事業をちょっとでも前に進めることができ、私は満足した。
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