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本編第二章
意外な新商品の予感です1
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*前回ちらっと出たマリウムの元勤め先に名前をつけました。
*作者は化粧品に関しては素人ですので、いろいろ間違っていてもそこはファンタジーということでひとつ、お願いします。
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マリウムと面会した1週間後。本人から「今すぐ双子の店に来てちょうだい!」と先触れが届いた。今日はキャロルのハムレット・マニアの開店日。いいのかなと思いつつ店を覗くと「アンジェリカ様! お待ちしていましたわ」とキャロルがにこやかに迎えてくれた。
「マリウムはもう到着していますわ。ライトも店を抜けてくると言っていましたから、そろそろだと思います」
「わかったわ。ありがとう。忙しい中、ごめんなさいね」
「アンジェリカ様が気にされることではありませんわ。マリウムがいつもの研究馬鹿を発揮したのでしょう?」
研究馬鹿……言い得て妙だ。一度研究に熱中すると昼も夜もないような生活。こっちはハイネル公爵でだいぶ免疫があるけれど。
とすれば、マリウムもまた、あの温泉水のサンプルから何かを思いついてくれた、ということだろうか。だとすればわくわくが止まらない。
「ちょうどライトも到着したみたいですわね。ショーン、ちょっと店を頼みますね」
「かしこまりました。キャロル様。アンジェリカ様もどうぞごゆっくり」
恭しく返事をして頭を垂れたのは、このハムレット・マニアの副店長、ショーンさんだ。今日もびしっとスーツが決まった素敵なロマンスグレーぶりだ。
キャロルに促され裏の事務所に入ると、そこにはマリウムが優雅に鎮座していた。今日の衣装は濃紺の街行きのドレス。薄いオーガンジーが巻きスカートのように美しいラインを描いている。その隣にはふわりとした赤毛を丁寧に撫で付けたライトネルの姿。それだけでいつもより少し大人っぽく見えてどきりとした。
「こんにちは。ライト、マリウムさん。ライトったら、少し髪型が変わったのね」
「え? あぁ、これか。年明けには学院に入学するからな。制服に合うように少しは整えろって父がね」
少し照れ臭そうに髪を引っ張るライトを見て、そうだったと思い出す。彼らは来年揃って13歳。平民から見事難関試験を突破し、貴族が多く通う王立学院に入学するのだ。
「とはいえ俺もキャロルも、週末には帰省すると思うから、何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「そうですわ。ただでさえアンジェリカ様には大きな貸しがあるんですから」
妹のキャロルも相槌を打ちつつ、ジト目でマリウムを睨みつけた。
「そうでした。マリウムさん。お誘いありがとうございます。化粧水のサンプルのことで何か進展があったのですか?」
私はさっそく今日の本題に触れた。ライトもキャロルもこの人も、回りくどい挨拶などは本来は好きではないタイプだ。時は金なりを地でいく双子に、研究に没頭中の技術者。
「そうね。まずはあたしなりに温泉水の研究をしてみた結果を単刀直入に。簡単に言えば、あなたが望んだ“うるうるもちもちになるような化粧水”は、あなたのところの温泉水からは作れないわね」
「え……」
「そもそもこの温泉水、保湿に向いている成分があまり含まれてないのよ」
「そんな……本当ですか?」
「えぇ。ミネラルとかメタケイ酸とか、それっぽいものもないわけじゃないけれど、特筆すべき分量でもないわね。これじゃあとても保湿化粧水は作れないわ。どうしてもというなら別に保湿成分を補ってあげなきゃいけなくなる。たとえば、蜂蜜とか薔薇のエキスとかね」
「そうなんですか……」
想像していたのと違う結果に、私は落胆せざるをえなかった。温泉=美肌、と思い込んでいただけに、技術者さえ見つけられたら簡単に事業化できると考えていた。
「うーん、蜂蜜成分や薔薇のエキスの化粧水はほかにもあるからなぁ」
「えぇ、高級化粧品シリーズを扱うホワイトリリーのメイン商品が、まさにそれですわ」
ホワイトリリーというのは貴族御用達の化粧品高級ブランドだ。“白百合のような気高いあなたへ”のキャッチコピーで王国中を席巻しており、かつマリウムが以前勤めていた会社でもある。ホワイトリリーの商品はハムレット商会とはライバルの商会が扱っているそうで、双子たちにとっては馴染みが薄いものだが、そこは貴族相手の商売。最低限の知識は抑えているようだ。
はっきり言って二番煎じというのはあまり頂けない。ましてや相手は王国でも1、2を争う化粧品ブランド。そんな大会社の後追いなぞしようものなら、喧嘩をふっかけるようなものである。
「どうしよう……」
正直この化粧品事業に賭けているところがあった。温泉水を元にした化粧水を販売して当座の資金を作り、それを元に領内の温泉を整備するというものだ。ほかにもいろいろ事業を興して、ゆくゆくは一大観光地になるように。夢物語のようなストーリーだが、やれる自信はあった。
肩を落とす私。沈黙が部屋を漂った。
*作者は化粧品に関しては素人ですので、いろいろ間違っていてもそこはファンタジーということでひとつ、お願いします。
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マリウムと面会した1週間後。本人から「今すぐ双子の店に来てちょうだい!」と先触れが届いた。今日はキャロルのハムレット・マニアの開店日。いいのかなと思いつつ店を覗くと「アンジェリカ様! お待ちしていましたわ」とキャロルがにこやかに迎えてくれた。
「マリウムはもう到着していますわ。ライトも店を抜けてくると言っていましたから、そろそろだと思います」
「わかったわ。ありがとう。忙しい中、ごめんなさいね」
「アンジェリカ様が気にされることではありませんわ。マリウムがいつもの研究馬鹿を発揮したのでしょう?」
研究馬鹿……言い得て妙だ。一度研究に熱中すると昼も夜もないような生活。こっちはハイネル公爵でだいぶ免疫があるけれど。
とすれば、マリウムもまた、あの温泉水のサンプルから何かを思いついてくれた、ということだろうか。だとすればわくわくが止まらない。
「ちょうどライトも到着したみたいですわね。ショーン、ちょっと店を頼みますね」
「かしこまりました。キャロル様。アンジェリカ様もどうぞごゆっくり」
恭しく返事をして頭を垂れたのは、このハムレット・マニアの副店長、ショーンさんだ。今日もびしっとスーツが決まった素敵なロマンスグレーぶりだ。
キャロルに促され裏の事務所に入ると、そこにはマリウムが優雅に鎮座していた。今日の衣装は濃紺の街行きのドレス。薄いオーガンジーが巻きスカートのように美しいラインを描いている。その隣にはふわりとした赤毛を丁寧に撫で付けたライトネルの姿。それだけでいつもより少し大人っぽく見えてどきりとした。
「こんにちは。ライト、マリウムさん。ライトったら、少し髪型が変わったのね」
「え? あぁ、これか。年明けには学院に入学するからな。制服に合うように少しは整えろって父がね」
少し照れ臭そうに髪を引っ張るライトを見て、そうだったと思い出す。彼らは来年揃って13歳。平民から見事難関試験を突破し、貴族が多く通う王立学院に入学するのだ。
「とはいえ俺もキャロルも、週末には帰省すると思うから、何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「そうですわ。ただでさえアンジェリカ様には大きな貸しがあるんですから」
妹のキャロルも相槌を打ちつつ、ジト目でマリウムを睨みつけた。
「そうでした。マリウムさん。お誘いありがとうございます。化粧水のサンプルのことで何か進展があったのですか?」
私はさっそく今日の本題に触れた。ライトもキャロルもこの人も、回りくどい挨拶などは本来は好きではないタイプだ。時は金なりを地でいく双子に、研究に没頭中の技術者。
「そうね。まずはあたしなりに温泉水の研究をしてみた結果を単刀直入に。簡単に言えば、あなたが望んだ“うるうるもちもちになるような化粧水”は、あなたのところの温泉水からは作れないわね」
「え……」
「そもそもこの温泉水、保湿に向いている成分があまり含まれてないのよ」
「そんな……本当ですか?」
「えぇ。ミネラルとかメタケイ酸とか、それっぽいものもないわけじゃないけれど、特筆すべき分量でもないわね。これじゃあとても保湿化粧水は作れないわ。どうしてもというなら別に保湿成分を補ってあげなきゃいけなくなる。たとえば、蜂蜜とか薔薇のエキスとかね」
「そうなんですか……」
想像していたのと違う結果に、私は落胆せざるをえなかった。温泉=美肌、と思い込んでいただけに、技術者さえ見つけられたら簡単に事業化できると考えていた。
「うーん、蜂蜜成分や薔薇のエキスの化粧水はほかにもあるからなぁ」
「えぇ、高級化粧品シリーズを扱うホワイトリリーのメイン商品が、まさにそれですわ」
ホワイトリリーというのは貴族御用達の化粧品高級ブランドだ。“白百合のような気高いあなたへ”のキャッチコピーで王国中を席巻しており、かつマリウムが以前勤めていた会社でもある。ホワイトリリーの商品はハムレット商会とはライバルの商会が扱っているそうで、双子たちにとっては馴染みが薄いものだが、そこは貴族相手の商売。最低限の知識は抑えているようだ。
はっきり言って二番煎じというのはあまり頂けない。ましてや相手は王国でも1、2を争う化粧品ブランド。そんな大会社の後追いなぞしようものなら、喧嘩をふっかけるようなものである。
「どうしよう……」
正直この化粧品事業に賭けているところがあった。温泉水を元にした化粧水を販売して当座の資金を作り、それを元に領内の温泉を整備するというものだ。ほかにもいろいろ事業を興して、ゆくゆくは一大観光地になるように。夢物語のようなストーリーだが、やれる自信はあった。
肩を落とす私。沈黙が部屋を漂った。
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