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本編第二章

王都からのお客様です2

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 その日は研究所近辺に新しくできた街を軽く案内して終わった。2日目の午前中は予め見学を申し込んでいた研究所を訪ねた。現在うちの執事と研究員を兼務しているロイが丁寧に案内をしてくれた。双子から質問攻めにあったロイは「お嬢様のご友人がいらっしゃるとは聞いていましたが、類は友を呼ぶ、ということですね」とひとしきり感心していた。

 そして午後は今回のメインイベント。そう、温泉見学である。

「へぇ、これが温泉か! はじめて見たな」
「本当。お湯が地面から湧き出ていますのね」

 2人を案内したのは研究所近くに突如として湧いた温泉だ。とはいっても現在改修中で、工事関係の人で溢れている。温泉事業の一環として、まずは人の多い地域の温泉を整備し、領民たちに楽しんでもらう計画だ。本格的な事業はそれ以降の予定である。

「すごいでしょう。これと同じものがあと6箇所あるの。つまりうちの領に7つの温泉スポットがあるってわけ。ここはまだ入れないけれど、ほかのところなら案内できるわ」

 マロニーが御者を務める馬車に彼らを乗せて、ほかの温泉ポイントを周り、軽く足湯などを楽しんだ後、屋敷に戻った。居間で彼らにお茶とさつまいものお菓子を振る舞いながら、私は彼らにとある書類を見せた。

「これは、今2人に見てもらった温泉の成分を分析した調査書よ」
「成分分析? もしかして研究所で調べたのか?」
「研究所では土壌の分析ができるようになっていましたわね」
「そう。さすがよく知ってるわね」
「そりゃもう画期的な技術だったからな。とくにセレスティア王国より農作物の実りが厳しいトゥキルスでは、この技術のおかげで農作物の生産量が格段に上がったそうじゃないか」
「それにじゃがいもの食用化の普及は我が国を上回る勢いですもの。レシピ本もあちらへの輸出分の方が増えてきていますのよ」

 そう。ポテト料理をトゥキルスにも広めたいという私の願いは早々に叶うこととなった。なんと今ではトゥキルスにもポテト食堂があるのだ。もちろんトゥキルスから嫁いでこられた王妃様のご尽力が一番大きい。それを後追いするように土壌分析の技術がセレスティア・トゥキルス共同研究で確立されたため、かの国は急速に農業国へと代わろうとしているところだ。

 そんな大それた技術をなぜ温泉成分分析に使ったのかというと、新たな商売のネタにしたかったからだ。

「調査書を見てほしいんだけど、うちの温泉、肌に効果的な成分がいくつか検出されているのよ。だからもしかしたら、温泉を使って化粧品が作れるんじゃないかなと思って」
「化粧品だって?」

 ライトが調査書から顔をあげる。キャロルは耳をこちらに傾けながらも目は調査書をものすごいスピードで追っていた。

「えぇ。美肌成分に優れた天然温泉を使った化粧品。貴族の奥様方に売れそうだと思わない?」

 私の提案にライトはまたしても瞳をひらめかせた。

「なるほど。いいアイデアだな。温泉という珍しい商品からできた新しい化粧品、しかも美肌成分が豊富ときている」
「成分に関しては王立研究所のお墨付きというのもポイントが高いですわ。ポテト料理で一躍有名になったダスティン家による新たな商品という付加価値もあります」

 双子たちの力強い頷きに、私も自信を深めた。

「この先、領内に7つある温泉を事業化したいと思っているんだけど、すべての温泉を改修しようとすると莫大な費用がかかってしまうのよ」

 父から好きにやってみなさいと言われたものの、使える予算には限りがある。すべての温泉を使用可能にする程度ならどうにかならなくもないが、その後集客が見込めなければ費用の回収ができない。それに領民からお金をとるのもどうかと思ってしまう。ほしいのは観光客だ。

 我が家はポテト料理と研究所のおかげで、そこそこ名前は知れるようになった。だが未だ魅力のある領地とまではいえない。今温泉を改修したからといって、お客さんがわんさかきてくれるとは思えない。

 後もうひと推し、うちの魅力となってくれるものがほしい。そう思っていた矢先、研究所の成分解析の結果がわかった。

「今後温泉事業を進めていくにあたって、先立つものが必要なの。つまりは資金が。化粧品を開発してそれを販売すれば十分な資金が集まるし、あの化粧品の元になった温泉、という形でうちの名前も広がるんじゃないかと思って」

 化粧品の開発販売には、温泉化計画を進めるための資金調達と、うちの温泉を広く知らしめるPRの目的を持たせることができる。

「なるほど、それで俺たちの出番ってわけか」
「化粧品の販路拡大を狙っていらっしゃるのですね」

 さすが双子たち、話が早い。

「それももちろんなんだけど、そもそもうちには化粧品を開発できる技術者がいないのよ。研究所からスカウトしようかと思ったんだけど、どうにも少し畑違いみたいで。あなたたちにお願いしたいのは、誰か技術者を紹介してくれないかっていうことなの。もちろんお礼はするわ。化粧品開発が成功した暁には、ハムレット商会の独占販売としてもらってもいいと思ってる。どうかしら」

 私の提案に双子たちはくるりとお互いの顔を見合わせた。碧と灰色の瞳が同じタイミングでぱちぱちと瞬く。

「……ひとり、心当たりがあるといえばある」
「確かに技術者ですわね、あの人」

 一言も交わさず、それでも思い当たるのが同じ人、というあたり、双子の不思議な血なのだろうか、それとも元から似たもの同士だからか。

「本当? さすが2人とも顔が広いわね。その人はうちの領にきてくれそうかしら」

 わくわくしながら問いかけると、双子は微妙な顔をした。

「確か、先月工場を辞めたばかりだったよな」
「違うわよ、ライト。正確に言わないと。辞めたんじゃなくてクビになったのよ。叔父様の紹介で入れてもらったけど、2ヶ月しかもたなかったって」
「……うっ、まぁ、アレじゃ仕方ないよな」
「えぇ。アレですからね」

 急に歯切れの悪くなったライトとキャロルを見て、私も若干不安になった。

「えっと、その方、どういった方なのかしら」
「技術者としての腕前は超一流だ。以前ホワイトリリーの工場で化粧水の開発に携わっていたからな」

 ライトが口にしたのは王国でも一二を争うほど有名な高級化粧品ブランドの名前だった。

「ただ、性格に少々難があって……。いつも上役とうまくいかなくて、職場を転々としているんだ」
「技術はありますから、私たちの叔父が目をかけていて、職場を紹介してあげたり生活の世話もしてあげたりしていたんですけど……」

 どうやらライトたちの叔父という人物は才能ある技術者や芸術家のパトロンのような仕事もしているらしい。歯切れの悪くなった彼らからなんとか話を引き出していくうちに、私はくだんの人物にとても興味を持った。

「ねぇ、ダメ元でいいから、その方紹介してもらえないかしら。上役とうまくいかないって言ってだけど、うちならその人をトップに据えて開発を手がけてもらうことができると思うの。この事業には我が領の命運がかかっていると言っても過言じゃないわ。できるだけその方の意思に添うようにするし、協力も惜しまないと約束できるわ」

 私の熱意に双子たちも再び顔を見合わせ「話を持っていくだけなら大丈夫か」と頷いてくれた。




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