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本編第二章
いきなりの契約は御用心です
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ふうわりと浮かぶ火の玉が2つ、3つ、4つ、少しずつ増えては私の周りを囲んでいく。
火の玉のように見えたそれは、よくよく見れば小さな羽を持った小人のような形をしていた。
「これって、まさか……精霊」
『ぴんぽーん』
取って返す声は、相変わらず耳元でふわりと広がる。何かの残響のようだ。
「嘘でしょ、精霊って……見えるの?」
衝撃の事実。今まで彼らの存在は精霊石でしか知らなかった。こんな、火の玉みたいに浮かんでいる存在だったなんて。
『うーん、みんなにみえるわけじゃないんだけど』
『あなたはとくべつだね。だって、つぎのとうしゅだから』
『そうそう!』
『でも、とうしゅみんなにみえるってわけでもないよ?』
『あわないまま、せだいこうたいすることもあるし』
『でもね、ぼくたち、あなたには、あってみてもいいかなっておもったの』
『なんか、おもしろいたましいをもってたから』
『そうそう、おもしろいよね、あなたのたましい』
『ぼくたち、だいすきになっちゃった』
くすくすと笑う声は小さな子どものようで、ふわふわと漂う姿も現実のものとは思えなかった。
ゲームの世界に転生して、まぁ大抵のことは逞しく受け入れてきた私にとっても、この光景は衝撃すぎた。
呆然と口をぱくぱくさせる私の鼻先に、彼らのひとりがすっと近づいてきた。
『ねぇ、てつだってもいいよ?』
「て、手伝うとは……?」
『おんせん、わかしたいんでしょ? やってあげてもいいよ』
『でもねー、じょうけんがあるの』
別の精霊がまたふわりと目の前に飛んできた。よく見れば2人とも微妙に違う。最初に飛んできた方は小柄で細身、後からきた方はふっくらとした輪郭だ。
「条件とはなんでしょう」
冷静にそう応対できた自分を褒めてあげたい。なぜなら人ならざるものが出す条件など、真っ当である可能性は低い。
『うーんとね、ふつうのことだよ』
『そう、このばしょを、だいじにしてほしい』
『ずっとここにすんでほしい』
『しゃこうしーずんは、しかたないけど』
2人の精霊の背後で、ほかの精霊たちも合唱をはじめる。
「条件って、それだけ……?」
それは引き取られた直後から、父に細々と言われてきたことだった。精霊は血を好む。精霊に好まれた人間だけが当主となりうる。そして当主は領地に一生住み続け、次代を生み育て、血を引き継いでいかねばならない。なぜなら、それが精霊の望みだから。
だから、今更なことだ。ゲームの中のアンジェリカは、それを放棄してしまったけれど。
「本当にそれだけですか?」
『うん。ぼくたち、そんなにあくとくじゃないよ?』
『あと、できるならもっとたのしくしてほしいな』
『うん、さいきんひともふえて、たのしくなってきたよね』
『ぼくたち、にぎやかなのだいすきだから、かんげいだよ』
どうやらこの赤い精霊たちは、最近うちの領が発展してきていることにも肯定的らしい。
「本当に本当? ほかには何もないんですか? たとえば私の命をとるとか」
『そんなことしないよー』
『ひとのいのちなんておいしくないし』
『つかいみちないし』
……おいしくないって、何を食べて生きてるんだ、この子たちは。
って、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。
「私がずっとこの土地にいればいいのね? そして、領地を発展させる。その条件で、あなたたちは温泉開発を助けてくれるの?」
『いいよー』
『やってやるさー』
「……できれば念書か何か欲しいんですけど」
『ねんしょって……』
『うたぐりぶかいんだね』
『がめついっていうか……』
「いやいや、契約には必須でしょう? 口約束なんて信用の置けないもの、ビジネスの世界では通用しないわ」
『びじねすってなぁに』
『なんかにんげんがすきなことらしいよ』
『おいしいの?』
『おいしくはないかなぁ』
ざわざわと妙な噂が広まるのを眺めつつ、私は譲らないという思いで目の前の2人の精霊に声をかけた。
「どうでしょう」
『ねんしょはさすがにむりだよ。ぼくたち、もじなんてかけないもん』
『でも、もっとこうりょくのたかいものならよういできるね』
そして精霊たちは一度私から遠ざかったかと思うと、大きく円を描くように動き始めた。すると彼らがなぞった跡に、ふわりと文字が浮かび上がった。
「……これは」
『はーい、ぼくたちのけいやくしょ』
『これならよめるよね』
それはこの世界で流通する文字。内容は、私が当主としてこの地と精霊に自らの忠誠と血を捧げるかぎり、精霊は当主を支えるというもの。
「え、待って、“血”ってなによ!?」
『そんなたいへんなことじゃないよ』
『ゆびのさきっちょを、ちょいっとね』
「え? あぁ!!」
風が私の右手を取り巻いたかと思うと、指先にちくりと痛みが走った。見ればぷっくりと血の玉が浮かんでいる。
『はい、ここにさいんね!』
「え、待って、これ、契約内容が薄すぎじゃない!? 温泉計画のこととか、何も書いてないですし!」
『それはおぷしょんだから』
「おぷしょんって何!?」
『ふつうはそこまでしないんだけど。あなたはとくべつ』
『だって、なんかおもしろそうだし』
『ねー』
『ねー』
(おもしろいってなんだ……)
顔を引き攣らせながらも契約内容を再度確認する。これといって大変なことは書いてない。すべて父から聞かされた伝承の通りだ。ただし、こんな不可思議な形でガチで契約を結ぶとは聞いてなかった。
「それならそうと言ってよ! おとうさまってば!!」
思わず漏れ出た心の声に、精霊たちがすかさずつっこんできた。
『うーん、それはむりだよ?』
『だって、いまのとうしゅにはあってないしね』
「え、おとうさまとは契約してないの?」
『いったでしょ? このほうほうはとくべつばーじょんなの』
『しゅっけつだいさーびすなの!』
『おおばんぶるまいなの!』
(なんじゃそりゃ、説明になってないわ)
『けいやくには、いろんなほうほうがあるんだよ』
『みんなちがうの』
『それでね、けいやくしたことは、だれかにつたえてもいいんだけど』
『けいやくしたほうほうは、ひとにはなしちゃだめなの』
『じぶんからひとにきくのも、だめなの』
『ぼくたち、みはってるからね、えへん!』
なるほど、精霊との契約は秘密事項なのか。そして人に聞いたり、自分から話したりするのもタブー。ちょっとわかってきた。
『さぁ、どうする? アンジェリカ・コーンウィル・ダスティン』
突如としてふわふわした声が鋭いものに変わり、私は思わず背筋を伸ばした。つまりこれは、温泉うんぬんのことではなく、純粋に当主としての精霊との契約の場面なのだと悟った。
火の玉のように見えたそれは、よくよく見れば小さな羽を持った小人のような形をしていた。
「これって、まさか……精霊」
『ぴんぽーん』
取って返す声は、相変わらず耳元でふわりと広がる。何かの残響のようだ。
「嘘でしょ、精霊って……見えるの?」
衝撃の事実。今まで彼らの存在は精霊石でしか知らなかった。こんな、火の玉みたいに浮かんでいる存在だったなんて。
『うーん、みんなにみえるわけじゃないんだけど』
『あなたはとくべつだね。だって、つぎのとうしゅだから』
『そうそう!』
『でも、とうしゅみんなにみえるってわけでもないよ?』
『あわないまま、せだいこうたいすることもあるし』
『でもね、ぼくたち、あなたには、あってみてもいいかなっておもったの』
『なんか、おもしろいたましいをもってたから』
『そうそう、おもしろいよね、あなたのたましい』
『ぼくたち、だいすきになっちゃった』
くすくすと笑う声は小さな子どものようで、ふわふわと漂う姿も現実のものとは思えなかった。
ゲームの世界に転生して、まぁ大抵のことは逞しく受け入れてきた私にとっても、この光景は衝撃すぎた。
呆然と口をぱくぱくさせる私の鼻先に、彼らのひとりがすっと近づいてきた。
『ねぇ、てつだってもいいよ?』
「て、手伝うとは……?」
『おんせん、わかしたいんでしょ? やってあげてもいいよ』
『でもねー、じょうけんがあるの』
別の精霊がまたふわりと目の前に飛んできた。よく見れば2人とも微妙に違う。最初に飛んできた方は小柄で細身、後からきた方はふっくらとした輪郭だ。
「条件とはなんでしょう」
冷静にそう応対できた自分を褒めてあげたい。なぜなら人ならざるものが出す条件など、真っ当である可能性は低い。
『うーんとね、ふつうのことだよ』
『そう、このばしょを、だいじにしてほしい』
『ずっとここにすんでほしい』
『しゃこうしーずんは、しかたないけど』
2人の精霊の背後で、ほかの精霊たちも合唱をはじめる。
「条件って、それだけ……?」
それは引き取られた直後から、父に細々と言われてきたことだった。精霊は血を好む。精霊に好まれた人間だけが当主となりうる。そして当主は領地に一生住み続け、次代を生み育て、血を引き継いでいかねばならない。なぜなら、それが精霊の望みだから。
だから、今更なことだ。ゲームの中のアンジェリカは、それを放棄してしまったけれど。
「本当にそれだけですか?」
『うん。ぼくたち、そんなにあくとくじゃないよ?』
『あと、できるならもっとたのしくしてほしいな』
『うん、さいきんひともふえて、たのしくなってきたよね』
『ぼくたち、にぎやかなのだいすきだから、かんげいだよ』
どうやらこの赤い精霊たちは、最近うちの領が発展してきていることにも肯定的らしい。
「本当に本当? ほかには何もないんですか? たとえば私の命をとるとか」
『そんなことしないよー』
『ひとのいのちなんておいしくないし』
『つかいみちないし』
……おいしくないって、何を食べて生きてるんだ、この子たちは。
って、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。
「私がずっとこの土地にいればいいのね? そして、領地を発展させる。その条件で、あなたたちは温泉開発を助けてくれるの?」
『いいよー』
『やってやるさー』
「……できれば念書か何か欲しいんですけど」
『ねんしょって……』
『うたぐりぶかいんだね』
『がめついっていうか……』
「いやいや、契約には必須でしょう? 口約束なんて信用の置けないもの、ビジネスの世界では通用しないわ」
『びじねすってなぁに』
『なんかにんげんがすきなことらしいよ』
『おいしいの?』
『おいしくはないかなぁ』
ざわざわと妙な噂が広まるのを眺めつつ、私は譲らないという思いで目の前の2人の精霊に声をかけた。
「どうでしょう」
『ねんしょはさすがにむりだよ。ぼくたち、もじなんてかけないもん』
『でも、もっとこうりょくのたかいものならよういできるね』
そして精霊たちは一度私から遠ざかったかと思うと、大きく円を描くように動き始めた。すると彼らがなぞった跡に、ふわりと文字が浮かび上がった。
「……これは」
『はーい、ぼくたちのけいやくしょ』
『これならよめるよね』
それはこの世界で流通する文字。内容は、私が当主としてこの地と精霊に自らの忠誠と血を捧げるかぎり、精霊は当主を支えるというもの。
「え、待って、“血”ってなによ!?」
『そんなたいへんなことじゃないよ』
『ゆびのさきっちょを、ちょいっとね』
「え? あぁ!!」
風が私の右手を取り巻いたかと思うと、指先にちくりと痛みが走った。見ればぷっくりと血の玉が浮かんでいる。
『はい、ここにさいんね!』
「え、待って、これ、契約内容が薄すぎじゃない!? 温泉計画のこととか、何も書いてないですし!」
『それはおぷしょんだから』
「おぷしょんって何!?」
『ふつうはそこまでしないんだけど。あなたはとくべつ』
『だって、なんかおもしろそうだし』
『ねー』
『ねー』
(おもしろいってなんだ……)
顔を引き攣らせながらも契約内容を再度確認する。これといって大変なことは書いてない。すべて父から聞かされた伝承の通りだ。ただし、こんな不可思議な形でガチで契約を結ぶとは聞いてなかった。
「それならそうと言ってよ! おとうさまってば!!」
思わず漏れ出た心の声に、精霊たちがすかさずつっこんできた。
『うーん、それはむりだよ?』
『だって、いまのとうしゅにはあってないしね』
「え、おとうさまとは契約してないの?」
『いったでしょ? このほうほうはとくべつばーじょんなの』
『しゅっけつだいさーびすなの!』
『おおばんぶるまいなの!』
(なんじゃそりゃ、説明になってないわ)
『けいやくには、いろんなほうほうがあるんだよ』
『みんなちがうの』
『それでね、けいやくしたことは、だれかにつたえてもいいんだけど』
『けいやくしたほうほうは、ひとにはなしちゃだめなの』
『じぶんからひとにきくのも、だめなの』
『ぼくたち、みはってるからね、えへん!』
なるほど、精霊との契約は秘密事項なのか。そして人に聞いたり、自分から話したりするのもタブー。ちょっとわかってきた。
『さぁ、どうする? アンジェリカ・コーンウィル・ダスティン』
突如としてふわふわした声が鋭いものに変わり、私は思わず背筋を伸ばした。つまりこれは、温泉うんぬんのことではなく、純粋に当主としての精霊との契約の場面なのだと悟った。
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