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本編第二章
めざせ!温泉計画です
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*お詫びと訂正:本編にて「精霊」と「聖霊」がごっちゃになっているとご意見をいただきました。謹んでお詫び申し上げるとともに、今後は「精霊」で統一させていただきたく思います。過去分の訂正は……私の気力次第です。すみません。
*いよいよ本格的にファンタジーです!精霊カモン!
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ダスティン領には天然温泉がある。私がそれを知ったのは、この家に引き取られてすぐのことだ。領地の視察に出かける父が、とっておきの場所に案内してあげようと連れて行ってくれたのが天然の源泉だった。
なぜ温泉があるのかというと、あちこちに見える鄙びた山々が大昔は火山だったようで、おそらくその影響だろう。そのせいで土地が悪く、農作物の育ちがいまいちで、長年に渡る不作に喘いでいたのだが、それはもう過去の話。
現在はうちと隣のアッシュバーン辺境伯領の間にできた王立研究所の研究が発展したおかげで、ちゃんとした実りが得られる土地になった。
研究所の恩恵はほかにもあって、まず、土地代として王国から家賃が入ってくるようになった。父はそのお金を使って、この2年の間に領地の土壌の改革や医療の拡充に手をつけた。継母の従姉妹で、医師でもありウォーレス子爵でもあるエリン様のツテを使って医師と看護師を招聘し、研究所の近くに念願の医院を設けた。また研究所がらみで王都や隣国トゥキルスからの人の出入りが頻繁になり、近くには宿屋や各種お店もできて、小さな街として賑わいを見せつつある。そこで働くのは自領の若者たちだ。
もう昔のように若者が職を求めて隣の領に流出することもなければ、冬場の出稼ぎや子どもの病死の数の多さに嘆く必要もない。
日に日に発展していく自領を前に、それでも私は満足していなかった。
だからこそ思い出したのだ。かつて、5歳の私が夢見たことを。
(温泉を使って町おこしがしたい!)
せっかく人の流入が増え、ダスティン領の名前が知れてきたのだ。これに乗じて新しい客層を迎えるための次の一手を打つべきである。
(とはいえ、問題はどうやってやるか、ってことなのよね)
今見つかっている源泉は2つ。ひとつは高台にあり、いい感じに岩場の中に湧いてくれているからそのまま温泉として利用できるが、いかんせん麓から徒歩でいくのは大変だ。領民はみんなそこに温泉があることは知っているが、馬か馬車でもない限りは行きづらい。
もうひとつは屋敷の裏山にある源泉だ。かつて栗拾いの最中に従兄弟のスノウと一緒に出かけたことがある。足首くらいまでの湯量ではあるが、深く掘り下げればなんとかなるかもしれない。ただこちらも山の中なため、元気に歩ける人しか辿り着けない。
(どちらも整備して、麓から馬車の定期便でも出せば利用者は確保できそうだけど……できればもう少し行きやすい場所に欲しいわよね。それにゆくゆくはきちんとした建物も設けたいし。新しい温泉を掘ることができたらそれが一番いいんだけど)
幸いポテト食堂のフランチャイズと研究所がらみのおかげで当面の資金はある。あとは融資を募るか、どこかの商会に借りるかすればそこそこな金額が集まるだろう。それくらい我が家の名前は信用されるようになってきた。
あとは、どう展開するか、である。事業としてやっていく以上、適当な考え方ではいけない。
(ハイネル公爵にも聞いてみたけれど、源泉の見つけ方まではわからないって言われちゃったしなぁ)
研究所の顧問をしている公爵は、その身分から自領をなかなか離れられないが、遠くから意見を寄せてくれている。それを我が家の執事で、現在は研究所にも籍を置く研究者であるロイが展開して研究に役立てている。しかし彼らの専門はあくまで土壌や作物研究であり、温泉の発掘ではない。
とりあえず今の私にできることは、2つある源泉をまずは領民たちで楽しめるよう改築することかもしれないなと、裏山の源泉に足をつけつつ、ひとりで考えていた。
「そうだ、この源泉、お屋敷まで引いちゃおうかな」
そうすれば毎日天然温泉が楽しめる。火の精霊石があるからお湯を沸かすのは楽だが、この世界には水道がないから、水は人海戦術で湯船に溜めてもらっている。その仕事がなくなればメイドのミリーやサリーだって楽になるだろう。
まずはできることから。じゃがいものときだってそうだった。前世のようになんでもささっとできる世界じゃないから、人ひとりでやれることを考えていかなきゃならない。
そんなふうに地に足つけた戦略を見据えつつ顔をあげた瞬間。
『―――てつだおうか』
「え?」
耳元でふわりと声がする。私は立ち上がり辺りを見渡した。見えるのは鄙びた木々と山肌、その隙間からちらつく8月の太陽。
人の姿はどこにもない。
「空耳、かな」
温泉に対する思いが強すぎて幻聴でも聞いたのだろうか。そう思いながら首を竦める。
しかし次の瞬間。
『てつだってあげる』
『だってあなた、おもしろそうだし』
『おんせん、わかそう!』
『いいよ、だってあなたはーーー』
『みらいの、とうしゅ、だから』
こだまのように鳴り響くふわりとした声。突如風が沸き起こる。
「なっ、なに?」
風から咄嗟に目を守りつつ、腕の隙間から仰ぎ見た、それはーーー。
ふわふわと浮かぶ、赤い火の玉だった。
*いよいよ本格的にファンタジーです!精霊カモン!
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ダスティン領には天然温泉がある。私がそれを知ったのは、この家に引き取られてすぐのことだ。領地の視察に出かける父が、とっておきの場所に案内してあげようと連れて行ってくれたのが天然の源泉だった。
なぜ温泉があるのかというと、あちこちに見える鄙びた山々が大昔は火山だったようで、おそらくその影響だろう。そのせいで土地が悪く、農作物の育ちがいまいちで、長年に渡る不作に喘いでいたのだが、それはもう過去の話。
現在はうちと隣のアッシュバーン辺境伯領の間にできた王立研究所の研究が発展したおかげで、ちゃんとした実りが得られる土地になった。
研究所の恩恵はほかにもあって、まず、土地代として王国から家賃が入ってくるようになった。父はそのお金を使って、この2年の間に領地の土壌の改革や医療の拡充に手をつけた。継母の従姉妹で、医師でもありウォーレス子爵でもあるエリン様のツテを使って医師と看護師を招聘し、研究所の近くに念願の医院を設けた。また研究所がらみで王都や隣国トゥキルスからの人の出入りが頻繁になり、近くには宿屋や各種お店もできて、小さな街として賑わいを見せつつある。そこで働くのは自領の若者たちだ。
もう昔のように若者が職を求めて隣の領に流出することもなければ、冬場の出稼ぎや子どもの病死の数の多さに嘆く必要もない。
日に日に発展していく自領を前に、それでも私は満足していなかった。
だからこそ思い出したのだ。かつて、5歳の私が夢見たことを。
(温泉を使って町おこしがしたい!)
せっかく人の流入が増え、ダスティン領の名前が知れてきたのだ。これに乗じて新しい客層を迎えるための次の一手を打つべきである。
(とはいえ、問題はどうやってやるか、ってことなのよね)
今見つかっている源泉は2つ。ひとつは高台にあり、いい感じに岩場の中に湧いてくれているからそのまま温泉として利用できるが、いかんせん麓から徒歩でいくのは大変だ。領民はみんなそこに温泉があることは知っているが、馬か馬車でもない限りは行きづらい。
もうひとつは屋敷の裏山にある源泉だ。かつて栗拾いの最中に従兄弟のスノウと一緒に出かけたことがある。足首くらいまでの湯量ではあるが、深く掘り下げればなんとかなるかもしれない。ただこちらも山の中なため、元気に歩ける人しか辿り着けない。
(どちらも整備して、麓から馬車の定期便でも出せば利用者は確保できそうだけど……できればもう少し行きやすい場所に欲しいわよね。それにゆくゆくはきちんとした建物も設けたいし。新しい温泉を掘ることができたらそれが一番いいんだけど)
幸いポテト食堂のフランチャイズと研究所がらみのおかげで当面の資金はある。あとは融資を募るか、どこかの商会に借りるかすればそこそこな金額が集まるだろう。それくらい我が家の名前は信用されるようになってきた。
あとは、どう展開するか、である。事業としてやっていく以上、適当な考え方ではいけない。
(ハイネル公爵にも聞いてみたけれど、源泉の見つけ方まではわからないって言われちゃったしなぁ)
研究所の顧問をしている公爵は、その身分から自領をなかなか離れられないが、遠くから意見を寄せてくれている。それを我が家の執事で、現在は研究所にも籍を置く研究者であるロイが展開して研究に役立てている。しかし彼らの専門はあくまで土壌や作物研究であり、温泉の発掘ではない。
とりあえず今の私にできることは、2つある源泉をまずは領民たちで楽しめるよう改築することかもしれないなと、裏山の源泉に足をつけつつ、ひとりで考えていた。
「そうだ、この源泉、お屋敷まで引いちゃおうかな」
そうすれば毎日天然温泉が楽しめる。火の精霊石があるからお湯を沸かすのは楽だが、この世界には水道がないから、水は人海戦術で湯船に溜めてもらっている。その仕事がなくなればメイドのミリーやサリーだって楽になるだろう。
まずはできることから。じゃがいものときだってそうだった。前世のようになんでもささっとできる世界じゃないから、人ひとりでやれることを考えていかなきゃならない。
そんなふうに地に足つけた戦略を見据えつつ顔をあげた瞬間。
『―――てつだおうか』
「え?」
耳元でふわりと声がする。私は立ち上がり辺りを見渡した。見えるのは鄙びた木々と山肌、その隙間からちらつく8月の太陽。
人の姿はどこにもない。
「空耳、かな」
温泉に対する思いが強すぎて幻聴でも聞いたのだろうか。そう思いながら首を竦める。
しかし次の瞬間。
『てつだってあげる』
『だってあなた、おもしろそうだし』
『おんせん、わかそう!』
『いいよ、だってあなたはーーー』
『みらいの、とうしゅ、だから』
こだまのように鳴り響くふわりとした声。突如風が沸き起こる。
「なっ、なに?」
風から咄嗟に目を守りつつ、腕の隙間から仰ぎ見た、それはーーー。
ふわふわと浮かぶ、赤い火の玉だった。
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