【二章完結】ヒロインなんかじゃいられない！！男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情

本編第一章

悪役令嬢へのお願いです１

「しばらく領地にお戻りだったそうですね」

　ハイネル公爵を厨房に押し付け（ガンじいさんはあまり顔色を変えなかったが、ケイティは真っ青になっていた）、さすがにエヴァンジェリン嬢まで付き合わせるのは無理があるだろうと、私たちは街に出て、カフェに立ち寄った。この世界にもカフェ文化はあって、若い貴族の御令嬢たちには人気だ。

　優雅にお茶を飲むエヴァンジェリン嬢は、私の問いに「えぇ」と頷いた。

「実は昨年の6月に祖母が亡くなりまして、ちょうど一年になるものですからお墓参りに帰省しておりましたの」
「まぁ、そうだったのですね、お悔やみ申し上げます。きっとおばあさまも、久々にエヴァンジェリン様のお姿を感じられて、嬉しかったと思います」
「えぇ。私も、大好きだった祖母を思い出せて、久々に心が落ち着きました」

　聞けば、今回の帰省は一人旅だったという。父の公爵は3月にすでに王都を後にしているし、王都にすっかり染まった母親は領地に戻るのを嫌がったものと推察した。弟君がいらっしゃると聞いているが、年齢的にまだ小さい。王都からハイネル領までは馬車で１週間以上かかる。小さな子どもには厳しい道のりだろう。

「本当に、祖母が生きていてくれたら、私もまだ領地にいられたのですけどね。あの母も、祖母には頭が上がりませんでしたから」

　そう語る彼女の言葉から、ハイネル公爵家の背景が伺えた。あの悪役令嬢ならぬ悪役マダムに育てられたにしてはずいぶんとまっとうな令嬢になったなと上から目線で思っていた。父親がよほど人格者なのかと思っていたが、ハイネル公爵自身は、お人柄はとてもいいがあの様子で、家庭をかえりみるタイプではない。

　だが今の彼女の発言から、第三者である祖母が、彼女の人格形成に大きな影響を与えたのだとわかった。だがその祖母はすでに鬼籍に入っており、これ以上の助けは得られない。

　エヴァンジェリン嬢の悪役化阻止計画も、私の将来にも大きく影響するものと思っている。乙女ゲームとやらの世界では、主人公のアンジェリカは悪役令嬢エヴァンジェリンに徹底的にいじめられるらしい。らしい、というのは私はゲームユーザーではなく、妹がハマっていたゲームだからで、話半分にしか聞いていなかったから、詳細を知らないのだ。

　だけど単純に考えれば、私が男爵令嬢という身分を弁え、次々と恋に落ちるとされている高位貴族はじめとするヒーローたちの前にしゃしゃりでなければいいわけで。それに加えてエヴァンジェリン嬢と仲良くなれれば磐石だ。しかし相手はこの国のトップレベルの名門貴族。私なぞがこうして一緒にお茶していること自体が奇跡的なのだけど、それはまぁ一時的なものだろうから置いておいて。

　ゲームの中では性格が悪く、平民を見下し、下位貴族にも当たりがキツいとされる彼女が、今のままの凛とした性質のまま大きくなってくれたら。私が身の程をを知った行動をし、彼女が私に意地悪をすることがなくなれば、残念な未来は回避できるのではないだろうかと考えた。

　加えて彼女の立ち位置は、この世界でも重要だ。筆頭貴族とも言うべき立場で、マクスウェル侯爵家のエリオットや、カイルハート王子殿下とも交流が持てる。どうかすると年齢と中身のバランスが取りづらいエリオット少年や、多くの打算的な貴族に囲まれ鬱憤を溜めやすいカイル王子の、よき理解者になれる存在だ。

　攻略対象のうちトップ２を彼女が引き取って手厚く面倒を見てくれるなら、こんなにありがたいことはない。私は心ゆくまま、貧乏な領地の開発に勤しめる。なんならそのまま婚約や結婚までしていただければ御の字だ。エヴァンジェリン嬢がカイル殿下の隣に立てば、かなりの眼福だ。もちろん、彼女の好みや思考もあるだろうから、無理強いはしないけれど。

　っというわけで白状すると、私はかなり打算的な考えでもって、エヴァンジェリン嬢にはまともでいてほしいわけです、はい。

　7歳になったばかりの少女にあれこれ押し付けて申し訳ないのだけど、こちらにも領地を立て直すという大役があるのです。どうかわかっていただきたい。