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本編第一章
娘心は複雑です
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ケイティは細々と畑仕事を手伝いながら母親と暮らしていた。実家の手伝い、といえば聞こえはいいが、実質は母がすべて仕切っているようなもの。ダスティン領は隣近所の住民の仲がいいから、皆に支えられ今まで暮らしてきたけれど、もし何かの事情で母を失うようなことがあれば、自分ひとりでは何もできないと気づいたそうだ。
「この冬、母と一緒に炭鉱の街に出て、そこでも驚きました。私と同い年の子たちが、親からとっくに独立して、炭鉱や街で立派に働いているんです。私、それを見ていたら、自分がなんて子どもっぽいんだろうって情けなくなって……」
炭鉱の街は主産業が活発で、常に働き手を求めているから、比較的若いうちから労働力として重宝される。対するうちのような、農業や狩りで生計をたてているところは、一家総出で農作業に従事するよりほかない。だからケイティのような例は珍しいわけではないし、それを恥ずかしがる必要はないはずだ。
私はそれを説明したが、彼女はまたしても首を振った。
「お嬢様のおっしゃるとおりです。私と同じように、家の農作業を手伝っている人たちもいっぱいいます。それを馬鹿にするつもりは全然ないんです。だけど、私には難しいかも、って思って。それよりはお屋敷のメイドやキッチンメイドとして働く方が向いてるなって思ったんです」
農作業はひとりで行うというより、皆での共同作業だ。サリー親娘は特に男手がなかったから、近所の人たちがずっと支えてくれていた。その支えを、サリーのような性格ならありがたく受け取って、折に触れて何かを返して、というふうにやってこれたが、ケイティのような生真面目な性格だと、そういう働き方より、自分が何かをしてお給料をきちんともらうという形の方が、気が楽なのかも知れなかった。
「そんなことを、炭鉱の街で働きながら考えていて。あの頃、私にもお給金がもらえていたから、それがすごく有り難くて。だからこっちに戻ってからもお屋敷で働かないかって言われたときは嬉しかったんです」
「じゃあ、今の働き方に満足してくれているのね」
「はい。でも、結局母のひっつき虫なのは変わらないなって。リンダさんもクレバー夫人から独立しようと頑張っているから、私も見習いたいなって思ったんです」
そんなときサリーとロイの距離が近づくという出来事が起きた。ケイティはこれを、「いいきっかけ」だと捉えたらしい。
「もちろん、王都で働くことだけで、私が精神的に独立できるとは限りません。でも、少し母から離れて、自分がちゃんとできるのか、試してみたいなって思って。私、炭鉱のお店ではずっとルシアンさんや母の指示に従っていただけなので、大したことができるわけじゃないけど、もし、私みたいなのでも役に立てるなら、連れて行ってほしいんです」
「ケイティがいれば百人力よ。あなたが考案したレシピ、どれも看板メニューになって、飛ぶように売れたそうじゃない。もっと自信をもっていいわ」
「そんな……たまたまです。それに、思いついたのは私だったかもしれませんが、それをアレンジして売り出せるものにしたのはルシアンさんです」
「いやいや、そんなことないわよ! ケイティにはサリーにもルシアンにも、もちろん私にもないお料理の才能があるわ! 新しいものを生み出す能力はマリサよりも上だと思ってるもの」
そう、彼女のアイデアはルシアンのお店が後に続くことの大きな助けになった。正直この才能は生かしたい。とくに今後フランチャイズ展開していくとなれば、新規メニューの考案は必須だからだ。そのベースを作り上げるためにも、彼女にはぜひとも孤児院の厨房で創作に励んでもらいたい。
「あなたの気持ちはわかったわ。ちょっと相談してみるわね。でも、サリーの了解はやっぱり必須よ。自分で説得できるかしら」
「やってみます」
そうしてケイティとの話し合いが決した。
結論から言うと、サリーの了解はなんとか得られたのだが、はじめは大反対だった。大事な一人娘を王都のような大都会に行かせるなどもってのほか、どうしてもというなら自分も行くと詰め寄った。それを説得したのがほかならぬケイティ自身だ。
おとなしい娘が生まれて初めて口にするお願いに、最終的にサリーも折れた。そして私に「娘をどうかよろしくお願いします」と深々と頭を下げたのだ。あの明るいサリーが涙ながらに私に頭を下げる様は、見る者の心を打った。父からも改めて、使用人を預かることの大切さを諭され、私は自分の責任の大きさをしっかりと受け止め、馬車に乗ったのだ。
なおケイティの決断は、お店を出す準備をはじめたリンダにもいい影響を与えた。自分の足のことで引っ込み思案になり、隠れるようにして生きてきた彼女も、お店が完成すれば独立しなければならない。兄のエリックも一緒とはいえ、閉じた世界で何もせずとも生きていられた今までとは違う。その踏み出す勇気を、リンダはケイティからもらったらしかった。あれほど頑なに嫌がっていた客人の応対などにも、少しずつトライするようになっている。
小さな変化は、きっと大きな変革へとつながっていく。それぞれの一歩は、未来へと羽ばたくステップになる。
この決断が、彼女たちの未来を大きく変えることになるとは、このときの私は予想もしていなかった。
自分に自信が持てず、母親の後ろで大きな背中を丸めていたケイティが、王都での経験で飛躍的に成長し、後にフランチャイズ化に成功したポテト食堂を仕切るプロデューサーとして王国全土を飛び回る颯爽としたキャリアウーマンになるのは、また別の話。
そしてポテト食堂の複数店舗経営に乗り出し、成功した女性起業家として初めて王立学院に講師として招かれるリンダの話も、別の機会でーーー。
_______________________
たぶんなんですけど、はっきりとお約束はできないんですけど……じゃがいも編、あと数話くらいで終われるかもです。たぶん、10話以内くらいには、きっと……やれる、はず。
「この冬、母と一緒に炭鉱の街に出て、そこでも驚きました。私と同い年の子たちが、親からとっくに独立して、炭鉱や街で立派に働いているんです。私、それを見ていたら、自分がなんて子どもっぽいんだろうって情けなくなって……」
炭鉱の街は主産業が活発で、常に働き手を求めているから、比較的若いうちから労働力として重宝される。対するうちのような、農業や狩りで生計をたてているところは、一家総出で農作業に従事するよりほかない。だからケイティのような例は珍しいわけではないし、それを恥ずかしがる必要はないはずだ。
私はそれを説明したが、彼女はまたしても首を振った。
「お嬢様のおっしゃるとおりです。私と同じように、家の農作業を手伝っている人たちもいっぱいいます。それを馬鹿にするつもりは全然ないんです。だけど、私には難しいかも、って思って。それよりはお屋敷のメイドやキッチンメイドとして働く方が向いてるなって思ったんです」
農作業はひとりで行うというより、皆での共同作業だ。サリー親娘は特に男手がなかったから、近所の人たちがずっと支えてくれていた。その支えを、サリーのような性格ならありがたく受け取って、折に触れて何かを返して、というふうにやってこれたが、ケイティのような生真面目な性格だと、そういう働き方より、自分が何かをしてお給料をきちんともらうという形の方が、気が楽なのかも知れなかった。
「そんなことを、炭鉱の街で働きながら考えていて。あの頃、私にもお給金がもらえていたから、それがすごく有り難くて。だからこっちに戻ってからもお屋敷で働かないかって言われたときは嬉しかったんです」
「じゃあ、今の働き方に満足してくれているのね」
「はい。でも、結局母のひっつき虫なのは変わらないなって。リンダさんもクレバー夫人から独立しようと頑張っているから、私も見習いたいなって思ったんです」
そんなときサリーとロイの距離が近づくという出来事が起きた。ケイティはこれを、「いいきっかけ」だと捉えたらしい。
「もちろん、王都で働くことだけで、私が精神的に独立できるとは限りません。でも、少し母から離れて、自分がちゃんとできるのか、試してみたいなって思って。私、炭鉱のお店ではずっとルシアンさんや母の指示に従っていただけなので、大したことができるわけじゃないけど、もし、私みたいなのでも役に立てるなら、連れて行ってほしいんです」
「ケイティがいれば百人力よ。あなたが考案したレシピ、どれも看板メニューになって、飛ぶように売れたそうじゃない。もっと自信をもっていいわ」
「そんな……たまたまです。それに、思いついたのは私だったかもしれませんが、それをアレンジして売り出せるものにしたのはルシアンさんです」
「いやいや、そんなことないわよ! ケイティにはサリーにもルシアンにも、もちろん私にもないお料理の才能があるわ! 新しいものを生み出す能力はマリサよりも上だと思ってるもの」
そう、彼女のアイデアはルシアンのお店が後に続くことの大きな助けになった。正直この才能は生かしたい。とくに今後フランチャイズ展開していくとなれば、新規メニューの考案は必須だからだ。そのベースを作り上げるためにも、彼女にはぜひとも孤児院の厨房で創作に励んでもらいたい。
「あなたの気持ちはわかったわ。ちょっと相談してみるわね。でも、サリーの了解はやっぱり必須よ。自分で説得できるかしら」
「やってみます」
そうしてケイティとの話し合いが決した。
結論から言うと、サリーの了解はなんとか得られたのだが、はじめは大反対だった。大事な一人娘を王都のような大都会に行かせるなどもってのほか、どうしてもというなら自分も行くと詰め寄った。それを説得したのがほかならぬケイティ自身だ。
おとなしい娘が生まれて初めて口にするお願いに、最終的にサリーも折れた。そして私に「娘をどうかよろしくお願いします」と深々と頭を下げたのだ。あの明るいサリーが涙ながらに私に頭を下げる様は、見る者の心を打った。父からも改めて、使用人を預かることの大切さを諭され、私は自分の責任の大きさをしっかりと受け止め、馬車に乗ったのだ。
なおケイティの決断は、お店を出す準備をはじめたリンダにもいい影響を与えた。自分の足のことで引っ込み思案になり、隠れるようにして生きてきた彼女も、お店が完成すれば独立しなければならない。兄のエリックも一緒とはいえ、閉じた世界で何もせずとも生きていられた今までとは違う。その踏み出す勇気を、リンダはケイティからもらったらしかった。あれほど頑なに嫌がっていた客人の応対などにも、少しずつトライするようになっている。
小さな変化は、きっと大きな変革へとつながっていく。それぞれの一歩は、未来へと羽ばたくステップになる。
この決断が、彼女たちの未来を大きく変えることになるとは、このときの私は予想もしていなかった。
自分に自信が持てず、母親の後ろで大きな背中を丸めていたケイティが、王都での経験で飛躍的に成長し、後にフランチャイズ化に成功したポテト食堂を仕切るプロデューサーとして王国全土を飛び回る颯爽としたキャリアウーマンになるのは、また別の話。
そしてポテト食堂の複数店舗経営に乗り出し、成功した女性起業家として初めて王立学院に講師として招かれるリンダの話も、別の機会でーーー。
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たぶんなんですけど、はっきりとお約束はできないんですけど……じゃがいも編、あと数話くらいで終われるかもです。たぶん、10話以内くらいには、きっと……やれる、はず。
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