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本編第一章
王都を後にできません2
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「ギルフォード! それにアンジェリカもよく来てくれたね、待ってたよ」
以前にも増してきらきらしい笑顔で出迎えてくれたのは、何を隠そうカイルハート王子殿下、その人だった。
「殿下にはご機嫌麗しゅう……」
「あぁ、もうそんな挨拶いらないよ。僕とアンジェリカの仲でしょう?」
小首を傾げてニっと笑う彼の笑顔ははっきり言って心臓に悪い。いや、アッシュバーン家ではメイドさんも見てみぬフリをしてくれた私たちの振る舞いだけど、さすがにそれはここでは許されない。私はなんとも言えぬ顔で引き攣った笑いを保つしかなかった。
「おぉ! カイル、元気そうだな。お茶会でも会ったけど、全然話せる状態じゃなかったもんな!」
そんな私の苦労を他所に、以前と同じ態度で接するのはギルフォード。あれほど事前にアッシュバーン辺境伯夫妻やミシェルに言葉遣いについて注意され、本人も神妙にうなずいていたのに、開始1秒でそれか!と突っ込みたくなる崩れっぷりだ。背後のミシェルの顔色が凄いことになっている。うん、私は赤の他人だからいいけどね。お兄ちゃんは連座だよね。
「今日は僕たちしかいないから、普通にしていいよ。ミシェルも!」
「殿下、そういうわけには参りません。ギルフォード、おまえも自重するように」
「むうぅぅ」
ミシェルににべもなく断られ口を尖らせる様子もまた愛らしい天使だ。遠くから見ていたら眼福なのだけど、正直……逃げたい。開始1秒で私も逃げたい。
誤解のないように言いたいけれど、私は彼が嫌いなわけじゃない。自分を慕ってくれるのはかわいいとは思う。ただ、私たちの間にはどうしても交わることが許されない壁がある。いくら殿下がそれを気にしないとしても、周囲はそうは思わない。どこで誰が見ているかわからない世界で、私のような身分のものがやすやすと殿下に近づいていいわけはないのだ。
それは実はアッシュバーン辺境伯家にも言えることではあるのだけど。ただ我が家がアッシュバーン家の庇護下にあるのは事実で、それを言い訳にできる点が殿下とは違う。うーん、なんというか……とにかく面倒くさい。
だから避けたい、というか逃げたい。それが、殿下に対して失礼なのだとわかってはいるのだけれど。
「今日は大人たちは誰もこないんだ。だからなんでもできるよ?」
「それなら模擬剣で撃ち合いでもするか!?」
「でも、それだとアンジェリカが遊べないよ?」
「こいつは体術が得意だからな! なんでもありの格闘技にするか!」
「だーかーらー!! ありもしないことをぺらぺらしゃべらないで! 私は体術なんか会得してません!」
「アンジェリカの体当たりは見事だったと、お祖父様も褒めてらしたぞ!」
「へぇ。アンジェリカはやっぱりほかの女の子と違うんだね」
そりゃ中身アラサーですから違いますけど! でもその評価はいただけないです!と反論したくなるのをぐっと抑える。殿下の背後には側付きの侍従だろう、中年の男性が控えている。いけない。ここでムキになってはいろんなものが失われてしまう……。
何をして遊ぶか、あーでもないこーでもないと言い合う幼児に、ミシェルがそっと切り出した。
「恐れながら殿下、お庭に出られてはいかがですか。冬枯れとはいえ王宮の庭の造りは見事ですし、迷子の生垣でしたらアンジェリカ嬢でも楽しめると思いますよ」
「そうだね。アンジェリカもそれでいいかな」
「はい、どうぞよろしくお願いします」
王宮の庭がどんなものか知らないが、ミシェルが言い出したことなら無茶なものでもないだろう。私たちは侍従の案内で外へ向かった。
迷子の生垣というのは、人の高さの生垣が作る迷路のことだった。大人ほどの高さはないが、私たちの背丈なら十分隠れてしまう。真ん中に高台があり、そこに登れば全体が見渡せる。
「アンジェリカ、そのまままっすぐ進んで、2つめの角を右に。その奥にギルフォードがいるぞ!」
高台からミシェルの声がする。私は両手で大きく丸を作って了解サインを出した後、指示に従って駆け出した。何をしているのかと問われれば……迷路を使った鬼ごっこだ。
「ギルフォード、見つけたわよ! 覚悟なさい!」
「まじか!? 早すぎだろ」
くすんだ金髪のつんつん頭を抱えるように彼がその場に座り込む。そんな彼を捕まえて私は高台へと戻った。
「あーあ、ギルフォードもあっという間につかまっちゃったかぁ」
既に捕まっていた殿下が苦笑いを浮かべて待っていた。
「やっぱりペアリングがよくないんだよ。兄上とアンジェリカが組んだら全然面白くない」
「速攻で捕まっちゃうよね」
頬を膨らませる少年2人を尻目に、私とミシェルはこちらも苦笑を隠せない。2人とも逃げ方がワンパターンで、なぜか袋小路へと突き進んでいくのだ。それを見逃すミシェルではない。すぐさま的確な指示を飛ばすし、私は私で、運動神経のいいアンジェリカの体をフルに使って全力で追い込む。結果、すぐに捕まってしまう幼児がぶーたれるというわけだった。
「よし、今度はペアを変えよう!」
「それいいな! じゃぁ俺と兄上が組むぞ」
「じゃぁ僕はアンジェリカと!」
笑いながら殿下がぱっと私の手を取った。
「あの、殿下? 手を繋いだらバラバラに逃げられませんよ?」
なぜかどきどきする胸を押さえつつも、握られた手から距離をとろうとした。殿下はそんな私が逃げないよう、手に力をぐっと込めた。
「今度は一緒に逃げる作戦! あ、ミシェルたちは高台使うの禁止ね。20秒数えたら追いかけてきていいよ」
「あ、あの、殿下!」
それだけ言い残し走り去る殿下に、手を取られた私も慌ててついていく。
「いーち、にー、さーん、しー……」
ギルフォードの声が高らかに響き出す。
「ほら、アンジェリカ! 捕まらないように遠くに逃げよう!」
「えっ!? でも……」
「早く!」
「は、はい!」
引きずられるまま、私たちはいくつかの角を曲がる。その先に小さな窪みがあり、殿下はそこに飛び込んだ。
以前にも増してきらきらしい笑顔で出迎えてくれたのは、何を隠そうカイルハート王子殿下、その人だった。
「殿下にはご機嫌麗しゅう……」
「あぁ、もうそんな挨拶いらないよ。僕とアンジェリカの仲でしょう?」
小首を傾げてニっと笑う彼の笑顔ははっきり言って心臓に悪い。いや、アッシュバーン家ではメイドさんも見てみぬフリをしてくれた私たちの振る舞いだけど、さすがにそれはここでは許されない。私はなんとも言えぬ顔で引き攣った笑いを保つしかなかった。
「おぉ! カイル、元気そうだな。お茶会でも会ったけど、全然話せる状態じゃなかったもんな!」
そんな私の苦労を他所に、以前と同じ態度で接するのはギルフォード。あれほど事前にアッシュバーン辺境伯夫妻やミシェルに言葉遣いについて注意され、本人も神妙にうなずいていたのに、開始1秒でそれか!と突っ込みたくなる崩れっぷりだ。背後のミシェルの顔色が凄いことになっている。うん、私は赤の他人だからいいけどね。お兄ちゃんは連座だよね。
「今日は僕たちしかいないから、普通にしていいよ。ミシェルも!」
「殿下、そういうわけには参りません。ギルフォード、おまえも自重するように」
「むうぅぅ」
ミシェルににべもなく断られ口を尖らせる様子もまた愛らしい天使だ。遠くから見ていたら眼福なのだけど、正直……逃げたい。開始1秒で私も逃げたい。
誤解のないように言いたいけれど、私は彼が嫌いなわけじゃない。自分を慕ってくれるのはかわいいとは思う。ただ、私たちの間にはどうしても交わることが許されない壁がある。いくら殿下がそれを気にしないとしても、周囲はそうは思わない。どこで誰が見ているかわからない世界で、私のような身分のものがやすやすと殿下に近づいていいわけはないのだ。
それは実はアッシュバーン辺境伯家にも言えることではあるのだけど。ただ我が家がアッシュバーン家の庇護下にあるのは事実で、それを言い訳にできる点が殿下とは違う。うーん、なんというか……とにかく面倒くさい。
だから避けたい、というか逃げたい。それが、殿下に対して失礼なのだとわかってはいるのだけれど。
「今日は大人たちは誰もこないんだ。だからなんでもできるよ?」
「それなら模擬剣で撃ち合いでもするか!?」
「でも、それだとアンジェリカが遊べないよ?」
「こいつは体術が得意だからな! なんでもありの格闘技にするか!」
「だーかーらー!! ありもしないことをぺらぺらしゃべらないで! 私は体術なんか会得してません!」
「アンジェリカの体当たりは見事だったと、お祖父様も褒めてらしたぞ!」
「へぇ。アンジェリカはやっぱりほかの女の子と違うんだね」
そりゃ中身アラサーですから違いますけど! でもその評価はいただけないです!と反論したくなるのをぐっと抑える。殿下の背後には側付きの侍従だろう、中年の男性が控えている。いけない。ここでムキになってはいろんなものが失われてしまう……。
何をして遊ぶか、あーでもないこーでもないと言い合う幼児に、ミシェルがそっと切り出した。
「恐れながら殿下、お庭に出られてはいかがですか。冬枯れとはいえ王宮の庭の造りは見事ですし、迷子の生垣でしたらアンジェリカ嬢でも楽しめると思いますよ」
「そうだね。アンジェリカもそれでいいかな」
「はい、どうぞよろしくお願いします」
王宮の庭がどんなものか知らないが、ミシェルが言い出したことなら無茶なものでもないだろう。私たちは侍従の案内で外へ向かった。
迷子の生垣というのは、人の高さの生垣が作る迷路のことだった。大人ほどの高さはないが、私たちの背丈なら十分隠れてしまう。真ん中に高台があり、そこに登れば全体が見渡せる。
「アンジェリカ、そのまままっすぐ進んで、2つめの角を右に。その奥にギルフォードがいるぞ!」
高台からミシェルの声がする。私は両手で大きく丸を作って了解サインを出した後、指示に従って駆け出した。何をしているのかと問われれば……迷路を使った鬼ごっこだ。
「ギルフォード、見つけたわよ! 覚悟なさい!」
「まじか!? 早すぎだろ」
くすんだ金髪のつんつん頭を抱えるように彼がその場に座り込む。そんな彼を捕まえて私は高台へと戻った。
「あーあ、ギルフォードもあっという間につかまっちゃったかぁ」
既に捕まっていた殿下が苦笑いを浮かべて待っていた。
「やっぱりペアリングがよくないんだよ。兄上とアンジェリカが組んだら全然面白くない」
「速攻で捕まっちゃうよね」
頬を膨らませる少年2人を尻目に、私とミシェルはこちらも苦笑を隠せない。2人とも逃げ方がワンパターンで、なぜか袋小路へと突き進んでいくのだ。それを見逃すミシェルではない。すぐさま的確な指示を飛ばすし、私は私で、運動神経のいいアンジェリカの体をフルに使って全力で追い込む。結果、すぐに捕まってしまう幼児がぶーたれるというわけだった。
「よし、今度はペアを変えよう!」
「それいいな! じゃぁ俺と兄上が組むぞ」
「じゃぁ僕はアンジェリカと!」
笑いながら殿下がぱっと私の手を取った。
「あの、殿下? 手を繋いだらバラバラに逃げられませんよ?」
なぜかどきどきする胸を押さえつつも、握られた手から距離をとろうとした。殿下はそんな私が逃げないよう、手に力をぐっと込めた。
「今度は一緒に逃げる作戦! あ、ミシェルたちは高台使うの禁止ね。20秒数えたら追いかけてきていいよ」
「あ、あの、殿下!」
それだけ言い残し走り去る殿下に、手を取られた私も慌ててついていく。
「いーち、にー、さーん、しー……」
ギルフォードの声が高らかに響き出す。
「ほら、アンジェリカ! 捕まらないように遠くに逃げよう!」
「えっ!? でも……」
「早く!」
「は、はい!」
引きずられるまま、私たちはいくつかの角を曲がる。その先に小さな窪みがあり、殿下はそこに飛び込んだ。
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