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本編第一章

王都を後にします4

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「恐れながら、宰相様にご協力いただきたいことがあります。実は王都孤児院の子どもたちが、大教会の近くにお店を出す計画を立てています。今、出資者を募っているところですが、こちらの計画に、マクスウェル侯爵家もご協力いただけないでしょうか」
「王都孤児院だと? 初耳だが、なんの店だ?」
「ポテト料理を提供するお店です。孤児院の子どもたちが調理や配膳、会計などを担って運営するポテト食堂です」

 そう、この案は、私が孤児院支援のために考えた計画のひとつで、アッシュバーン家の居間で披露したプレゼンの最後に登場したものだった。

 継続的な支援のために何が必要か。そして子どもたちの将来のために何が足りないのか。それを突き詰めていくと、やはり「自分たちでお金を稼ぐ」のが良策ではなかろうかと考えた。そのためには自分たちが店を運営すればいい、という単純な考えだ。

 孤児院の子どもたちは、将来手に職をつけ自活できるよう、小さい頃から色々な技術を仕込まれる。ただしルルやシリウスのように、希望する職業に就けない者も大勢いる。

 そんな子どもたちが、押し付けられた手習いをすることなく、第二、第三の道を模索できたら、それは子どもたちによってよりよい未来につながるはずだ。お店で出した収益を元に、違う仕事に就きたいと思う子どもを支援する。ルルのように体が弱い子どもでも、就ける仕事の幅が広がるかもしれない。

「王都では新しく店を開くのは困難ですが、既に在住している者であれば比較的容易だと聞きました。孤児院のクレメント院長に打診して、大元の精霊庁にも確認してもらいましたが、出店自体には問題がないそうです」

 孤児院は精霊庁の管轄であり、土地自体も精霊庁のものだ。その辺りをクリアにしておかなければと思い、クレメント院長に確認してもらったところ、精霊庁のものではあるが、孤児院に無償貸与されている扱いとなっているそうで、孤児院の敷地内であればなんとでもなるとの返事をもらえた。

「なるほど。孤児院が自活の道を歩むのは悪くない話だ。だが、なぜポテト料理なのだ?」
「それは我が家がそのお店に出資するからです。ただし我が家には金銭的な余裕があまりないため、出資するのは金銭でなく、技術になります。ポテト料理のノウハウを孤児院に無償提供します」

 じゃがいもの食用化についてはクレメント院長も興味を持ってくださっていた。ポテトクッキーは子どもたちに大人気だったし、精霊祭でも完売した。そのノウハウを得られることは孤児院にとってもプラスになるし、何より子どもたち自身もおなかいっぱい食べることができる。

 そして、我が家にも実は大きなメリットがある。

「既にアッシュバーン辺境伯家とハイネル公爵家、それにバレーリ侯爵家も出資をお約束いただいています。さらにハイネル公爵家とバレーリ侯爵家には、お店が完成した暁には、住み込みでポテト料理のノウハウが学べるという特権を見返りとしてお約束しています」

 そう、騎士団のバレーリ団長の実家は海軍を持つ侯爵家だ。アッシュバーン家と同じく騎士を多く抱えている。バレーリ団長が甥である実家の侯爵に話をつけ、そのノウハウをバレーリ領にも広めたいという話になった。

 問題は、どうやって教えるか、だ。

 王都でポテト料理が提供されるのは騎士団とアッシュバーン家だけだが、騎士団に習いにくるのは公私混同になるためNGだ。うちから誰か派遣するにも人材が足りない。アッシュバーン本家がしたようにうちに料理人を寄越してくれれば喜んで教えるけれど、我が家は遠すぎるし、使用人部屋も限られるから一度に大人数は受け入れられない。なお、これは相手がハイネル公爵家でも同じだ。

 でも、もし王都でポテト料理を大々的に振る舞える場所があれば? 問題はあらかた解決する。王都であれば王国の中心であり、宿も多いから滞在場所にも困らない。タウンハウスを構えている貴族たちにとっても便利だ。

 王都にお店を構えて、そこで各領地の方々にポテト料理を提供する。まさに理想的な形だが、王都で新参者が店を構えることは極めて難しい。

 それなら、孤児院でお店を出してもらって、そこでポテト料理のノウハウを伝えればいいと考えたのだ。

 加えて孤児院の立地もまた理想的だ。孤児院は大教会の近くにあり、十分歩ける距離だ。そして大教会は観光スポットでもあり、社交シーズンでなくとも客足が途絶えない。おまけに飲食物を提供しているのは屋台がほとんど。ここに、きちんと食事がとれるお店を提供できれば絶対に成功すると、現場リサーチをして判断した。

 孤児院は自分たちの食糧事情を改善でき、かつ新たな収入源を得られる。我が家はダスティン領の名前が売れるし、何よりポテト料理を広く知らしめることができる。

 このお店で食事するのは王都在住の平民だけとは限らない。各地から集まってきた観光客も大勢くるだろう。彼らがポテト料理の味を覚え、それを故郷に広めてくれる。同時進行で騎士団の各地の砦でもポテト料理が広がっていく。点と点が次々と線で結ばれていき、そしてそれが面になる日も、そう遠い未来ではない。

 私の依頼に、宰相は口元を綻ばせた。

「いいだろう。マクスウェル侯爵家も出資させていただこう」
「あ、ありがとうございます!」

 アッシュバーン辺境伯家にハイネル公爵家、それにマクスウェル侯爵家。これだけ高位の貴族が集まれば、今後の展開もしやすい。我が家もぜひ、と声をあげる家がほかにも出てくるだろう。

 思っていた以上の大収穫に感無量になっていると、宰相が静かに口を開いた。

「そなたたちが頼んでくるとしたら、“ポテト料理を広げるために宰相である私に手を貸してほしい”という内容だと思っていた」

 それは以前、私が父を通じて送ってもらった手紙の内容だ。この画期的な案を宰相の手腕で王国全土に広めてもらえればと願っていた。結果は……以前の通りで。私は自分の計画の甘さに気付かされることになった。

 それをここで依頼することもできた。王都のたった一軒のお店から地味に広げるより、宰相の権力と王国の予算を使って一気に持っていく方がずっと早いけれど。

「今回は、宰相様でなくマクスウェル侯爵からのご依頼でしたので、マクスウェル侯爵にお願いしようと思いました。それに……」

 今回の依頼は侯爵夫人ノーラ様にポテト料理を提供するという私的なもの。それを叶えたからといって、宰相の権力をあてにするのは違うと思った。だから、出資を募るに留まった。

「それに、ポテト料理を広めるために、私個人にできることがまだまだあると思っています。最善の準備と最大限の努力をした上で、自信を持って広げられる見通しが持てたら……そのときはまた、謁見を申し込みます」

 今度はマクスウェル侯爵でなく、マクスウェル宰相宛に。場所も侯爵邸でなく、王宮の宰相室で。一国の宰相を相手に商談するというのは、それほどの準備と覚悟を得てからの話だ。

 私の答えに、マクスウェル宰相はまた、口元を綻ばせた。

「ふむ。バレーリ団長やロイドが言っていただけのことはあるな。アンジェリカ嬢。今後もよく学ばれよ」
「お言葉、しかと胸に刻みます」

 そうして私と父は侯爵家を後にしたのだった。






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