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本編第一章

昼食会にご招待です2

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 そしてメインディッシュを終え、じゃがいものアイスクリームで締めた昼食会は、ハイネル公爵にも満足いただく出来で無事終えることができた。その後は応接室に場所を移し、食後のお茶を楽しみつつ、本題へと入っていった。

「まず先に、男爵から頂いた手紙について話してもよろしいですかな?」
「もちろんですとも」

 エヴァンジェリンを通してハイネル公爵に渡した手紙、それは私が考案した(とされる)石灰を使った土壌づくりについての話題だった。石灰を混ぜた畑で育てたじゃがいもが例年よりもいい発育となった理由を、父やロイはなんとか解明しようとした。そこで地質学者として著名な公爵にその相談を持ちかけた、というわけだ。

 私こそ当事者だけど、ここは黙っていることにしようと思った。その方がきっと平和だ、うん。

「まずはじゃがいもの秋植えについてですがが、これは十分ありうると思いました。どこでも可能かといえばわかりませんが……比較的温暖な地域であれば可能性はあるでしょう。そもそも家畜の餌とされていたものですから、誰も2期作しようと思わなかった、と、そういうことかもしれません」
「秋は秋でサツマイモがありますしね。サツマイモは連作も可能ですから、わざわざじゃがいもに置き換える必要もなかったのでしょう」

 父が相槌を打つ。

「問題は、石灰を混ぜたことで土壌が変化したかもしれない、ということです。正直、そんな話は聞いたことがなかった。だが、その話から、私は中和と呼ばれる現象を思いついたのですよ!」
「それは先ほどの、じゃがいものエグ味を灰が打ち消した、という話と同じですか?」
「えぇ。もしかすると土壌の何かよくない成分が、石灰が持つ成分で打ち消され、その結果土壌が豊かになったのかもしれないと、そう考えましてね。いずれにせよもしそれが本当のことであれば学会発表ものです!」
「そ、そんなに珍しいことなんですか……」
「えぇもちろん! 画期的な研究になるでしょう。既に今注目を集めている分野でもありますからね。これにより痩せた土地が豊かになるのであれば、一種の農業革命とも言えます。いやぁ、私も俄然興味が湧いてきました! 自分の領地でも試したいところですが、我が領は十分土地が豊かですからね。できることなら男爵家に滞在させていただいて、可能な限り調べてみたいものです!」
「いや、その……! もしおいでになられるなら歓迎いたしますが……あの、なにぶん我が家は手狭でして……」

 思いもかけぬ方向に話が流れ、父はどぎまぎし始めた。決して公爵に来て欲しくないわけではなく、我が家では公爵をおもてなしする十分な手筈を整えることができないからだ。以前伯爵老がうちに来たときは、我が家が長らくアッシュバーン家の庇護下にあるというつながりがあったから、まぁ許されたわけで。おまけに伯爵老も事情を察して日帰りをしてくれた。

「いやいや! おもてなしは一切不要ですよ。私なら馬小屋の片隅でも貸していただければそれで十分ですから……!」
「う、馬小屋!? そそそそそんなことはできません!」
「そこをなんとか! こう見えて私は野宿にも慣れていましてね、ひとたび山に調査に入ると1週間はテント暮らしということもザラでしたから、馬小屋は高級宿と変わりません! ぜひご協力いただきたく……」
「お父様、そこまでです!」

 伸び上がるように我が父に迫るハイネル公爵を制したのは、凛とした涼やかな声だった。

「お父様、今日の目的はポテト料理をご馳走になることと、ダスティン男爵のご相談に答えること、それにエリオット様のお母様の件についてです。話が逸れておりますわ」
「いやいや、今まさに男爵の相談に答えているところだよ! この不思議な現象を解明するためにはやはり現地に入って……」
「ダスティン男爵領は我が家とは正反対の場所です。そこに出かけて、研究のためにどれだけ滞在するつもりですか。お父様には領主としての役目がおありでしょう? 春の作付けの時期に当主が不在など、精霊様になんと言い訳するつもりですか?」
「うっ……いや、春の作付けの時期は避けてだな」
「土壌と作物の研究ですわよね。時期を逃しては難しいのではないですか?」
「ほ、ほらっ、夏植えや秋植えの野菜もあるだろう!」
「領地をほったらかしにすることがそもそも許されません。例外は冬の社交シーズンの3ヶ月だけですわ。子どもでも知っている常識です」
「しかし……」
「お父様、不可能です」

 ぴしゃりとそう言ってのけた後、エヴァンジェリンは父に向き直った。

「我が父が現実離れしたとっぴょうしもないことを申し上げて本当にすみません」
「い、いいえ! 元はと言えばこちらから依頼したことですので」

 父は汗を拭きながら、公爵に向けても頭を下げた。エヴァンジェリンに言い込められた公爵は小さな背中をさらに小さくして、なんだかしゅん、としている。

 見かねたエヴァンジェリンが、はぁ、と息を吐いた。

「お父様、領地にいても協力できることがあるのではありませんか? たとえば男爵領の土のサンプルを取り寄せるだとか、石灰の成分について研究してみるだとか。やり方はいろいろあるはずです」
「……はっ! なるほど、その手があったか! 男爵、ぜひ土のサンプルを送ってくれませんか!」
「は、はい、そんなことでしたら喜んで」

 ようやく実現可能な案が出てきたことで、父は目に見えて安堵した。

「土のサンプルでしたらすぐにでも取り寄せましょう。執事に連絡して……おそらく王都においでの間にお届けできると思います」
「普通の土と、石灰を混ぜた後の土、それから念のため使用した石灰もいただけないでしょうか」
「大丈夫です」
「それから、サンプルの取り方についても注文があるのですが……ほかの菌が入らないような採取と梱包の方法を伝えたいのだが、そちらの執事とやらはそれが可能でしょうか」
「ご指示さえいただければご期待に添えると思いますよ。我が家の執事は王立学院の出身で、専攻こそは経営学でしたが、植物学も履修しておりました。今回の土壌の改良の件で公爵に相談することを提案してくれたのも、実は彼なのです」
「ほう、そんな優秀な者がおいでだったとは。その者の名は?」
「それが……」

 父が流石に話しすぎたかと一瞬口を噤む。我が家の執事・ロイは、学院の最終学年時に父親が奴隷売買に手を染めていたことが発覚するというスキャンダルの渦中に放り込まれた。彼の父や家族のことが連日報道され、学院内でもさまざまな噂が飛び交い、彼自身も非難の的となり、差別に苦しんだという。公爵が父やロイより一学年下なら、当然その話を知っているはずだ。

 だがここまで来て彼の名を告げないのはあまりにも不自然だった。父は意を決して口を開いた。

「我が家の執事は、ロイファン・コールドと申します。おそらく公爵も噂をご存知かと」
「ロイファン・コールド? まさか、あの……」

 子どものようにくるくると忙しなく動いていた公爵の瞳に驚きの色が満ちた。口の端から言葉にならない掠れた声が漏れる。

 ロイの本名を、私も知らなかった。けれど当時を知る人からすれば、忘れられない名前なのだろう。

「信じられない、まさか、そんな……」

 呻きのような声をこぼしたかと思うと、公爵は勢いよく立ち上がった。そのまま席を飛び出し、父に詰め寄る。その勢いは先ほどの領地滞在をごり押ししようとした時よりも遥かに優っていた。

「覚えているとも! 忘れるはずがない、植物学科のコールド先輩! 学生の身ながら教授陣も唸る研究を展開し、将来を嘱望されていた逸材じゃないか! 私もどれだけ彼に憧れたことか! 私が植物でなく地質学に地盤を移したのも、彼のような天才がいる分野ではとてもじゃないが活躍できないと思ったからなんだ。不名誉な噂を流され王都から姿を消したと聞かされたときは、植物学会の大いなる損失だと、彼を尊敬していた者たちは密かに嘆いたものだった……。それがまさか、男爵のところに身を寄せていらしたとは……!」

 一息で捲し立てる彼の瞳はいつのまにかうるみ、今にも泣き出しそうな形相だった。

「あぁ! かくなる上はなんとしても先輩にお会いしたい! 男爵、やはりあなたの領地にぜひともお邪魔させていただきたく! そして先輩と日が暮れるまで新しい土壌研究に邁進したい!」
「うっ……公しゃ……っく、苦し……!」

 感極まった公爵が父に抱きつき、しょっちゅう山籠りをしているという公爵の、小柄な身体からは想像もできな腕力で潰された我が父までもが涙目になったそのとき。

「お父様! いい加減になさいませと申し上げました!」

 慎ましやかなエヴァンジェリンが鬼の形相で父親を一括した。あまりの驚愕な展開に、辺りは静けさを取り戻した。






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