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本編第一章
提案申し上げます!3
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エヴァンジェリンはエリオットと私を交互に見て言葉を続けた。
「我が家の推薦状があれば、マクスウェル宰相も無碍にはできないはずです。わたくしがエリオット様と親しくしているのは宰相も当然ご存知ですし、発表会を通じてアンジェリカ様と知り合ったことも事実ですから、我が家がアンジェリカ様とエリオット様の橋渡しをした、という流れはとても自然です。といいますか、事実ですしね」
確かに、私とエリオットをつないでくれたのはエヴァンジェリンだ。嘘ではない。あくまで子どもレベルの付き合いではあるが。
「わたくしがアンジェリカ様からポテト料理のことを聞き、興味を持ったとしましょう。それを家族にも紹介します。そしてダスティン男爵家で発案されたポテト料理について問題がないことを、父に証明してもらうのです。さすがのマクスウェル宰相も、我が家の推薦をそう簡単には袖にできないでしょう」
「それは……名案だと思います。ですが、ハイネル公爵はそこまでご協力くださるでしょうか」
なんの後ろ盾もない、しがない男爵家で発案されたポテト料理、しかも材料は家畜の餌として流通しているじゃがいもだ。その料理について、ハイネル公爵がお墨付きをくださるのもまた、侯爵家に潜り込むことと同等に困難なように思えた。
だがエヴァンジェリンは優雅な笑みを浮かべ、心配ないと告げた。
「父は話のわかる人です。それに、おそらくポテト料理にも興味を持つと思います。むしろ率先して食べたがると思いますわ。何せ好奇心の塊のような人ですから」
彼女が愛情をこめて父親のことを話すのを見て、私はある事実を思い出した。
「エヴァンジェリン様のお父様は、確か学者だと聞いております」
「よくご存知ですわね。学者といいますか、研究者ですわ。お金にならない研究ばかりしていますもの。今は社交シーズンのためにこちらにきておりますけれど、社交より研究者の集まりに出席する方が多いくらいですのよ。今日も確か王立学院で開催されている学会に出席しているはずです」
「確かご専門は、地質学だと」
「はい。我が領は鉱山が多くありますので、その地質の研究をメインテーマにしています。ですが、知識欲の塊ですので、地質や土壌、そこに育つ作物などにも興味を持っていますの。家畜しか食べられないと思われていたじゃがいもを人間が食べられるものに変える手法があると聞けば、いの一番に飛んでいって食べようとするはずです」
孤児院の屋台で私が差し上げたクッキーは、タイミング悪く公爵の口には入らなかったらしい。また忙しくしている彼となかなか時間がとれず、クッキーの話もできていないそうだ。
「ですがこうした事情があるなら、なんとしても父にこの話をする時間を取りつけます。それから、アンジェリカ様はアッシュバーン辺境伯家に滞在されているのですよね? 確か辺境伯のお兄様が、王立騎士団にいらしたのでは?」
「はい。ご長男のロイド様は騎士団の副団長でいらっしゃいます」
「でしたら、男爵家の身元の証明はアッシュバーン家にお願いしてもいいかもしれませんわね。辺境伯家は侯爵家にも匹敵する身分です。より強固な推薦状になると思いますわ」
確かに、ダスティン家が長くアッシュバーン辺境伯の保護下にあることは社交界でもいくらか知られている。アッシュバーン辺境伯かロイド様、もしくは伯爵老あたりに頼めば身元の証明はしてくれるだろうし、その流れは不自然ではない。それにアッシュバーン家の料理人にポテト料理を教えたのはうちのマリサだ。伯爵老は彼女の料理を食べてもいる。完璧な推薦状になるだろう。
「そうと決まればまず父を説得します。ただ、おそらく父は自分で食べてみたいと言い出すと思いますが……それは可能でしょうか」
「たぶん、方法はいくつかあると思います」
たとえば騎士団寮で食べていただくことができそうだ。ロイド副団長に頼めば融通をきかせてくれる気がするし、もしくはアッシュバーン家に来ていただいて、そこで振る舞うという手もある。社交に精力的な辺境伯とパトリシア様なら、ハイネル公爵をお迎えすることを嫌がりはしないだろう。
「ではまずは父に話を通して、その後のことはまた相談いたしましょう」
「そうですね。なんだか楽しみになってきました」
「うふふ、わたくしもですわ。できることならその他のポテト料理も食べてみたいです」
「ぜひ! 私の一存では難しいかもしれませんが、どこかで披露できるかもしれません」
女の子同士きゃっきゃと今後の予定を詰めていると、横でエリオットが「おい」と呟いた。
「君たち、私の存在を忘れていやしないか?」
「あらエリオット様、いらしたのですね」
「……」
エヴァンジェリンが繰り出した冗談に彼は無言になり、そして私はぷぷっと吹き出したのだった。
帰り際、私は父から預かっていた手紙をエヴァンジェリンに渡すことにした。お茶会の状況を見て、渡せそうだったら渡して欲しいと父に頼まれていたものだ。男爵が面識のない公爵にいきなり手紙を出すのも本来なら非常識。だが、この流れなら問題ないだろうと判断した。
エヴァンジェリンはしっかりと頷きながら、手紙を受け取ってくれた。
「お預かりしますわ。必ず父に渡しますね」
「よろしくお願いいたします」
それは父から、地質学の著名な研究者であるソラス・ハイネル公爵に、あることを尋ねる内容だった。
「我が家の推薦状があれば、マクスウェル宰相も無碍にはできないはずです。わたくしがエリオット様と親しくしているのは宰相も当然ご存知ですし、発表会を通じてアンジェリカ様と知り合ったことも事実ですから、我が家がアンジェリカ様とエリオット様の橋渡しをした、という流れはとても自然です。といいますか、事実ですしね」
確かに、私とエリオットをつないでくれたのはエヴァンジェリンだ。嘘ではない。あくまで子どもレベルの付き合いではあるが。
「わたくしがアンジェリカ様からポテト料理のことを聞き、興味を持ったとしましょう。それを家族にも紹介します。そしてダスティン男爵家で発案されたポテト料理について問題がないことを、父に証明してもらうのです。さすがのマクスウェル宰相も、我が家の推薦をそう簡単には袖にできないでしょう」
「それは……名案だと思います。ですが、ハイネル公爵はそこまでご協力くださるでしょうか」
なんの後ろ盾もない、しがない男爵家で発案されたポテト料理、しかも材料は家畜の餌として流通しているじゃがいもだ。その料理について、ハイネル公爵がお墨付きをくださるのもまた、侯爵家に潜り込むことと同等に困難なように思えた。
だがエヴァンジェリンは優雅な笑みを浮かべ、心配ないと告げた。
「父は話のわかる人です。それに、おそらくポテト料理にも興味を持つと思います。むしろ率先して食べたがると思いますわ。何せ好奇心の塊のような人ですから」
彼女が愛情をこめて父親のことを話すのを見て、私はある事実を思い出した。
「エヴァンジェリン様のお父様は、確か学者だと聞いております」
「よくご存知ですわね。学者といいますか、研究者ですわ。お金にならない研究ばかりしていますもの。今は社交シーズンのためにこちらにきておりますけれど、社交より研究者の集まりに出席する方が多いくらいですのよ。今日も確か王立学院で開催されている学会に出席しているはずです」
「確かご専門は、地質学だと」
「はい。我が領は鉱山が多くありますので、その地質の研究をメインテーマにしています。ですが、知識欲の塊ですので、地質や土壌、そこに育つ作物などにも興味を持っていますの。家畜しか食べられないと思われていたじゃがいもを人間が食べられるものに変える手法があると聞けば、いの一番に飛んでいって食べようとするはずです」
孤児院の屋台で私が差し上げたクッキーは、タイミング悪く公爵の口には入らなかったらしい。また忙しくしている彼となかなか時間がとれず、クッキーの話もできていないそうだ。
「ですがこうした事情があるなら、なんとしても父にこの話をする時間を取りつけます。それから、アンジェリカ様はアッシュバーン辺境伯家に滞在されているのですよね? 確か辺境伯のお兄様が、王立騎士団にいらしたのでは?」
「はい。ご長男のロイド様は騎士団の副団長でいらっしゃいます」
「でしたら、男爵家の身元の証明はアッシュバーン家にお願いしてもいいかもしれませんわね。辺境伯家は侯爵家にも匹敵する身分です。より強固な推薦状になると思いますわ」
確かに、ダスティン家が長くアッシュバーン辺境伯の保護下にあることは社交界でもいくらか知られている。アッシュバーン辺境伯かロイド様、もしくは伯爵老あたりに頼めば身元の証明はしてくれるだろうし、その流れは不自然ではない。それにアッシュバーン家の料理人にポテト料理を教えたのはうちのマリサだ。伯爵老は彼女の料理を食べてもいる。完璧な推薦状になるだろう。
「そうと決まればまず父を説得します。ただ、おそらく父は自分で食べてみたいと言い出すと思いますが……それは可能でしょうか」
「たぶん、方法はいくつかあると思います」
たとえば騎士団寮で食べていただくことができそうだ。ロイド副団長に頼めば融通をきかせてくれる気がするし、もしくはアッシュバーン家に来ていただいて、そこで振る舞うという手もある。社交に精力的な辺境伯とパトリシア様なら、ハイネル公爵をお迎えすることを嫌がりはしないだろう。
「ではまずは父に話を通して、その後のことはまた相談いたしましょう」
「そうですね。なんだか楽しみになってきました」
「うふふ、わたくしもですわ。できることならその他のポテト料理も食べてみたいです」
「ぜひ! 私の一存では難しいかもしれませんが、どこかで披露できるかもしれません」
女の子同士きゃっきゃと今後の予定を詰めていると、横でエリオットが「おい」と呟いた。
「君たち、私の存在を忘れていやしないか?」
「あらエリオット様、いらしたのですね」
「……」
エヴァンジェリンが繰り出した冗談に彼は無言になり、そして私はぷぷっと吹き出したのだった。
帰り際、私は父から預かっていた手紙をエヴァンジェリンに渡すことにした。お茶会の状況を見て、渡せそうだったら渡して欲しいと父に頼まれていたものだ。男爵が面識のない公爵にいきなり手紙を出すのも本来なら非常識。だが、この流れなら問題ないだろうと判断した。
エヴァンジェリンはしっかりと頷きながら、手紙を受け取ってくれた。
「お預かりしますわ。必ず父に渡しますね」
「よろしくお願いいたします」
それは父から、地質学の著名な研究者であるソラス・ハイネル公爵に、あることを尋ねる内容だった。
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