上 下
174 / 307
本編第一章

提案申し上げます!3

しおりを挟む
 エヴァンジェリンはエリオットと私を交互に見て言葉を続けた。

「我が家の推薦状があれば、マクスウェル宰相も無碍にはできないはずです。わたくしがエリオット様と親しくしているのは宰相も当然ご存知ですし、発表会を通じてアンジェリカ様と知り合ったことも事実ですから、我が家がアンジェリカ様とエリオット様の橋渡しをした、という流れはとても自然です。といいますか、事実ですしね」

 確かに、私とエリオットをつないでくれたのはエヴァンジェリンだ。嘘ではない。あくまで子どもレベルの付き合いではあるが。

「わたくしがアンジェリカ様からポテト料理のことを聞き、興味を持ったとしましょう。それを家族にも紹介します。そしてダスティン男爵家で発案されたポテト料理について問題がないことを、父に証明してもらうのです。さすがのマクスウェル宰相も、我が家の推薦をそう簡単には袖にできないでしょう」
「それは……名案だと思います。ですが、ハイネル公爵はそこまでご協力くださるでしょうか」

 なんの後ろ盾もない、しがない男爵家で発案されたポテト料理、しかも材料は家畜の餌として流通しているじゃがいもだ。その料理について、ハイネル公爵がお墨付きをくださるのもまた、侯爵家に潜り込むことと同等に困難なように思えた。

 だがエヴァンジェリンは優雅な笑みを浮かべ、心配ないと告げた。

「父は話のわかる人です。それに、おそらくポテト料理にも興味を持つと思います。むしろ率先して食べたがると思いますわ。何せ好奇心の塊のような人ですから」

 彼女が愛情をこめて父親のことを話すのを見て、私はある事実を思い出した。

「エヴァンジェリン様のお父様は、確か学者だと聞いております」
「よくご存知ですわね。学者といいますか、研究者ですわ。お金にならない研究ばかりしていますもの。今は社交シーズンのためにこちらにきておりますけれど、社交より研究者の集まりに出席する方が多いくらいですのよ。今日も確か王立学院で開催されている学会に出席しているはずです」
「確かご専門は、地質学だと」
「はい。我が領は鉱山が多くありますので、その地質の研究をメインテーマにしています。ですが、知識欲の塊ですので、地質や土壌、そこに育つ作物などにも興味を持っていますの。家畜しか食べられないと思われていたじゃがいもを人間が食べられるものに変える手法があると聞けば、いの一番に飛んでいって食べようとするはずです」

 孤児院の屋台で私が差し上げたクッキーは、タイミング悪く公爵の口には入らなかったらしい。また忙しくしている彼となかなか時間がとれず、クッキーの話もできていないそうだ。

「ですがこうした事情があるなら、なんとしても父にこの話をする時間を取りつけます。それから、アンジェリカ様はアッシュバーン辺境伯家に滞在されているのですよね? 確か辺境伯のお兄様が、王立騎士団にいらしたのでは?」
「はい。ご長男のロイド様は騎士団の副団長でいらっしゃいます」
「でしたら、男爵家の身元の証明はアッシュバーン家にお願いしてもいいかもしれませんわね。辺境伯家は侯爵家にも匹敵する身分です。より強固な推薦状になると思いますわ」

 確かに、ダスティン家が長くアッシュバーン辺境伯の保護下にあることは社交界でもいくらか知られている。アッシュバーン辺境伯かロイド様、もしくは伯爵老あたりに頼めば身元の証明はしてくれるだろうし、その流れは不自然ではない。それにアッシュバーン家の料理人にポテト料理を教えたのはうちのマリサだ。伯爵老は彼女の料理を食べてもいる。完璧な推薦状になるだろう。

「そうと決まればまず父を説得します。ただ、おそらく父は自分で食べてみたいと言い出すと思いますが……それは可能でしょうか」
「たぶん、方法はいくつかあると思います」

 たとえば騎士団寮で食べていただくことができそうだ。ロイド副団長に頼めば融通をきかせてくれる気がするし、もしくはアッシュバーン家に来ていただいて、そこで振る舞うという手もある。社交に精力的な辺境伯とパトリシア様なら、ハイネル公爵をお迎えすることを嫌がりはしないだろう。

「ではまずは父に話を通して、その後のことはまた相談いたしましょう」
「そうですね。なんだか楽しみになってきました」
「うふふ、わたくしもですわ。できることならその他のポテト料理も食べてみたいです」
「ぜひ! 私の一存では難しいかもしれませんが、どこかで披露できるかもしれません」

 女の子同士きゃっきゃと今後の予定を詰めていると、横でエリオットが「おい」と呟いた。

「君たち、私の存在を忘れていやしないか?」
「あらエリオット様、いらしたのですね」
「……」

 エヴァンジェリンが繰り出した冗談に彼は無言になり、そして私はぷぷっと吹き出したのだった。




 帰り際、私は父から預かっていた手紙をエヴァンジェリンに渡すことにした。お茶会の状況を見て、渡せそうだったら渡して欲しいと父に頼まれていたものだ。男爵が面識のない公爵にいきなり手紙を出すのも本来なら非常識。だが、この流れなら問題ないだろうと判断した。

 エヴァンジェリンはしっかりと頷きながら、手紙を受け取ってくれた。

「お預かりしますわ。必ず父に渡しますね」
「よろしくお願いいたします」

 それは父から、地質学の著名な研究者であるソラス・ハイネル公爵に、あることを尋ねる内容だった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

悪役令嬢が死んだ後

ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。 被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢 男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。 公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。 殺害理由はなんなのか? 視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は? *一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...