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本編第一章

提案申し上げます!2

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「お恥ずかしながら我が領はとても貧しく、領民たちは毎年冬を越すのがやっと、という生活を送っています。もともと土壌が悪く、作物が育ちにくいのです。そのため主食となる小麦もほとんどとれません」

 我が領の面積や人口、それに対する収穫高について付け加えると、2人はようやく驚いた顔をした。

「毎年冬になると、領民のいくらかは、隣のアッシュバーン領に出稼ぎにいきます。アッシュバーン領には鉱山があるので、炭鉱で働くことで冬の間にお金を稼ぐのです。新年や精霊祭を家族ともに過ごせる家はとても少ないのです」

 ポテト料理を普及させたとはいえ、まだまだ不十分だったこともあり、今年も多くの領民がアッシュバーン領へと旅立っていった。来年はじゃがいもの作付け面積を増やす予定でいるから、もしかしたら状況は変わるかもしれないが。

 領地の男たちが、越冬準備にぬかりがないのは、女子供だけで冬を越さざるを得ない状況があるからだ。何かあっても彼らが助けてやることはできない。もちろん私たち領主一家やご近所で助け合う習慣はあるが、それでも不十分なことはある。医療水準が低いこともあり、毎年生まれる赤ん坊のうち、何人かは冬を越えられない。

「領民たちがおなかいっぱい食事がとれるのは、せいぜい1年のうち数度。領内でのお祭りのときくらいです。大した実りがなく、輸出入で外貨を稼げるような特産もない我が領では、それが実情なのです」

 だからこそ、じゃがいもの食用化は私たちにとっての希望だった。そして、その希望はもっと大きな規模になりつつある。

「お2人とも、20年前のトゥキルスとの戦争についてはご存知ですよね? あの戦争が隣国の食糧不足に端を発していたことも」
「あ、あぁ、もちろん。歴史の授業で習ったぞ。だが、それは20年前の話だろう? 今はいろんな意味で落ち着いていると聞いているが……」
「そうですね。今すぐどう、ということはないでしょう。ですが、完全に安寧とも言い難いのです。ひとたび旱魃などの自然災害が起これば、どうなるかはわかりません」

 だからこそ、食糧事情を抜本的に改革する必要があり、それにじゃがいもという食材が打って付けであることを説明した。現にこの考え方はアッシュバーン辺境伯家に受け入れられ、彼の地では騎士団の拠点である地域を中心に、平民の間にも浸透しつつある。

そしてそれが王立騎士団にも採用されたことを改めて打ち明けると、2人はようやく事の重大さを理解したようだった。

「騎士団がポテト料理を採用しているのか!?」
「王都の騎士のみなさんは毎日、既にポテト料理を召し上がっているということですの?」

 一介の男爵領での話でなく、高位貴族であるアッシュバーン家、そして王国の砦ともいえる騎士団での採用の話は、彼らにも殊更響いたようだった。その流れで、私がなぜ冬の社交シーズンを王都で過ごすことになったのかも付け加える。

 彼らに説明しながら、自分で言うのもなんだがなかなか壮大なストーリーだよな、と思う。その話についてこられる彼らもまた、十分すごいのだけど。

「というわけで、ポテト料理のレシピは決して門外不出というわけではございませんのでご安心ください。クッキーのレシピでしたら今すぐにでもお伝えできますわ。ただ、じゃがいものアク抜きには、もしかすると多少コツがいるかもしれませんので、できれば厨房で働く方に直接指導できたらと思うのですが……」
「え、そんなこともできるのか?」
「はい。もともと騎士団寮でも住み込みで方法を伝授しているくらいですから。とはいえ、王都に連れてきている我が家のキッチンメイドは、平日は騎士団での仕事がありますので、週末しか身体が空かないのですが……」

 本当は私でも継母でもやれるのだが、さすがに貴族籍にある私たちが他所様の厨房に立つのは不自然だ。アッシュバーン家ではシンシア様が率先して立っていらっしゃるから許されているだけだ。ついでに言えば、こういう話になるとは思ってもいなかったので、マリサの了解もとっていない。休みなく連続で働かせるのはさすがにひどいので、調整は必要になるだろう。

「ただ、ひとつ問題がありまして」
「なんだ?」
「我が家は男爵家です。下位貴族であるうちのメイドが、侯爵家の厨房に入るというのはハードルが高いのではと思うのです」

 言うなれば村人その1が国会議員や大臣クラスの家に入って働くということだ。しかも厨房という、その家の中心に。侯爵家ともなれば使用人はもちろん、出入りの業者まで徹底的に出自や行動を調べられていることだろう。怪しい人間を厨房になど入れてしまって毒でも仕込まれたら大変だ。

 無難にこの問題を解決しようと思えば、クッキーのレシピだけを伝えればいい。アク抜きのコツがいるかもしれないが、プロの料理人が何人もいるのだ、どうにかできないことはないはず。

 だが、本当にクッキーだけで終えてしまっていいのか、という問題がある。当然ながらクッキーではなんの栄養にもならない。それよりも侯爵夫人が食事をもっとたくさんとってくれるようになることが大切だ。彼女がポテトクッキーの何を気に入ってくれたのかわからないが、じゃがいもという食材が口に合う可能性もある。それならクッキーにとどまらず、ポテト料理全体を伝授した方がいいのではないか。

 そんな話をエリオットにすると、彼は力強く頷いた。

「確かにそうだな。私もそうしてもらえると嬉しい」
「問題は、どうやって許可をとるか、ということなのですが……」
「心配ない、私が父を説得してみよう」
「エリオット様、それは……難しいと思います」

 私がやんわりと止めると、彼はなぜだ、と食ってかかってきた。

「父も母上のことは気にかけている。クッキーの話をすれば、きっと興味を持ってくださるに違いない」
「そう簡単に運べばよいのですが……」

 なにせ相手が大きすぎる。マクスウェル家はただの侯爵家ではない、宰相家でもある。身分だけでいえばハイネル公爵家の方が上だが、国の中枢を担うミーシャ様の存在は、王族を除くすべての貴族の頂点にあるといってもいい。そんな彼の住まう屋敷で、彼の奥方に食べさせる物を調理させるのだ。いくら奥方が興味を持ってくれたとはいえ「はいどうぞ」といかないのは明白だ。

 加えて我が家は、マクスウェル宰相にポテト料理について進言し、断られた過去がある。父の推察では、完全に見切ったわけではないとのことだったが、このような形で己の懐にポテト料理の手法が侵入してくることを、おそらく宰相はよくは思わないだろう。

 それをどう説明しようかと迷っていると、思いがけぬ援護射撃が出た。

「では、ハイネル公爵家が推薦状をつけたらいかがでしょう」
「えっ?」

 提案をしたのは当然ながらエヴァンジェリンその人、だった。




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