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本編第一章
発表会のその後です2
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ハイネル公爵令嬢とのまさかの邂逅に、「悪役令嬢」と口にしそうになるのを必死で飲み込んだ私は、すぐさま淑女の礼をとった。
「昨日はお疲れ様でございました」
「そちら様も。突然お声がけして申し訳ありません」
銀髪の涼やかな少女は、今日も美しい凛とした姿でそこに立っていた。昨日のドレスと違い、今日は黒のコートにふんわりとした薄紫のドレスを着ている。頭にはボンネットの帽子をかぶり、顎のところを白いリボンでまとめている。足元は黒い編み上げブーツだ。いかにも貴族令嬢の町歩き、といった風情に、通りをいく人たちも顔を綻ばせて見つめている。
彼女の後ろには侍女と思われる女性と護衛の騎士2人がついていた。目線を少しさげ、私たちを直視しないよう気を付けているあたり、さすがは教育の行き届いた公爵家の使用人たちだ。
「ハイネル公爵令嬢こそ、発表会にご出演いただきありがとうございました。素敵な演奏でした」
「私など、皆様のお耳汚しでしたわ。本当はもっと練習を重ねてからにしたかったのですけれど、母がどうしても参加しろと申しまして……でも、参加してよかったと思っています。初めての大舞台でしたけれど、楽しめましたわ」
「皆様がハイネル公爵令嬢のお姿に見惚れておられました」
「ただ物珍しかっただけですわ。我が家は長いこと領地に引っ込んでいて、久々に王都に参りましたもの」
謙遜しながらも丁寧な言葉遣いに、私は心の中で首を傾げていた。
(昨日も思ったんだけど、この子、そんなに悪い子に見えないのよね)
前世の妹の話では、身分を嵩にきて平民を見下し、それゆえに平民上がりで男爵家でしかないアンジェリカをことあるごとに虐げて、攻略対象との仲を邪魔してきたということだったが、今の彼女にそうした蔑みの様子はない。それともまだ小さいから傲慢さを身につけていないだけだろうか。
そんなことをつらつら考えていると、エヴァンジェリンは私の背後にいる2人に目線を向けた。
「アニエスさんとシリウスさんでしたわね。昨日の舞台でご一緒した」
「は、はい!」
緊張したアニエスの声が裏返る。シリウスは軽く頷き、目線を少し下げた。
「お2人の演目、とても素敵でしたわ。わたくし、感動いたしました」
「と、とんでもございません!」
「……ありがとうございます」
緊張するアニエスと、いつもと同じ態度のシリウス。エヴァンジェリンはそんな2人を交互に見遣った。
「その才能をどうか、存分に生かしてください。我がハイネル家も微力ながら、お手伝いをさせていただきたく思います」
そして彼女は、ハイネル公爵家が2人の里親として名乗りをあげたことを告げた。
「あ……ありがとうございます!」
アニエスが返事する横で、まさかの展開に私はあんぐりと口を開けてしまった。有力な貴族が里親に立候補してくれたらいいなとは思っていたが、まさか当代きっての名門、ハイネル公爵家がついてくれることになるとは夢にも思っていなかった。
ハイネル公爵家は建国以来の名門で、公爵の冠を戴くことからもわかるとおり、始祖は王族である。その後も何代にも渡って王妃を輩出したり、王族の方のご降嫁があったりと、血筋の良さは超一流だ。もちろん家柄が良いだけでなく、その広大な領地も潤っている。地の精霊の加護を受ける領地は土地も肥えており、農作物の生産も盛んだ。また鉱山も多い。アッシュバーン領が銀や鉄や錫、石炭など実用的な鉱石を多く輩出するなら、こちらはダイヤモンドや水晶などの宝飾品となる鉱石が多くとれる。領土の豊かさでは王国1、2位を争う、潤い具合だ。
さらに現ハイネル公爵は領地に留まっているが、彼の弟にあたる人は王国の文官のトップとなる文部大臣を務めている。ちなみに軍部のトップはバレーリ騎士団団長だ。軍部と文部のさらに上にマクスウェル宰相がいる形になる。
名実ともに王国の中枢にいるハイネル公爵家。そんなお金持ちの貴族がバックについてくれたとなれば、2人の夢が現実に近づく大きな助けとなるだろう。思っていた以上のビッグな魚が釣れて、私は口をぱくぱくさせていた。
そんな役立たずな私の横で、シリウスはいつもの通り冷静に受け答えをしていた。
「ハイネル公爵令嬢のご厚意に感謝申し上げます。これからも研鑽を積んでまいります」
「いつかわたくしは、あなた方と同じ舞台に立てたことを、人に自慢できるようになるでしょう。その日が楽しみです」
優雅に微笑む公爵令嬢と、身なりは質素ながらも佇まいがどこか清々しいシリウス。これはこれで絵になる麗しさに、ついぼーっとしてしまう。
眼福と思える光景に浸っている私の耳に、今度はルルの大声が聞こえてきた。
「お客様、それは困ります!」
「なぜだ! 金は出すと言っているだろう!」
「でも、困るんです……」
彼女と言い争っているのは、同じ歳くらいの小さな男の子だった。黒い癖毛が揺れているのが後ろからでもわかる。
「すみません、ハイネル公爵令嬢、失礼します!」
高位貴族であるエヴァンジェリン嬢への挨拶もそこそこに、私はルルの方に駆け寄った。
「昨日はお疲れ様でございました」
「そちら様も。突然お声がけして申し訳ありません」
銀髪の涼やかな少女は、今日も美しい凛とした姿でそこに立っていた。昨日のドレスと違い、今日は黒のコートにふんわりとした薄紫のドレスを着ている。頭にはボンネットの帽子をかぶり、顎のところを白いリボンでまとめている。足元は黒い編み上げブーツだ。いかにも貴族令嬢の町歩き、といった風情に、通りをいく人たちも顔を綻ばせて見つめている。
彼女の後ろには侍女と思われる女性と護衛の騎士2人がついていた。目線を少しさげ、私たちを直視しないよう気を付けているあたり、さすがは教育の行き届いた公爵家の使用人たちだ。
「ハイネル公爵令嬢こそ、発表会にご出演いただきありがとうございました。素敵な演奏でした」
「私など、皆様のお耳汚しでしたわ。本当はもっと練習を重ねてからにしたかったのですけれど、母がどうしても参加しろと申しまして……でも、参加してよかったと思っています。初めての大舞台でしたけれど、楽しめましたわ」
「皆様がハイネル公爵令嬢のお姿に見惚れておられました」
「ただ物珍しかっただけですわ。我が家は長いこと領地に引っ込んでいて、久々に王都に参りましたもの」
謙遜しながらも丁寧な言葉遣いに、私は心の中で首を傾げていた。
(昨日も思ったんだけど、この子、そんなに悪い子に見えないのよね)
前世の妹の話では、身分を嵩にきて平民を見下し、それゆえに平民上がりで男爵家でしかないアンジェリカをことあるごとに虐げて、攻略対象との仲を邪魔してきたということだったが、今の彼女にそうした蔑みの様子はない。それともまだ小さいから傲慢さを身につけていないだけだろうか。
そんなことをつらつら考えていると、エヴァンジェリンは私の背後にいる2人に目線を向けた。
「アニエスさんとシリウスさんでしたわね。昨日の舞台でご一緒した」
「は、はい!」
緊張したアニエスの声が裏返る。シリウスは軽く頷き、目線を少し下げた。
「お2人の演目、とても素敵でしたわ。わたくし、感動いたしました」
「と、とんでもございません!」
「……ありがとうございます」
緊張するアニエスと、いつもと同じ態度のシリウス。エヴァンジェリンはそんな2人を交互に見遣った。
「その才能をどうか、存分に生かしてください。我がハイネル家も微力ながら、お手伝いをさせていただきたく思います」
そして彼女は、ハイネル公爵家が2人の里親として名乗りをあげたことを告げた。
「あ……ありがとうございます!」
アニエスが返事する横で、まさかの展開に私はあんぐりと口を開けてしまった。有力な貴族が里親に立候補してくれたらいいなとは思っていたが、まさか当代きっての名門、ハイネル公爵家がついてくれることになるとは夢にも思っていなかった。
ハイネル公爵家は建国以来の名門で、公爵の冠を戴くことからもわかるとおり、始祖は王族である。その後も何代にも渡って王妃を輩出したり、王族の方のご降嫁があったりと、血筋の良さは超一流だ。もちろん家柄が良いだけでなく、その広大な領地も潤っている。地の精霊の加護を受ける領地は土地も肥えており、農作物の生産も盛んだ。また鉱山も多い。アッシュバーン領が銀や鉄や錫、石炭など実用的な鉱石を多く輩出するなら、こちらはダイヤモンドや水晶などの宝飾品となる鉱石が多くとれる。領土の豊かさでは王国1、2位を争う、潤い具合だ。
さらに現ハイネル公爵は領地に留まっているが、彼の弟にあたる人は王国の文官のトップとなる文部大臣を務めている。ちなみに軍部のトップはバレーリ騎士団団長だ。軍部と文部のさらに上にマクスウェル宰相がいる形になる。
名実ともに王国の中枢にいるハイネル公爵家。そんなお金持ちの貴族がバックについてくれたとなれば、2人の夢が現実に近づく大きな助けとなるだろう。思っていた以上のビッグな魚が釣れて、私は口をぱくぱくさせていた。
そんな役立たずな私の横で、シリウスはいつもの通り冷静に受け答えをしていた。
「ハイネル公爵令嬢のご厚意に感謝申し上げます。これからも研鑽を積んでまいります」
「いつかわたくしは、あなた方と同じ舞台に立てたことを、人に自慢できるようになるでしょう。その日が楽しみです」
優雅に微笑む公爵令嬢と、身なりは質素ながらも佇まいがどこか清々しいシリウス。これはこれで絵になる麗しさに、ついぼーっとしてしまう。
眼福と思える光景に浸っている私の耳に、今度はルルの大声が聞こえてきた。
「お客様、それは困ります!」
「なぜだ! 金は出すと言っているだろう!」
「でも、困るんです……」
彼女と言い争っているのは、同じ歳くらいの小さな男の子だった。黒い癖毛が揺れているのが後ろからでもわかる。
「すみません、ハイネル公爵令嬢、失礼します!」
高位貴族であるエヴァンジェリン嬢への挨拶もそこそこに、私はルルの方に駆け寄った。
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