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本編第一章

発表会がはじまります2

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*孤児院のネリーの名前をアニエスに変更しました。サリー、ミリーなど似た名前が多くて……




 女子控え室に連行された私は、そのまま続き部屋に押し込められた。ここが衣装替えの部屋になっているらしい。私以外の出演者はもう着替えを終えているようで、誰も人がいなかった。(ちなみに更衣室に連れ込まれる前にエメリアと目が合い「あぁやっぱり」という生暖かい目で見送られた……)

「あの、パトリシア様。私、今日はシリウスとの連弾なので、あまりきらびやかな恰好はちょっと……」

 さきほどちらりと見た控え室の貴族の女子たちはそれはそれは華やかな衣装に身を包み、リハーサルを待っていた。

 それに引き換え、シリウスとアニエスはかなり簡素な恰好をしている。2人とも白いシャツに、シリウスが臙脂のタイと黒いパンツ、アニエスはベージュのキュロットだ。彼らにしてはそれでも十分に整った恰好だ。

 そのシリウスの隣に座るのに、私だけがぴらぴらしたドレスを着るのは違うと思ったのだ。

 心配な視線を送る私に、パトリシア様は「大丈夫よ」と大きく頷いた。





 そうしていろいろ揉みくちゃにされること30分後。

「あら、やっぱりかわいいわ。さすがアンジェリカちゃん!」

 メイド軍によって磨き上げられた私の姿に、パトリシア様は満足そうだった。彼女が用意してくれたのはベルベット素材のワンピースドレス。色は深いワインレッド。足元の靴も同じ色だ。スカート丈は膝より長く、パニエでふんわりとはさせているが、わさわさと邪魔になる程度ではない。腰のところを黒いリボンでしめ、後ろに長く垂らしている。襟元は白いブラウス調になっており、品のよい仕上がりだ。これなら派手すぎないし、加えてシリウスのタイと同色になるから、彼の隣に座ってもそれほど浮きはしないだろう。

 ストロベリーブロンドの髪は耳元だけすくって後ろで大きなリボンをつけてもらった。アンジェリカの髪は長いから、これだとピアノを弾いているときに垂れてくる心配がない。またうっすらと化粧も施されて、さくらんぼのような唇がいつもに増してぷっくりと艶やかだった。

「あの、パトリシア様、ありがとうございます、メイドの皆さんも……」

 ここまで綺麗に仕上げてもらって、礼を言わないわけにはいかない。メイド軍の皆様も自分の仕事に「感無量!」という表情で熱い視線を送ってくる。

「やっぱりかわいい子は着飾り甲斐があるわ。それにこの衣装ならほかの子たちにも引けを取らないでしょう」
「え?」
「今日は出演者のご家族だけでなく、多くの貴族が集まるわ。そんな舞台で、いくら立場的に“おまけ”だと言っても、あなたはダスティン男爵令嬢よ。領地の大きさなどに関係なく、ひとりの貴族令嬢として人前に出るのだということを、決して忘れてはいけないわ」
「パトリシア様……」

 彼女の言葉に思わずはっとした。

 私自身、今日はシリウスのおまけで、またシリウスやアニエスのパトロンとなってくれる“里親”を見つけることが目的だから、自分のことなど二の次だった。当然衣装などもこだわらないし、それでいいと思っていた。

 けれど今日この舞台に集まってくる大勢の貴族たちはそんなことは知らないし、そもそも私が裏方として動いていることも知らないわけで。そんな彼らから見た私は、ほかの誰でもない、「ダスティン男爵令嬢」だ。そんな私が、ほかの貴族の子どもたちから明らかに見劣る恰好でステージに立ったらどうなるかーー。貴族のほとんどがうちの家名など知らないだろうし、そもそも位の低い男爵ということではじめから注目されることはないにしても、確実に失笑は買うだろう。「誰だ、あのみすぼらしい令嬢は?」と。それは父の名にも家名にも傷をつけることになる。

「……パトリシア様、申し訳ありませんでした」
「あらあら、謝る必要などどこにもないのよ? アンジェリカちゃんはまだ6歳ですもの。ひとつずつ学んでいけばいいのよ」

 そうして優雅に微笑む姿は、さすがは高位貴族、アッシュバーン辺境伯爵夫人に相応しい佇まいだった。




 メイドたちに最終チェックをしてもらって、続き部屋を出る。控え室にいる女の子たちの姿は半分くらいに減っていた。きっとリハーサルに順番に呼ばれているのだろう。

 続き部屋に入ったときはパトリシア様とメイド軍の勢いに皆が注目していたが、今は私に対して、残った数少ない少女たちと、その付き人と思われる人たちの視線が一斉に突き刺さった。

(な、何? 私、どこか変??)

 慌てて自分のドレスを見直す。別にスカートがめくれているわけでもストッキングが伝染しているわけでもない。

 きょろきょろする私にパトリシア様がそっと耳打ちした。

「堂々としてなさい、皆、あなたに見惚れているだけだから」
「えぇ!?」

 小さく驚いた私はもう一度顔をあげる。先ほどまでのかまびすしいおしゃべりは形を潜め、皆言葉もなく私を見ていた。見開かれた目、そこの映る驚き、羨望、嫉妬。まだ学院にも入れない年頃の女の子たちの、すでに出来上がった目線。

(これは、見覚えがあるわね)

 忘れもしない、ギルフォードの誕生会。あのときも近隣の貴族令嬢が招かれていたが、彼女たちから似た視線を浴びせられた。実に子どもらしくないなと思ったものだが、どうやらこの世界ではこれが普通らしい。いや、この世界の貴族にとっては、と言うべきか。

 かといって私はこれらを受けて立つつもりはない。彼女たちとは争うべき立場にないのだし。

 そう考えて、パトリシア様に促されるままに隅っこの椅子に移動した。皆の視線もついてくるけれど、もう気にしないことにした。

 そうして椅子に腰掛けたとき、「アッシュバーン伯爵夫人」とパトリシア様に声をかける人がいた。

「あら、あなたは確か……」

 振り返ったパトリシア様が優しげな笑みを浮かべる。つられて声の主を辿った私は、思わず「あっ!」と声をあげそうになるのを必死で飲み込んだ。

「不躾にお声がけをしてしまい、申し訳ありません。ハイネル公爵長女、エヴァンジェリンでございます」

 淡いブルーのドレスをひらめかせ、優雅に膝を折るのは、私と年端も変わらぬ美しい少女。

 ゆるやかに波打つプラチナブロンドにアメジストの瞳を持つ、人形のように完璧な美しさを、私は家の図書室で何度も見返していた。正確に言えばその絵姿を。

 王国に5家しかない公爵家の中でも、ひときわ隆盛を誇るハイネル家。その長女はーー。

(出たぁ! 悪役令嬢――!!)

 妹が熱く語る乙女ゲームとやらの悪役令嬢、その人だった。



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