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本編第一章
精霊祭がやってきました2
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大盛況の騎士団ブースを通り過ぎて、次に向かったのは一際賑やかな屋台通りだ。この通りを抜けた先に大教会がある。
人波をかき分けながら歩く私の耳に、かわいらしいながらもよく通る、鈴のような声が響いてきた。
「いらっしゃいませ! ハムレット・マニアの特別店舗、本日限りのご奉仕ですわ!」
「キャロル! 調子はどう?」
「まぁ、アンジェリカ様! えぇ、おかげさまで上々ですわ。アンジェリカ様のアドバイスのおかげです」
出店の先にいたのは、ブルーのエプロンドレスに銀縁眼鏡、ハムレット商会の双子の片割れ、キャロルだ。発明が大好きな彼女は、8歳という若さながら“ハムレット・マニア”という店舗を任されているが、今日は精霊祭のため、特別にこの通りに出店していた。
「うちは毎年、精霊祭はおやすみでしたのよ。貴族も平民も、皆祭に行ってしまいますから、商会にも商店にもお客様がこないのです。それに“ハムレット・マニア”も、どちらかというと店舗経営向きで、このような屋台には向きませんから。でも、アンジェリカ様からアイデアをいただいてこうして初めて参加できましたわ。本当にありがとうございます!」
「いいえ、私はつらつらと思ったことを口にしただけよ。それを形にできるキャロルの方がすごいわ」
言いながら出店ブースを見渡す。ブースの中は主に子どもたちで大賑わいだ。その子どもたちの奥に、鮮やかな赤い髪がぴょこぴょこ動くのが見えた。
「ライト!」
「おぉ! アンジェリカ嬢」
「驚いた! あなたがキャロルのお手伝いをしてるなんて」
双子のもうひとり、兄のライトネルとキャロルは、似たもの同士の由縁か犬猿の仲だ。とはいえ本質はそっくりなので協力し合う場面もしばしば見られるのだが。
今回も、意気投合するようなきっかけがあったのだろうかと、彼に問いかけると、碧の瞳を大きく歪ませた。
「本当は協力なんてしたいものか! でも今日は従業員のほとんどが休みで、キャロルひとりじゃどうにもならないから、オーナー命令で仕方なく手伝ってるんだよ」
オーナーというのは双子の父だ。将来、優秀な方にハムレット商会を継がせるという指針のもと、かなりアグレッシブな子育て方針を打ち出しているオーナーの命令とあれば、断ることもできないだろう。
「おや、これはこれはアンジェリカ様ではないですか」
「ショーンさん、こんにちは。ショーンさんも出勤だったんですね」
キャロルの店、ハムレット・マニアの副店長、ショーンさんはロマンスグレーの落ち着いた男性だ。どうやら今日はキャロルとライトネル、ショーンさんの3人で店を切り盛りしているらしい。
「私たちだけではありませんよ。じつは裏方でミシェル様にもお手伝いをいただいています」
「ミシェルが!? こんなところにいたのね」
私は忙しいショーンさんにお礼を言って裏に回ってみた。するとたくさんの箱に囲まれ、景品の準備をする少年の姿があった。
「ミシェル、おつかれさま」
「やぁ、アンジェリカ」
「あなたもお手伝いに駆り出されているってきいて」
「そうなんだ。“おまえが言い出しっぺなんだから手伝え”って、よくわからない理由で引き止められてしまってね」
「まぁ、ライトったら、それであなたをタダ働きさせてるの?」
辺境伯爵家の御曹司が埃っぽい裏方仕事に徹しているのを見て、思わず笑ってしまった。
「さすがに表に出るのはまずいからね。知り合いが通るとも限らないし。それに、ライトのキャロル嬢への嫉妬がこの程度でおさまるなら安いものだよ」
「やっぱり、ライトは根っから協力的というわけではないのね。さっきもお父様の命令だって言ってたわ」
「口ではそう言うし、心の中でキャロル嬢の才能に嫉妬しているのも本当だろうけど、実際は楽しんでやってるよ」
そう言ったすぐ傍から、カラカラカラーンという威勢のいい鐘の音とライトネルの声が聞こえてきた。
「お客様、大当たりです! 3番の景品は……大きなクマのぬいぐるみです、おめでとう!」
大きな拍手と歓声も合わせて聞こえてくる。
「それにしても、この企画、面白いね。えっと……輪投げって言うんだっけ? アンジェリカが考えたんでしょう?」
「え? えぇ、まぁ」
「輪を投げて、見事ひっかかったところの番号に合わせて賞品をプレゼントっていうアイデアが斬新だね。大人から子どもまで参加できるし、何が当たるかわからないどきどきもあるし」
「しかも、欲しい賞品が当たるまでやりたいって客も出てきて、まったくいい商売だよ!」
ミシェルとの会話に弾んだ声で割り込んできたのはライトネルだ。目玉商品が当たってしまったので、めぼしいものを補充しにきたようだ。
「惜しむらくは、なんでハムレット・マニアの出店になるのかって、ことだよな」
愚痴る彼に、私は肩を竦めて答えた。
「だって……こんなの富裕層向けのハムレット商会でも外商部でも、日用品を扱うハムレット商店でも無理でしょう?」
「そうだけどな!」
若干ふてくされつつ、彼は新しい賞品をつかんで、店に戻っていった。残された私たちは目を見合わせて笑いを噛み殺す。
そう、本日のハムレット・マニアは、商品を並べて販売するのでなく、輪投げゲームを提供している。ミシェルを通じて発表会の宣伝と、叶うことなら出店をお願いできないだろうかと打診したところ、前者はOKだったが、後者は難色を示された。貴族向けの商品を露店で扱うわけにはいかないし、日用品は目新しさがない。残るはキャロルのお店の商品だが、こちらは用途などをじっくり説明しなければならないものが多いため、人の出入りが多い露店には向かない。
申し訳ないのだけれど……とお断りの返事を持ち帰られたとき、「だったらゲームを提供してみたら?」と私から提案してみたのだ。
私の頭にあったのは、前世の日本で体験した夏祭りの屋台だ。たこ焼きやヨーヨーなど、食べ物や物品を売る夜店に混ざって、射的や金魚すくいといったゲーム性のある夜店も数多くあった。それを思い出してのことだ。ただしこの世界にはまだ鉄砲がないから射的は難しかったので、輪投げに変更してみたのだが。あと金魚すくいも、あの薄い紙製の網が技術的に難しそうだったので、金魚(というか小魚)釣りとして提案してみた。
それを聞いた双子は一瞬ぽかんとした後、2人して手を取り合い、怒涛の勢いでアイデアを出しまくったらしい。うん、皆まで聞かずともわかるよ。
ちなみにキャロルは輪投げより魚釣りに興味津々だったが、さすがに道具(というか小魚)を集めるのは難しいだろうと、今回は見送られた。
そして大急ぎで輪投げ用の道具が作成され、今日に至るというわけだ。距離や角度を違えた、番号がふられた棒に輪を投げ込む、至ってシンプルなゲーム。入った番号に応じて渡される賞品はお店の売れ残った在庫、ということで、在庫整理にもなって一石二鳥というわけだ。
企画を面白がった双子はお礼にと、事前のビラ配りも積極的に行ってくれた。今日の目玉、大教会での発表会には大勢の観客が集まるに違いない。
私は彼らに別れを告げ、いよいよ大教会へと向かった。
人波をかき分けながら歩く私の耳に、かわいらしいながらもよく通る、鈴のような声が響いてきた。
「いらっしゃいませ! ハムレット・マニアの特別店舗、本日限りのご奉仕ですわ!」
「キャロル! 調子はどう?」
「まぁ、アンジェリカ様! えぇ、おかげさまで上々ですわ。アンジェリカ様のアドバイスのおかげです」
出店の先にいたのは、ブルーのエプロンドレスに銀縁眼鏡、ハムレット商会の双子の片割れ、キャロルだ。発明が大好きな彼女は、8歳という若さながら“ハムレット・マニア”という店舗を任されているが、今日は精霊祭のため、特別にこの通りに出店していた。
「うちは毎年、精霊祭はおやすみでしたのよ。貴族も平民も、皆祭に行ってしまいますから、商会にも商店にもお客様がこないのです。それに“ハムレット・マニア”も、どちらかというと店舗経営向きで、このような屋台には向きませんから。でも、アンジェリカ様からアイデアをいただいてこうして初めて参加できましたわ。本当にありがとうございます!」
「いいえ、私はつらつらと思ったことを口にしただけよ。それを形にできるキャロルの方がすごいわ」
言いながら出店ブースを見渡す。ブースの中は主に子どもたちで大賑わいだ。その子どもたちの奥に、鮮やかな赤い髪がぴょこぴょこ動くのが見えた。
「ライト!」
「おぉ! アンジェリカ嬢」
「驚いた! あなたがキャロルのお手伝いをしてるなんて」
双子のもうひとり、兄のライトネルとキャロルは、似たもの同士の由縁か犬猿の仲だ。とはいえ本質はそっくりなので協力し合う場面もしばしば見られるのだが。
今回も、意気投合するようなきっかけがあったのだろうかと、彼に問いかけると、碧の瞳を大きく歪ませた。
「本当は協力なんてしたいものか! でも今日は従業員のほとんどが休みで、キャロルひとりじゃどうにもならないから、オーナー命令で仕方なく手伝ってるんだよ」
オーナーというのは双子の父だ。将来、優秀な方にハムレット商会を継がせるという指針のもと、かなりアグレッシブな子育て方針を打ち出しているオーナーの命令とあれば、断ることもできないだろう。
「おや、これはこれはアンジェリカ様ではないですか」
「ショーンさん、こんにちは。ショーンさんも出勤だったんですね」
キャロルの店、ハムレット・マニアの副店長、ショーンさんはロマンスグレーの落ち着いた男性だ。どうやら今日はキャロルとライトネル、ショーンさんの3人で店を切り盛りしているらしい。
「私たちだけではありませんよ。じつは裏方でミシェル様にもお手伝いをいただいています」
「ミシェルが!? こんなところにいたのね」
私は忙しいショーンさんにお礼を言って裏に回ってみた。するとたくさんの箱に囲まれ、景品の準備をする少年の姿があった。
「ミシェル、おつかれさま」
「やぁ、アンジェリカ」
「あなたもお手伝いに駆り出されているってきいて」
「そうなんだ。“おまえが言い出しっぺなんだから手伝え”って、よくわからない理由で引き止められてしまってね」
「まぁ、ライトったら、それであなたをタダ働きさせてるの?」
辺境伯爵家の御曹司が埃っぽい裏方仕事に徹しているのを見て、思わず笑ってしまった。
「さすがに表に出るのはまずいからね。知り合いが通るとも限らないし。それに、ライトのキャロル嬢への嫉妬がこの程度でおさまるなら安いものだよ」
「やっぱり、ライトは根っから協力的というわけではないのね。さっきもお父様の命令だって言ってたわ」
「口ではそう言うし、心の中でキャロル嬢の才能に嫉妬しているのも本当だろうけど、実際は楽しんでやってるよ」
そう言ったすぐ傍から、カラカラカラーンという威勢のいい鐘の音とライトネルの声が聞こえてきた。
「お客様、大当たりです! 3番の景品は……大きなクマのぬいぐるみです、おめでとう!」
大きな拍手と歓声も合わせて聞こえてくる。
「それにしても、この企画、面白いね。えっと……輪投げって言うんだっけ? アンジェリカが考えたんでしょう?」
「え? えぇ、まぁ」
「輪を投げて、見事ひっかかったところの番号に合わせて賞品をプレゼントっていうアイデアが斬新だね。大人から子どもまで参加できるし、何が当たるかわからないどきどきもあるし」
「しかも、欲しい賞品が当たるまでやりたいって客も出てきて、まったくいい商売だよ!」
ミシェルとの会話に弾んだ声で割り込んできたのはライトネルだ。目玉商品が当たってしまったので、めぼしいものを補充しにきたようだ。
「惜しむらくは、なんでハムレット・マニアの出店になるのかって、ことだよな」
愚痴る彼に、私は肩を竦めて答えた。
「だって……こんなの富裕層向けのハムレット商会でも外商部でも、日用品を扱うハムレット商店でも無理でしょう?」
「そうだけどな!」
若干ふてくされつつ、彼は新しい賞品をつかんで、店に戻っていった。残された私たちは目を見合わせて笑いを噛み殺す。
そう、本日のハムレット・マニアは、商品を並べて販売するのでなく、輪投げゲームを提供している。ミシェルを通じて発表会の宣伝と、叶うことなら出店をお願いできないだろうかと打診したところ、前者はOKだったが、後者は難色を示された。貴族向けの商品を露店で扱うわけにはいかないし、日用品は目新しさがない。残るはキャロルのお店の商品だが、こちらは用途などをじっくり説明しなければならないものが多いため、人の出入りが多い露店には向かない。
申し訳ないのだけれど……とお断りの返事を持ち帰られたとき、「だったらゲームを提供してみたら?」と私から提案してみたのだ。
私の頭にあったのは、前世の日本で体験した夏祭りの屋台だ。たこ焼きやヨーヨーなど、食べ物や物品を売る夜店に混ざって、射的や金魚すくいといったゲーム性のある夜店も数多くあった。それを思い出してのことだ。ただしこの世界にはまだ鉄砲がないから射的は難しかったので、輪投げに変更してみたのだが。あと金魚すくいも、あの薄い紙製の網が技術的に難しそうだったので、金魚(というか小魚)釣りとして提案してみた。
それを聞いた双子は一瞬ぽかんとした後、2人して手を取り合い、怒涛の勢いでアイデアを出しまくったらしい。うん、皆まで聞かずともわかるよ。
ちなみにキャロルは輪投げより魚釣りに興味津々だったが、さすがに道具(というか小魚)を集めるのは難しいだろうと、今回は見送られた。
そして大急ぎで輪投げ用の道具が作成され、今日に至るというわけだ。距離や角度を違えた、番号がふられた棒に輪を投げ込む、至ってシンプルなゲーム。入った番号に応じて渡される賞品はお店の売れ残った在庫、ということで、在庫整理にもなって一石二鳥というわけだ。
企画を面白がった双子はお礼にと、事前のビラ配りも積極的に行ってくれた。今日の目玉、大教会での発表会には大勢の観客が集まるに違いない。
私は彼らに別れを告げ、いよいよ大教会へと向かった。
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