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本編第一章

精霊祭がやってきました1

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*別小説「アンティーク・ベアのいる店へようこそ!」も公開中です。ラストまで毎日更新しています。ぜひご一読ください。
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 そうして発表会の人集めや支援者集めなどの準備に奔走しているうちに月日はあっという間に過ぎ、いよいよ精霊祭当日がやってきた。

 精霊祭は毎年、王都のみならず王国全土で祝われるお祭りだ。土地の守神ともいえる精霊に感謝を捧げ、きたるべき春に向けての五穀豊穣を願う意味もある。

 冬に開催されるため、地方などではおおがかりな祭にはせず、各家庭で静かに祝うことが多いが、王都はちょうど社交シーズンの真っ只中。総本山の大教会もあることから、毎年、大教会エリアを中心に大道芸などのイベントが行われたりブースが出店されるなど、にぎやかな祭になる。

 この日は貴族も平民も関係なく、この地域に人が集まってくる。そしてその人手を狙って、屋台も集まってくる。孤児院も同じ敷地内にあるため、子どもたちが1年かけて制作した工芸品や革製品、細工物、刺繍物、手芸品、それに寄付してもらった物品などを出品するバザーを開く。

 今年も当然それらの店を開く予定だったが、追加で新しい店を設けた。

「いらっしゃいませー! ポテトクッキーはいかがですか?」
「ポテトスコーンにポテトパンもあります、焼き立てですよ!」

 子どもたちが道ゆく人に熱心に振る舞っているのは、この日のために食堂で作ったポテト料理の数々だ。継母にお願いして彼らの指導をしてもらいながら、たくさんの分量を焼き上げた。

「じゃがいもが材料だって?」
「まぁ、あんなもの……」

 目を白黒させたり眉根を寄せたりする客もいることにはいたが、そこは売り子というか、サクラとして手伝いに入っているギルフォードが、彼らの前でぱくりと試食してみせ、満面の笑みで「うまい!おかわり!」と宣うのにつられて、恐る恐る試食に手を伸ばしてくれる。口に入ればこちらのもの。味は申し分ないからみんな驚き顔で咀嚼し、小さな子どもたちが売り物を「どうぞ」と差し出せば、ほとんどの人が買ってくれる。

「あの子が“うまい!”といったものは、必ず流行るのよ」とギルフォードのことを指しておっしゃったのはパトリシア様だけど、彼には人を誘い込む力もあるらしい。そこに食べ物が加われば最強だ。

「ギルフォード、さっきからたくさん売れてるみたいね。引き続きよろしくね!」
「まかせろ! お礼にさつまいものパイを焼いてくれる約束、忘れるなよ」

 道ゆく人にサクラとバレるのはさすがにまずいのでこっそり耳打ちする。パイひとつで彼の協力が得られるなら安いものだ。



 次に私が向かったのは、噴水広場だ。ふだんはベンチがゆったりとした間隔で置かれ、小鳥が餌や水を求めて集まってくる穏やかな場所だが、今日は様相がかなり違う。私はきょろきょろと辺りを見渡し、見知った顔を見つけた。

「ナタリーお姉さま!」
「やぁ、アンジェリカ」

 笑顔で手を振る彼女の後ろには、騎士服姿の若者の集団がいた。そしてその隣で、小さな子どもたちが模擬の剣を構えて、打ち込みの練習をしていた。そう、ここはこの日のために臨時に作られた「騎士団出張所」だ。

「こちらも盛況なようですね」
「あぁ。人気のあまり私が手伝いに駆り出されたくらいだからな」

 もともとは教会の方の手伝いをする予定だったナタリーお姉さまは、この出張所で騎士体験をしたいという子どもたちの数があまりにも多かったため、父親であるロイド副団長の依頼で助っ人にきていた。

「それにしても、騎士に憧れる子どもたちがこんなにいたとはな」
「こういう機会でもなければわからなかったですよね」
「そうだな」

 私たちの視線の先で、体術の訓練をしていた子どもが騎士のひとりにくるりとひっくり返され、地面に背中をつけられた。騎士ももちろんわかっているから、叩きつけたりはせず、そっとおろす感じだ。

 仰向けに転がされた子どもは、けれどへこたれることなく立ち上がり、小さな闘志を燃やして再び騎士に向かっていった。

「私は、自分が恵まれているのだと、改めて知ったよ」
「え?」

 子どもに暖かな視線を注ぎながら、ナタリーおねえさまがふと呟いた。

「騎士の家系に生まれ、なんの努力をすることもなく学院に入り、当然の流れで騎士科に所属した。この流れでいけば、王立騎士団か、実家の騎士団か、いずれかの場所で騎士になれると思う。私はそれが当たり前のことと思っていた。けれどそのレールは天からの贈り物で、自分の努力で掴んだものではない。こうして才能がありながらも、その道につけない者が大勢いたのだなと、実感していたところだ」

 ナタリーお姉さまの視線には迷いや哀れみなどはなく、ただ真摯に目の前の出来事に注がれていた。ひっくり返されてもまた立ち上がる子、あの子は確か、自由時間を与えられた孤児院の子どもだ。その隣で剣を構えているのは、比較的整った身なりをしているところから見ると、下級貴族か裕福な平民の子かもしれない。

 そうした子どもたちにも騎士を目指すチャンスを与えてもらいたいと、父を通じてバレーリ団長とロイド副団長にお願いしたところ、快諾をいただいた。見込みのある子がいたらスカウトしてもいいんだな?とバレーリ団長が興味津々だったというのは聞いている。しかも決して夢物語ではなく、騎士に憧れる13歳以下の子どもたちを対象に、週に1、2度程度の割合で模擬訓練や座学に参加できる予備校を作ろうかという話も出ているそうだ。

「食費が浮いた分、予算をほかに回せそうなんだ。優秀な人手はぜひ欲しいからな」

 そう言い切って、こんなお祭りへの軽い出店だというのに、わざわざロイド副団長に指揮を取らせたというあたり、本気度がうかがえる。

 そんなことを思い出しながら、私はナタリーお姉さまを見上げた。

「ナタリーお姉さまはずっと努力をなさっておいでです。そうでなければ、女性でありながら騎士科にいつづけるなど、不可能です。人一倍の努力の賜物だと思います」
「ありがとう。ただ、やはり恵まれた環境だったというのは否めないよ」
「でしたらその恵まれた環境を使って、何かしていただけませんか? たとえば今日いらっしゃる騎士の皆様は全員男性です。もしかしたら、道を歩くあの女の子たちも、騎士に興味を抱いているかもしれません。そんな女の子たちの背中を押すのは、ナタリーお姉さまでなければできないことだと思います」

 私が見つめた先には、10歳くらいの女の子がいた。簡素なワンピースを着ているから平民だろう。その子の弟らしき子が、騎士に剣を持たせてもらいおおはしゃぎしている。男の子が剣を振るたびに、女の子の瞳も輝いていたが、同時にひどく残念そうな色が見え隠れしていた。

 私の言いたいことが理解できたのだろう、ナタリーお姉さまは小さく笑って、私の頭に手を置いた。

「アンジェリカの言うとおりだな。私は自分が恵まれている分、ほかの子どもたちのチャンスにつながる手助けをするべきだ」

 そして彼女は女の子に近づき、声をかけた。その後少女にも模擬の剣が渡され、少女は目を一際輝かせながら、ナタリーの指導の元、剣を振り始めた。


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