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本編第一章

準備はいろんな意味で大変です

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 アッシュバーン家で、孤児院のための新たな支援策を打ち出した後。

 シンシア様の協力も経て、私はクレメント院長に面会を求め、計画について持ちかけた。クレメント院長は驚きながらも私の話をじっくり聞いてくれ、いくつか疑問点を質問したりされた後、ほかのスタッフや精霊庁の担当者にも相談してみることを約束してくれた。開催予定のバザーは来月末で、あと2ヶ月近くはあるものの、大教会や貴族を巻き込むとすれば決して余裕があるスケジュールではない。

 そして、クレメント院長たちの決断が出るまでの間、私は約束どおり、シリウスと孤児院のピアノで連弾の練習をした。さすがは音楽の申し子、私のたどたどしい演奏を一度聴いただけで覚え、さらっと目の前で披露されたときには「天才って……」と若干気が遠くなりかけた。

「どちらの曲も面白いですね。僕はこうした子ども向けの曲を弾くのは初めてなので、とても新鮮です」

 彼が演奏するのは、主に教会で演奏される讃美歌の類いばかりだ。先輩の神官の演奏を耳でおぼえ、それを披露している。そのほかにも、彼のことを面白がった若手の神官たちが、同じく教会に備え付けられているピアノで、有名な曲を聴かせてくれることがあるそうで、大人が演奏するような曲もいくつか弾けるそうだ。

「ただ、僕はまだ手が小さいので、完璧には弾けません。その点、これらの曲は演奏しやすいですね」

 子ども向けのワルツを、軽やかに転調させながら、彼は連弾のパートだけでなく、ウォーレス教授がしたように1人用にアレンジしてさくっと弾き終えた。

「もう、シリウスひとりで十分演奏になるじゃない。私が一緒に弾かなくても……」

 正直こんな天才の隣でつたない演奏を披露などしたくない。逃げ腰でそう申し出ると、シリウスがとても残念そうな顔をした。

「アンジェリカ様は、僕と演奏するのはお嫌ですか? その、こんな孤児とは……」

 彼の言葉があらぬ予想をしていたので、私は大慌ててで首を振った。

「そんなことない! シリウスは、誰よりも上手だもの、そんな……孤児とか関係ないわ! あなたの演奏はみんなが認めている」
「でも、アンジェリカ様はお嫌なんですね……」
「違うわ! 全然そんなことないから! 私、あなたの演奏できるのをとても光栄なことだと思ってるから……!」
「じゃあ、これからも僕と一緒にピアノを弾いてくれますか?」
「もちろんよ!」
「だったら、一緒に練習しましょう」

 綺麗な顔に魅惑的な笑みを浮かべて、シリウスが隣の椅子をぽんぽんと叩いた。引き寄せられるようにそこに私も腰掛ける。

「では、はじめからやってみましょう。テンポは落としますから、ゆっくりでいいですよ。ミスがあっても僕がカバーしますので、アンジェリカ様はどうか気楽に演奏なさってくださいね」

 一緒に小さな指を鍵盤に置きながら「あれ? あたし断るつもりでいなかったっけ?」と首を傾げるも、すぐに始まった練習にそのまま引き込まれた。



 そうしてシリウスとの練習を繰り返すこと1週間目。

「アンジェリカ様、精霊庁と大教会の許可をいただけましたわ。来月末の精霊祭で、ステージイベントを開催できることになりました」

 その知らせに、私もシンシア様も手をとりあって喜んだ。



 それからは大忙しの毎日だった。

「シンシア様は大教会との折衝を引き続きお願いします」
「ステージイベントの時間にリハーサルの時間、出演者たちの控室の件などを、神官様と相談すればいいのね、わかったわ」

「パトリシア様は、ステージイベントの出演者集めにご協力ください」
「任せておいて。これから参加する舞踏会やお茶会でじゃんじゃん声をかけてくるわよ」

「ナタリーおねえさまとエメリアおねえさまは、王立学院の先生方や生徒の皆様で、何かご協力いただけるものがないか、取りまとめをしていただけますか?」
「承知した。教授陣や生徒会に声をかけてみよう」
「ボランティアクラブや新聞部に応援を頼んでも面白いかもしれないわね」

「おとうさまはバレーリ団長とロイド副団長に、協力を仰いでいただけますか? ロイド副団長はお忙しくていらっしゃるので、私では顔を合わせる機会が持てそうになくて……」
「ふむ。では私から彼らに正式に面会を申し出てみよう」

「おかあさまは、孤児院でじゃがいものクッキーとスコーンの作り方を指南していただきたいのです。実はバザーで子どもたちの作品と一緒に、ポテト料理も販売することになりました。収益は孤児院のものとなりますので、たくさん販売したいのです。クレメント院長にお願いして、おかあさまの身分は子どもたちには内緒にしていただくよう、お伝えしてあります」
「わかったわ。台所仕事は慣れているもの。問題ないわよ」

「ミシェルは、ハムレット紹介の双子たちにバザーやステージイベントの宣伝協力を仰いでもらえないかしら。本当は私が直接お願いしないといけないと思うのだけど、時間がなさそうなの」
「大丈夫だよ。なんならハムレット商会にも何か出店してもらえたらいいよね。交渉してみる」

「ギルフォードは……」
「なんだ? 俺は何をするんだ?」
「えぇっと……当日、じゃがいもクッキーの販売の協力をしてくれる? あなたが勧めると、なんだかとても売れそうな気がするの」
「わかった! 任せておけ!」

 こんなふうに、私は皆に仰げるだけの協力を仰いで、精霊祭のイベント準備を進めた。その合間に騎士団寮での午前の仕事も当然続けていたし、シリウスとの連弾の練習も怠らなかった。





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