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本編第一章
はじめての慰問活動です1
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私たちが到着すると、私と同じ年くらいの子どもたちが何人かぱらぱらと駆けてきた。
「シンシア様! いらっしゃいませ!」
「シンシア様、こんにちは!」
どの子も人懐っこく、生き生きとしている。そしてその視線はシンシア様に続いて降り立った私にも注がれた。皆一様に驚いた表情をしている。ナタリーやエメリアはもう大きいから、私のような小さな貴族の子どもをシンシア様が連れているのが珍しいのかもしれない。
「みなさん、こんにちは。久しぶりね。手習いの練習は進んでいるかしら」
「シンシア様、私、葉っぱの刺繍ができるようになりました!」
「僕はかんなの使い方を覚えました!」
集まった子どもたちは口々に自分の成果を報告する。シンシア様は嬉しそうに相槌を打ちながら、一緒に来た従者に目配せをした。
「みんな頑張っているのね。ご褒美に今日もクッキーをたくさん持ってきましたよ。運ぶのを手伝ってくれる人はいるかしら」
「「はい!!」」
従者は馬車から下ろした荷物を子どもたちに手渡した。皆、まだ小さいから荷物も小分けにしてある。
「アンジェリカ、あなたのそれも渡してあげてちょうだいな」
「はい、シンシア様」
私は抱えていたスコーンの袋を、近くにいた女の子に差し出した。彼女は視線を私に留め置いたまま、小さな声で「ありがとうございます」と礼を述べた。
「まぁ、アッシュバーン副団長夫人、ようこそお越しくださいました」
子どもたちに遅れて入り口から出てきたのは、まだ若い、30歳くらいの女性だった。
「院長先生、ご無沙汰しております」
「こちらこそ、いつも孤児院を気にかけていただいてありがとうございます。副団長夫人のお越しを、子どもたちはいつも楽しみにしておりますわ」
「今日は知り合いのお嬢さんを連れてまいりましたの。アンジェリカ、ご挨拶できるかしら」
シンシア様に促され、私も挨拶をした。周囲の子どもたちから、物珍しさと好奇とが混ざった視線が依然として注がれる。
「縁あってこの冬は、ダスティン男爵家とともに過ごしておりますの。今日、こちらに来ることを伝えたら、本人が来てみたいと言って。はじめての慰問活動のようですので粗相がありましたら失礼いたします」
「いいえ、こちらこそ歓迎いたしますわ。私はマリー・クレメントと申します。こちらの孤児院を預かっている身でございます。ダスティン男爵令嬢のお越しを心から歓迎いたします」
「どうぞアンジェリカとお呼びください、院長先生」
「ありがとうございます、アンジェリカ様」
「アンジェリカはまだ6歳ですけれど、お菓子作りや料理が得意なんです。今日お持ちしたおやつは、昨日彼女と一緒に作ったんですよ」
「まぁ、それはそれは……子どもたちのためにありがとうございます。大切にいただきますね」
そして院長先生は、菓子包みやその他の寄付の品を抱えている子どもたちに声をかけた。
「さぁ、みなさん、せっかくのお客様のお越しです。普段の手習いの成果を見ていただきましょうね」
そして私たちは孤児院の中へ案内された。
孤児院自体は50年以上の歴史があり、建物の老朽化も進んではいるが、中はきちんと手入れが行き届いているのが明白で、過ごしやすそうな場所だった。ここでは掃除や食事の支度、ベッドメーキングなどもすべて子どもたちが行っているそうだ。それら家事の合間に読み書きの練習や手習いの練習などが詰まっていて、なかなかのハードスケジュール。ただし夕方5時以降の子どもの労働は禁止されているようで、自由時間もわずかだが許されている。
午前中に見習いとして働きに出ていた子どもたちが戻ってくる時間だったこともあり、建物の中は活気に満ちていた。10歳以上の大きな子が小さな子にいろんな作業を教えているようだ。私は刺繍の練習をしているグループに案内された。5人の女の子が布に絵柄を刺繍している。一番大きな子は12歳だそうで、白いハンカチに小鳥の刺繍をしているのを見せてくれた。他の小さな子どもたちは汚れた布やはぎれを手にしている。
「一番年長の子はお針子を目指していまして、技術も多少ついていますから作品を作らせていますの。出来たものは来月開催のバザーに出品します。でも小さな子どもたちはまだ売り物になるほどの技術ではありませんので、こうして余り布と糸で練習させています。この材料もアッシュバーン副団長夫人が寄付してくださいましたのよ」
「そうなのですか……」
「正直、こうした道具が一番助かるのです。食べ物ももちろん貴重ですが、食べてしまえばおしまいでしょう? 本や文房具は教会からも寄付していただきますが、こうした道具はなかなか。貴族の皆様の中にも寄付をくださる方はいらっしゃいますが、ボロ布や木材などをくださいとはなかなか言えませんので……。継続的に、そして私たちが欲しくても口に出しにくいものを、副団長夫人は差し出してくださいますの。本当に助かっています」
クレメント院長の説明を聞いて、私は思わずシンシア様を見上げた。彼女はまっすぐな目で子どもたちの手つきを見ている。子どもたちの可能性を大人が決めてしまうことについて、いいことなのか悪いことなのかわからないと馬車の中で聞いたばかりだ。それでも、今できること、求められていることがこれである以上、シンシア様なりに深く考えて、こうした寄付を続けているのだろう。
そして大切なのが継続性。気まぐれな寄付も全く役に立たないわけではないだろうけど、悪手になることもある。針仕事の道具も、たまにぽん、と差し出すだけでは長期的な育成になり得ない。満たすことではなく育てること、その目的をブレさせてはいけない。
これは私が手をつけようとしているポテト料理の普及にも通じる。ただ振る舞うだけではダメで、それが根付くよう、人材を育てていかなくてはいけない。よく考えれば前世のNGOの仕事と同じことだ。
ちょうどおやつの時間ということで、手習いは終了となった。皆で食堂に移動するという段になって、針仕事の練習をしていた女の子がわざとらしい音を立てて、道具箱を強く閉めた。
「ルル! 道具は大事にしなさいっていつも言っているでしょう」
年長の少女が叱責すると、ルルと呼ばれた女の子は頬を膨らませて唇を歪ませた。
「だって、私お針、嫌いだもん!」
「ルル! シンシア様がせっかく持ってきたくださったお道具なのよ、サボるんじゃありません」
「いやよ、もうやりたくない!」
そして彼女は持っていた練習用の布を床に投げ捨てた。
「ルル! いい加減にしなさい」
年長の少女が布を拾いあげるために膝を折る。そしてそのまま年下の少女に手を述べた。
「どうしてこんなことするの」
「だって、だって……」
少女はみるみる瞳に涙を溜め、しゃくりあげながら答えた。
「あたし、お針は上手じゃないもん。どれだけ練習してもうまくならないわ。同い年の子はもう花やツタ模様の練習してるけど、あたしは未だに葉っぱの練習。そのうち年下の子にも抜かれるわ」
「ルル、そんなことないわ」
「そんなことあるもん!」
年長の少女が慰めるも、ルルの涙は止まることなく、ついには騒ぎを聞きつけた院長先生が部屋を出ていきかけた足を止め、舞い戻ってきた。
「ルル、またあなたですか……」
院長先生が眉根を寄せる。
「ルル、罰としてあなたのおやつはなしです。部屋に戻って反省するように。彼女の言う通り、いくら苦手とはいえ、道具を粗末にすることは許されません」
そして院長先生はほかの子どもたちにも部屋を出るよう促した。ひとりルルと呼ばれた少女だけが残される。
私は彼女が気になり足を止めていた。けれど院長先生に「アンジェリカ様もどうぞ」と促され、戸口ではシンシア様も物言いたそうに私を見ていたので、後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にするしかなかった。
「シンシア様! いらっしゃいませ!」
「シンシア様、こんにちは!」
どの子も人懐っこく、生き生きとしている。そしてその視線はシンシア様に続いて降り立った私にも注がれた。皆一様に驚いた表情をしている。ナタリーやエメリアはもう大きいから、私のような小さな貴族の子どもをシンシア様が連れているのが珍しいのかもしれない。
「みなさん、こんにちは。久しぶりね。手習いの練習は進んでいるかしら」
「シンシア様、私、葉っぱの刺繍ができるようになりました!」
「僕はかんなの使い方を覚えました!」
集まった子どもたちは口々に自分の成果を報告する。シンシア様は嬉しそうに相槌を打ちながら、一緒に来た従者に目配せをした。
「みんな頑張っているのね。ご褒美に今日もクッキーをたくさん持ってきましたよ。運ぶのを手伝ってくれる人はいるかしら」
「「はい!!」」
従者は馬車から下ろした荷物を子どもたちに手渡した。皆、まだ小さいから荷物も小分けにしてある。
「アンジェリカ、あなたのそれも渡してあげてちょうだいな」
「はい、シンシア様」
私は抱えていたスコーンの袋を、近くにいた女の子に差し出した。彼女は視線を私に留め置いたまま、小さな声で「ありがとうございます」と礼を述べた。
「まぁ、アッシュバーン副団長夫人、ようこそお越しくださいました」
子どもたちに遅れて入り口から出てきたのは、まだ若い、30歳くらいの女性だった。
「院長先生、ご無沙汰しております」
「こちらこそ、いつも孤児院を気にかけていただいてありがとうございます。副団長夫人のお越しを、子どもたちはいつも楽しみにしておりますわ」
「今日は知り合いのお嬢さんを連れてまいりましたの。アンジェリカ、ご挨拶できるかしら」
シンシア様に促され、私も挨拶をした。周囲の子どもたちから、物珍しさと好奇とが混ざった視線が依然として注がれる。
「縁あってこの冬は、ダスティン男爵家とともに過ごしておりますの。今日、こちらに来ることを伝えたら、本人が来てみたいと言って。はじめての慰問活動のようですので粗相がありましたら失礼いたします」
「いいえ、こちらこそ歓迎いたしますわ。私はマリー・クレメントと申します。こちらの孤児院を預かっている身でございます。ダスティン男爵令嬢のお越しを心から歓迎いたします」
「どうぞアンジェリカとお呼びください、院長先生」
「ありがとうございます、アンジェリカ様」
「アンジェリカはまだ6歳ですけれど、お菓子作りや料理が得意なんです。今日お持ちしたおやつは、昨日彼女と一緒に作ったんですよ」
「まぁ、それはそれは……子どもたちのためにありがとうございます。大切にいただきますね」
そして院長先生は、菓子包みやその他の寄付の品を抱えている子どもたちに声をかけた。
「さぁ、みなさん、せっかくのお客様のお越しです。普段の手習いの成果を見ていただきましょうね」
そして私たちは孤児院の中へ案内された。
孤児院自体は50年以上の歴史があり、建物の老朽化も進んではいるが、中はきちんと手入れが行き届いているのが明白で、過ごしやすそうな場所だった。ここでは掃除や食事の支度、ベッドメーキングなどもすべて子どもたちが行っているそうだ。それら家事の合間に読み書きの練習や手習いの練習などが詰まっていて、なかなかのハードスケジュール。ただし夕方5時以降の子どもの労働は禁止されているようで、自由時間もわずかだが許されている。
午前中に見習いとして働きに出ていた子どもたちが戻ってくる時間だったこともあり、建物の中は活気に満ちていた。10歳以上の大きな子が小さな子にいろんな作業を教えているようだ。私は刺繍の練習をしているグループに案内された。5人の女の子が布に絵柄を刺繍している。一番大きな子は12歳だそうで、白いハンカチに小鳥の刺繍をしているのを見せてくれた。他の小さな子どもたちは汚れた布やはぎれを手にしている。
「一番年長の子はお針子を目指していまして、技術も多少ついていますから作品を作らせていますの。出来たものは来月開催のバザーに出品します。でも小さな子どもたちはまだ売り物になるほどの技術ではありませんので、こうして余り布と糸で練習させています。この材料もアッシュバーン副団長夫人が寄付してくださいましたのよ」
「そうなのですか……」
「正直、こうした道具が一番助かるのです。食べ物ももちろん貴重ですが、食べてしまえばおしまいでしょう? 本や文房具は教会からも寄付していただきますが、こうした道具はなかなか。貴族の皆様の中にも寄付をくださる方はいらっしゃいますが、ボロ布や木材などをくださいとはなかなか言えませんので……。継続的に、そして私たちが欲しくても口に出しにくいものを、副団長夫人は差し出してくださいますの。本当に助かっています」
クレメント院長の説明を聞いて、私は思わずシンシア様を見上げた。彼女はまっすぐな目で子どもたちの手つきを見ている。子どもたちの可能性を大人が決めてしまうことについて、いいことなのか悪いことなのかわからないと馬車の中で聞いたばかりだ。それでも、今できること、求められていることがこれである以上、シンシア様なりに深く考えて、こうした寄付を続けているのだろう。
そして大切なのが継続性。気まぐれな寄付も全く役に立たないわけではないだろうけど、悪手になることもある。針仕事の道具も、たまにぽん、と差し出すだけでは長期的な育成になり得ない。満たすことではなく育てること、その目的をブレさせてはいけない。
これは私が手をつけようとしているポテト料理の普及にも通じる。ただ振る舞うだけではダメで、それが根付くよう、人材を育てていかなくてはいけない。よく考えれば前世のNGOの仕事と同じことだ。
ちょうどおやつの時間ということで、手習いは終了となった。皆で食堂に移動するという段になって、針仕事の練習をしていた女の子がわざとらしい音を立てて、道具箱を強く閉めた。
「ルル! 道具は大事にしなさいっていつも言っているでしょう」
年長の少女が叱責すると、ルルと呼ばれた女の子は頬を膨らませて唇を歪ませた。
「だって、私お針、嫌いだもん!」
「ルル! シンシア様がせっかく持ってきたくださったお道具なのよ、サボるんじゃありません」
「いやよ、もうやりたくない!」
そして彼女は持っていた練習用の布を床に投げ捨てた。
「ルル! いい加減にしなさい」
年長の少女が布を拾いあげるために膝を折る。そしてそのまま年下の少女に手を述べた。
「どうしてこんなことするの」
「だって、だって……」
少女はみるみる瞳に涙を溜め、しゃくりあげながら答えた。
「あたし、お針は上手じゃないもん。どれだけ練習してもうまくならないわ。同い年の子はもう花やツタ模様の練習してるけど、あたしは未だに葉っぱの練習。そのうち年下の子にも抜かれるわ」
「ルル、そんなことないわ」
「そんなことあるもん!」
年長の少女が慰めるも、ルルの涙は止まることなく、ついには騒ぎを聞きつけた院長先生が部屋を出ていきかけた足を止め、舞い戻ってきた。
「ルル、またあなたですか……」
院長先生が眉根を寄せる。
「ルル、罰としてあなたのおやつはなしです。部屋に戻って反省するように。彼女の言う通り、いくら苦手とはいえ、道具を粗末にすることは許されません」
そして院長先生はほかの子どもたちにも部屋を出るよう促した。ひとりルルと呼ばれた少女だけが残される。
私は彼女が気になり足を止めていた。けれど院長先生に「アンジェリカ様もどうぞ」と促され、戸口ではシンシア様も物言いたそうに私を見ていたので、後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にするしかなかった。
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