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本編第一章

いろいろ進展がありそうです4

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「そうだわ、ポテト料理店を開いてもらえばいいんじゃない!?」
「「ポテト料理店?」」

 私の発言に一瞬両親は目を丸くしたが、すぐに「あぁ」と納得したような顔になった。

「おまえが以前言っていた、ポテト料理屋の看板を売るという、あれかい?」
「えぇ、そうです。うちでポテト料理を習得してもらって、ウォーレス領でお店を開いてもらうのです」

 以前、ハムレット商会で双子たちに相談した、ポテト料理の広め方。双子の兄ライトネルは、前世で言うところのフランチャイズ方式を取り入れてはどうかと提案してくれた。新たにポテト料理店を開きたいという人たちにノウハウを教え、かつ男爵家の看板を掲げることを許可するというものだ。彼らからはそのお礼として毎月一定金額の上納金を納めてもらうようにする。

「兄のエリックさんは接客担当、妹のリンダさんは厨房担当、というふうに役割を分担するのです。エリックさんのコミュニケーション意欲は接客業でこそ大いに生かされるでしょうし、リンダさんは厨房にこもってしまえば、見ず知らずの方の前に姿を現す必要もありません」
「確かに、一理はあるな……」
「でも、オーガスタさんは娘さんを自立させたいっておっしゃているのよ? それだと兄妹がずっと一緒にいなければならなくなるわ」
「この場合、リンダさんもしっかり働くことになるので、自立には違いありません。エリックさんにお会いしたことがありませんのでなんとも言えませんが、彼が家事をほとんどしない人なら料理を作ることは難しいでしょう。その状況で店を開くとなれば新たに料理人を雇わねばなりません。そこをリンダさんが担当するということは、それぞれが自分の得意分野を請け負うことになります。それで自立は十分成り立つと思うのです」

 今リンダさんは仕事にはつかず、家で家事をこなしている。前世で言うところの家事手伝いだ。だがもしエリックさんが完全に独立して結婚でもすれば、彼女の存在は必要なくなってしまう。オーガスタさんが年老いて働けなくなってしまったとき、定職についていないリンダさんとオーガスタさんを養うのはエリックさんだ。オーガスタさんが気に病んでいるのはそこだろう。

 だけどもしリンダさんがコックとして働けるなら、彼女は自分の食い扶持を稼ぐことができる。エリックさんも妹に頼られるだけでなく、頼ることにもなるから、これはこれでひとつの自立の形になり得るのではないだろうか。

 私の説明で一応納得がいったのか、両親は頷きながら顔を見合わせた。ほかに問題がないか検討しているのだろう。

「まぁ、ひとつの提案としてはありかもしれないな。あとは子爵家の子どもたちが料理店をやりたがるかどうかだが……」
「もし彼らがフロアや厨房に立つことに躊躇するなら、お店を経営する側に回ってもらえばいいのではないでしょうか」
「どういうことだい?」
「何も彼らが必ず店に立たなければならないというわけではありません。エリックさんとリンダさんの共同経営という形にして、店舗を運営するのです。働く人材は別に雇って、彼らはその管理をする。リンダさんはとても優秀な方のようですから、お店の経営について少し学んでもらったらやれるのではないでしょうか。幸い、我が家には優秀なコーチもいますし」

 私は領地に残してきたスーパー執事のことを思い出した。彼は父親の事件が発覚するまでは王立学院でずっと首席、経営学を修めたエキスパートだ。今回の仕事は直接的に両親のためになるわけではないから、一筋縄ではいかない彼がやりたがるかというとアレだが、なんだかんだで私にも協力してくれることになったし、店の成功は領に富をもたらすことにもなるので、説得のしようはあるだろう。

「エリックさんは人好きのする性格のようですから、営業にも向いているでしょう。2人で協力すれば店舗を2つ3つと増やすこともできそうです」

 ポテト料理店は何も1店舗経営型とは限らない。事業にしてしまえば複数店舗同時経営も可能だろう。

 エリックさんは勉強が苦手だったとのことだが、その性質は商売に向いていそうだ。リンダさんの優秀さも埋もれさせるには惜しい。彼らがタッグを組んでポテト料理店をウォーレス領ではじめてくれたら、かの地にポテト料理の文化が根付くかもしれない。

「なるほど、よくわかったよ」
「エリンにはお世話になったから、今回のお話もできることなら協力してあげたいとは思っていたの」
「この提案は価値がありそうだ。カトレア、さっそく彼女に手紙を出して打診してみよう」
「そうね、エリンはとても忙しくしているから、少しでも早い方がいいわ」

 そう言って継母は私たちに断り、席を立った。

「ルシアンのお店は別として、うまくいけばこれが1号店になるね」

 父の呟きに私も大きく頷いた。

「えぇ、そうなればいいなと思います。楽しみです」

 ちょうど私たちの会話がひと段落したところで、継母と入れ替わる形で、外出していたシンシア様が戻ってこられた。

「シンシア様、おかえりなさいませ」
「あら、アンジェリカ。あなたも戻っていたのね。男爵様もご機嫌よう。今、カトレア様とすれ違ったのだけど、お忙しそうですね」
「妻は従姉妹であるウォーレス子爵に急ぎの手紙を書きにいきました。何かご用事でしょうか?」
「いえね、もしお手が空いていたらスコーンとクッキー作りを手伝ってもらえないかと思ったんです」
「それなら私がお手伝いします、シンシア様」

 父とシンシア様の会話を聞いていた私はただちに手をあげた。スコーンとクッキーなら私でも十分戦力になるはずだ。

「本当? ありがとう。助かるわ。何せ大量に作らなければならないから。今出入りの業者に材料を納品してもらったのよ」
「大量? どこかにお裾分けですか」
「えぇ、孤児院にね」
「孤児院ですか?」
「あなたには話してなかったかしら、私は孤児院の出身なのよ」
「そうだったのですか」
「といっても、騎士をしていた今の継父の家に引き取られたから、孤児院で暮らしたのは7歳までだったのだけど。それでも懐かしいのと、お礼の意味もこめて、ときどき慰問に行っているのよ」

 父と別れて厨房に移動する傍ら、シンシア様は屈託のない笑顔で自分の身の上話をしてくれた。

 それにしても引き取られた身分とはいえ、孤児院の出で王立学院に入学し、王立騎士団の秘書となり、辺境伯爵家に嫁入りして、現在は騎士団副団長の妻。どれだけシンデレラガールなんだろうと目を丸くする。そしてその背景には凄まじい努力と苦労があったのだろうと推察できた。この人の芯の強さが伊達じゃないのは、今までの人生がしっかりと基盤にあるからだろう。

「スコーンとクッキーは孤児院へのお土産なんですね」
「えぇ。とくに甘いものはなかなか彼らの口には入らないからとても喜ばれるのよ。あとは読み書きの道具とか、刺繍や工作の材料とか」
「孤児院はどこにあるのですか?」
「王都の孤児院は精霊庁が管理しているわ。だから大教会と同じ敷地内にあるのよ」

 大教会は王城から少し離れた、王都の西側に開けた場所にある。近くには王立学院や芸術院もある。精霊庁はの仕事は精霊を祀ること、冠婚葬祭の取り仕切り、精霊石の研磨のほかに、平民たちに読み書きを教える寺子屋的な役割、そして孤児院や養老院など福祉的な施設の管理も含まれている。なかなか手広く世のため人のためになっている施設だ。

 ちなみにうちの領にもちっちゃいが教会はあって、神官様が駐在されている。人のいいおじいちゃんだ。ただ孤児院や養老院はない。

「あの、シンシア様、私も慰問に同行させてもらえないでしょうか」

 前世のNGOの仕事で身寄りのない子どもたちは海外で大勢見た。今の私に何ができるというわけでもないが、この機会にちゃんと見ておくべきではと考えた。

「そうね。ナタリーやエメリアも小さい頃はよく連れていったから……いいわよ。明日の午後に行こうと思っているの」
「騎士団での仕事はおひるまでなので、十分間に合うと思います。ありがとうございます!」

 こうして私の明日の予定が決まった。




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