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本編第一章

いろいろ進展がありそうです3

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 オーガスタさんの身の上話の続きはこうだ。

 山間の地で医療事務をしながら育て上げた2人の子どもたちーーエリックさんとリンダさんーーは、それ以後大きな病気や怪我に見舞われることもなく大きくなった。この国では王立学院に入学しない子どもは13歳頃から働きはじめる。貴族同士の結婚だったため、彼らの子どもたちも貴族としての資格は持っていたが、母子家庭の家には十分なお金がなく、2人を王立学院に入学させることはできなかった。

 ウォーレス子爵家の家系には医師が多いが、それは代々の当主が直系・傍系関係なく、見込みのある子どもたちの進学を支援しているからだ。この制度は平民にも適応され、優秀な子どもは王立学院に入学できるよう、合格に至るまでの支援も積極的に行っている。つまり、傍流でも優秀であれば、両親に経済力がなくても主家が支援してくれるので進学できるが、そうでなければ王立学院にすら入学が難しいことになる。もっとも継母のように、実の両親が仕事をもって裕福であれば、自らの力で学院に進ませることができる。

 オーガスタさんの長男であるエリックさんは、勉強よりは体を動かすことが好きなタイプだった。山間の地は林業が盛んで、ウォーレス領の特産のひとつである檜が産出される。勉強が苦手とはいえ、家庭内教育を受けて育ったエリックさんは山林事務所の事務員見習いとして働きはじめ、18になった今も毎日出勤しているそうだ。だが、元来コミュニケーション意欲が旺盛で人懐こい彼は、ひとりで黙々とやることが多い今の仕事が少々退屈らしい。

 対する妹のリンダさんは今年で16歳。こちらはとても優秀な子だったそうだが、事故の怪我が元でかなり引っ込み思案な大人しい少女に育った。父親の跡を継いで優秀な医師になれるのではとオーガスタさんも期待して王立学院への進学を勧めてみたものの、自分の障害を人に知られたくないと頑として首を縦に振らなかった。事故後は教会に通うことすらしなくなった彼女には、同世代の貴族が集う学院は確かに酷かもしれないと、もったいない気持ちはあったものの、オーガスタさんも当主のエリン様も無理には勧めなかった。現在リンダさんは、働いている母親や兄のために家事を一手に引き受けて暮らしているらしい。

「オーガスタさんは子どもたちの、とくにリンダさんの先行きが心配らしいわ」

 今の仕事が不満で、できることなら転職したいと考えている長男。けれど彼が踏みとどまっているのは自分や妹の存在があるからだとわかっている。できることなら息子に自由を与えてあげたい。十分大きく育った今、彼が望むならこの家からも巣立ってもらってかまわない。

 でもそのためには、自分はともかく、娘が自立して生活できるようになることが先決だ。いつまでも自分が面倒を見てやることはできない。

 ここにきて彼女は、娘を今からでも学院に入れて、医師への道筋を立ててあげようか、あるいは医師は無理としても補助員の学校に入れようかと再び悩むようにもなるが、医療職は対人援助職のひとつ。人となるべく顔を合わせずにいたいという娘には酷な仕事かも、と、迷いに迷って結局何も踏み出せずにいるらしい。

「それで、うちが候補に上がったというわけですか」
「そうなんだよ」
「おとうさまとおかあさまは、どうされるおつもりですか?」
「もしオーガスタさんがメイド長をやってくれるというのなら、それは歓迎できると思っている。それから2人の子どもたちをうちで雇うことも、まぁできなくはない」
「ただ、うちで働くことが2人のお子さんたちにとってよいことなのか……そこが問題なのよねぇ」

 困ったという表情で再び目を合わせる。

「うちなら、あまり人前に出たくないというリンダさんの希望は叶うだろう。足を引きずっているとはいえ、エリン様の話では家の中や周囲を歩く程度のことは問題ないそうだ。家事もできるということだから、ハウスメイドでよければ裏方に徹してもらうこともできるからね。ルシアンの抜けた穴も埋めなければと思っていたから、そういう意味では人材は欲しかったんだが……」
「ただ、うちはお庭も広いし、2階もあるでしょう? 今暮らしているおうちとはずいぶん勝手が違うと思うのよ。そのことが負担になったり、それを負い目に感じたりしないかしらと思って」
「それに子爵家出のお嬢さんにハウスメイドをさせるというのもなぁ。公爵家や侯爵家なら百歩譲ってともかく、うちは男爵家だしね」
「エリンの話では、そのあたりは問題ないのじゃないかしらってことなんだけど……エリックさんも事務員とはいえ、繁忙期にはきこり職人たちの手伝いで運搬作業なんかもしているくらいだから、って」

 そう、そのエリックさんのこともある。春になればうちは土壌改良に着手することになっており、技術指導の指南役として父やロイは忙しくなると思うから、男手があるのはありがたい。ありがたいのだが……。

「だけどうちは人の往来が激しい場所ではないし。退屈さで言えば今住んでいる山間の地とそれほど変わらないと思うんだよ」
「山林事務所での仕事よりは人と関わる可能性があるのかもしれないけれど……関わるといってもせいぜい私たちくらいよねぇ」

 つまり、うちとしては歓迎できなくはないが、彼らの望みに100%合っているかというと、そんなことはなくて。こんな状態で雇ったとしても無理がきてしまい、双方のためにならないのではと悩んでいるわけだ。

 ふーむ、難しいな、と私も腕組みする。どこの世界でも人事は大変だし、人手不足は深刻だ。片方は人と触れ合う楽しい仕事がしたくて、片方は人目に触れず、手に職的な仕事がしたくて、片方は体を動かすことが好きで、片方は障害のこともありあまり派手には動けなくて……。

 そこまで考えたとき、私ははっと思いついた。





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