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本編第一章

いろいろ進展がありそうです1

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※医師や薬師の養成機関である王立治療院の名前を、王立医術院に変更しました。ただの気分です。




 その日、騎士団寮での仕事を終え自宅に戻った私は、両親から思わぬ話を聞かされた。

「え、新しいメイド長が決まったのですか!?」
「いえね、まだ確定ではないわ」

 継母は曖昧な笑みを浮かべ、私にソファに座るよう促した。今の時間、パトリシア様もシンシア様も不在で、屋敷には私たち親子だけだ。

「実は今日の午前中、エリンに会ったの。あ、エリンっていうのは私の従姉妹なのだけど……」
「たしか、おかあさまのご実家の主家である、ウォーレス子爵家のご当主様ですよね」

 継母はダスティン領の隣にあるウォーレス子爵家の出身だ。もともと継母の祖父が当主で、その跡は長男である伯父が継いだ。その伯父の娘にあたるのがエリン様だ。2人の子どももいて、ともに王立学院に入学済みだ。

 隣の領という近しさはあれど、私はウォーレス家のお屋敷にお邪魔したことはないし、エリン様にもお会いしたことはない。社交シーズン中に一度くらいはお会いしたいわね、と継母と話していたところだ。

 そしてそのエリン様には、子爵家当主という役割のほかに、もうひとつの顔がある。

「ルビィの主治医でもいらっしゃるんですよね」
「えぇ。よく覚えていたわね」

 そう、継母の実家のウォーレス家はもともと医者の家系で、一族の多くが医療に従事している。領内でも独自に医療補助員を養成する機関を設け、前世でいうところの看護師や助産師といった人材育成にも力を入れているそうだ。

 子爵家当主のエリン様も王立医術院を卒業した医師で、専門は精神科だ。ルビィの犯した罪を、心の病に起因するものではないかと推察した両親はエリン様に相談をした。その流れで、ルビィがエリン様が院長を勤める精神科の病院に収容されることになったのは、記憶に新しい出来事だ。

 そしてルビィのダスティン領からの追放と同時に、我が家はメイド長を失った。ちょうど社交シーズンが始まるタイミングだったこともあり、その座は空白なままだ。

「メイド長の話の前に、少しだけルビィの話をしておこう。おまえには酷かと、隠しておこうかとも思ったんだが……」

 継母が言葉に迷っているのを汲み取ったのか、父が助け舟を出した。

「かまいません。むしろ、話していただきたいです」
「おまえならそう言うと思ったよ」

 そして私は父からルビィの現在の状況を聞いた。彼女は現在、病棟で24時間監視付きの生活を送っているそうだ。

 ウォーレス領の精神病棟は、収容した患者を閉じ込めて監視する場所ではない。入院患者にはその人の能力や精神状態に見合った作業が割り当てられる。農作業だったり家事だったり創作だったり。そのほかカウンセラーとの毎日の面談や、日記をつけることなど、こまごました規則があるらしい。

 ルビィは収容当初から、ほとんど会話をすることもなく、与えられた仕事を淡々とこなしているそうだ。彼女が起こした事件についても、反省の言葉はなく、ただ、なぜこうなってしまったのかわからない、と繰り返すのみ。エリン様の話では、まだ治療が始まったばかりで劇的な変化は見られないが、もう少し時間をかけて様子を見ていきたいとのことだった。

「エリン医師が介入してすぐ、社交シーズンが始まってしまったからね。彼女も今、王都で子爵家当主としての仕事をしているところだから、戻り次第、引き続き治療に当たってくださるそうだよ」
「エリン様がいない間は、病院はどうされているのですか?」
「ウォーレス家には優秀な医師がたくさんいるからね、彼女の少しの不在程度なら十分、穴埋め可能なんだよ」

 父の言葉に、継母が継ぎ足した。

「それにエリンが社交に勤しむのはせいぜい最初の1、2ヶ月程度なの。その間に重要な交渉ごとを終わらせてすぐに領に戻るのが毎年のことよ。王都には彼女の兄や弟が残るから、残りの社交は彼らに任せているみたい」

 確かに領内で多くの患者を抱えた状態で数ヶ月家を空けるのは、医師という職業上、難しいだろう。かといって当主の看板を背負っているからには社交も疎かにはできない。社交というと貴族たちが集ってお茶会やらパーティやら、という印象が強いが、その水面下では商談や婚活など、様々な交渉ごとが行われている。王国中の貴族、それも当主筋が一堂に会するこの時期は、あらゆる交渉のチャンスなのだ。

 だからこそ、うちのような貧乏当主も積極的に王都に出てくる。ちなみにダスティン領における一番の交渉ごとは精霊石の交換や売買だ。精霊石は精霊庁管理の元、値段などが安定するよう調整されているが、そこを逸脱しなければ一部売買も可能だ。うちは極狭領なのに火の精霊石の産出量はけっこうある。その上、領民たちはあまり精霊石に頼らない生活をしているから、結構な量を売ることができる。父は地の精霊石と交換する交渉を主に行っているほか、あまった分をいい条件で買い取ってくれる先を探して交渉しているのだ。

 これがアッシュバーン領なら、精霊石に加えて自領の特産である鉄や鋼などの鉱石の売買や、アッシュバーン家の騎士の勧誘、農作物の輸出入、育成している馬やその関連製品のやりとり等々、きっと目の回る忙しさだろう。伯爵ひとりでは回らないから、パトリシア様もほとんど不在だ。ついでに屋敷にひとりで置いておけないからと連れ回されるギルフォードもかなりな率で不在だ。

 ちなみに、そんなギルフォードだが、意外と役にたっているらしい。一度、お茶会なんて退屈だから行きたくないと愚痴っている彼がかわいそうになって、パトリシア様に一緒に留守番しましょうか?と提案したことがあったのだが、パトリシア様はころころと笑いながらおっしゃった。

「調子にのると困るから本人には伝えてないのだけど、あの子、たまに役に立つのよ。ほら、あの子ったら、食欲だけはすごいでしょう? でも本当においしいものだけにしか反応しなくて。あの子が“おいしい”って食べ尽くすものは、自領に持ち込んでも必ず売れるの。領民たちのためにも新しい食材や名産を取り入れてあげたいじゃない?」

 つまり、ギルフォードの食欲魔神センサーに引っかかった食べ物は受けがいいから、積極的に輸入するようにしている、ということらしい。税をかけて売るから伯爵家の収入にもつながる。なんというか……なんとかとハサミは使いよう?

 で、話が逸れてしまったけど、ウォーレス子爵家の当主、エリン様は期間限定で社交をさくっと片付けるために、それはそれはお忙しくされているのだとか。加えて領内の病院から患者のレポートも届くわ、医術院時代の付き合いや学会参加もあるわで、分刻みのスケジュール。素晴らしきスーパーウーマンぶりだ。

 今回のメイド長の件は、そのエリン様にお茶会で再会した際に出た話らしかった。




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