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本編第一章

順調に進んでいます

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 というわけで。

 無事、騎士団でのプレゼンを大成功で終えた私たちは、騎士団の寮で朝昼晩のポテト料理を準備することになった。

 ただ調理するだけでなく、普段の食事をじゃがいもに置き換えることで浮いた食費の半分が報酬として私たちの懐に入るというご褒美つきだ。俄然やる気も湧く。お金お金と貴族のくせにせせこましい……と笑いだければ笑え。うちは貧乏なのだ。バレーリ侯爵家やアッシュバーン伯爵家のように、高位な上に一族郎等が高職にも就いていていて名実ともに成り立っている貴族とは違う。貧乏は貧乏らしく、生きていくために知恵を絞らなければならない。

 でも、だからこそ楽しいこともある。こうして王都に出てくることができたのも、本来なら会うことすら叶わなかった人たちに出会えたのも、すべてはポテト料理のおかげなのだ。それだってうちが貧乏でなければ思いつきもしなかったものだった。

 だからこそ自信を持って広めたいと思っている。いつかは王都全土で、いや、大陸中でじゃがいもを食べることが当たり前となり、食糧難に苦しむことがなくなる、その日を目指してーーー。


 そんな遥かなる夢を描きながら……私は厨房でじゃがいもの皮をちまちま剥いていた。


 はいそこっ! 地味とか言わない!




 プレゼンのあと再びマリサと合流し、今後のことを相談しあった。ちなみに団長たちに饗したポテト料理はあらかた食べ尽くされてしまったのだが、準備を手伝ってくれたスタッフたちにも振る舞う約束をしていたので、少し残っていた。それを食べた料理人の皆さんの感想は驚きと好意に満ち満ちていた。

 そのまま厨房の料理長とも面会し、今後の方針について話す中で、騎士たちにいきなり振る舞うよりは、まずは厨房のスタッフたちの賄い飯として準備してみようということになった。理由は単純で、自分たちが食べたこともないものを調理することは難しいし、「じゃがいもなんて」と思うスタッフが出てきたりしたら、今後の準備にも支障をきたしてしまう。まずはスタッフが味見をして、ポテト料理はおいしい!と納得してもらってからスタートすべきではないかということになったのだ。

 料理長の言うことももっともと思えたので、ひとまず私たちはまず賄い飯を準備することにした。また料理長からの勧めで、いきなり全てのメニューをポテト料理に置き換えるよりは、一品ずつとか、スープの具材のように何かに混ぜて、といった使い方から始め、徐々に浸透させていくことにした。じゃがいもは奇抜な味ではないから皆すぐに馴染んでくれるとは思うが、確かにゆっくり変革をもたらした方が都合がいい。

 ここまで予定を立てたところで、ひとまず父はお役御免になった。食事のメニューを考えるのは継母とマリサと私で事足りる。継母はさすがに騎士寮の厨房には立てないから、実際に調理に関わるのは私とマリサだ。

 ただ、私も普段はアッシュバーン家で寝泊まりしている関係で、騎士団の寮に住み込むマリサほどは関わることができない。マリサはむしろ、貴族の子女である私が厨房に入ることに恐縮し、自分ひとりでなんとかできると言ってくれたが、むしろ私の方が手伝いたい気持ちが強く、折衷案として午前中はここに出勤して、昼食作りの手伝いをすることで落ち着いた。平日はほぼ毎日ミシェルが王宮に登城しているので、そのついでに騎士団寮まで送ってもらえるというのもありがたかった。

 そうして2週間ほどスタッフのために賄い飯を作り続け、全員に浸透した頃、いよいよ騎士たち向けへの献立にシフトすることになった。

「私も手伝う!」と意気揚々乗り込んだはいいものの、私にできる仕事は……驚くほどなかった。なぜなら騎士団寮の厨房のサイズが私には大きすぎたのだ。主に身長的な意味で。

 何せ私は6歳の子ども。野菜を切るにも煮炊きをするにも、作業台やカマドの位置が高すぎた。実家の台所ももちろん大人サイズだけど、何せこじんまりとした造りなので踏み台を使ったりでどうにかなっていた。しかしここの厨房は一度に千人近くの食事を準備する大所帯の台所だ。広さも桁違いなら、扱う道具の大きさも違う。踏み台ひとつでどうにかなるほど簡単な話ではなかった。

 だから私ができることといえば、厨房の片隅で借りたナイフを手にじゃがいもの皮むきをする程度だ。ちなみにマッシュポテト作りならできるかなと思ったが、使うボウルが私ひとり茹でられるんじゃないかってくらい大きかったので諦めた。

「お嬢様、すみませんねぇ、そんなお端下仕事しかなくて」
「気にしないでマリサ。私はこれで十分よ」
「でも、男爵令嬢にさせる仕事じゃないって、みんなも思っていますから。嫌だったらすぐおっしゃってくださいよ。お嬢様はいてくださるだけでありがたいんですから」
「ありがとう。でもおかげでナイフを扱うのが上手になりそうよ。これなら家に戻ってからでも十分戦力になるわよね?」
「お嬢様ははじめから貴重な戦力ですよ」

 マリサは料理の合間に私のことを気にかけてくれるが、私は私でだんだんこの仕事が楽しくなっていた。なぜなら皮剥き作業はひとりではなく、手伝ってくれる仲間がいたからだ。主に厨房に見習いとして入っている10代の男の子たちだ。みんな真面目に取り組んではいるが、ときおり「誰が一番早く皮が剥けるか」とか「誰が一番薄く皮を剥けるか」とか、毎回競争しながら楽しんでいる。騎士団寮の厨房はほぼ24時間体制で回っているから決して楽な仕事ではないはずだが、皆いきいきと活動していた。それにポテト料理にも興味津々で、私にたくさんの質問をしてくれた。今は王都で仕事していても、いずれは地方の騎士団に配属されたり、独立して店を構えたりするものが出るかもしれない。そのときのためにぜひともポテト料理をアピールしておきたかった。チャンスはどんなところに転がっているかわからない。

 今できることを着実に。こんなふうに地味につましく、でも楽しく、私の計画は進んでいた。
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