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本編第一章
新しい商売のアイデア大募集です3
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「というわけで、この調子でいけば今のお店の経営権をアッシュバーン家から譲り受けて、うちで運営することができそうなの。いろいろ経営的なシミュレーションをしたんだけど、ルシアンとあと1人スタッフを雇っても、十分採算がとれる運営になると踏んでいるわ」
現在お店を運営しているのはルシアンと、サリー&ケイティの親子だ。ただしサリーとケイティは半年の契約だ。2人が引き上げたあと、もうひとりくらいは雇う必要がある。お料理教室は閉店して食堂や惣菜屋さんとしてだけの運営になるから、3人もは必要ない。その状況でシミュレーションしたところ、赤字にはならず運営可能となりそうだ。
「ただ、今悩んでいることがいくつかあって。その件に関してもアドバイスをもらえたらなと思っているの」
ひとつはお店の経営権についてだ。現在はアッシュバーン家の所有となっているが、売り上げは私のところに入っている。
今後、お店の経営を誰がしきるのか。ルシアンは自分でなく私たちに見てほしいと思っている。経営に不安がある、という理由からではなく、私たちに恩義を感じてくれているからだ。もし私たちが運営するなら、こちらがルシアンたちにお給料を払って、売り上げは私たちの懐に入ることになる。ただ、それではあまりに申し訳ない気もするし、炭鉱の街は隣の領とはいえ、馬車で2日ほどかかる距離だ。やりとりをするにもなかなか面倒な距離だ。
もうひとつは私の壮大な野望、ポテト料理を王国全土や他国にも広めたいという夢だ。今、騎士団からの依頼があったことで、全国の騎士の拠点には広がる可能性がある。ただ庶民の食卓にのぼるようにするには、やはり今回炭鉱の街で展開したように、その土地に根付いて地道に広げていく方法が適している。しかしそれをするには人手が足りない。サリーやケイティのように、よその土地に半年住んで仕事をしてくれるような人材は、簡単には見つからない。
「なんとかルシアンのお店を、ポテト料理展開の基盤というか、モデルケースにしたいと思っているの。だから第一号店が生まれようとしている今、ちゃんと考えて落とし込んでおかなきゃって思うんだけど」
うちは自領が食べていくだけで精一杯の貧乏領だ。資材も人材も揃っていない。大きな投資をすることも、時間をかけて育成することもできない。アイデアといい素材はあっても、それを長期に展開する力に欠けている。
その壁にぶち当たったとき、マクスウェル宰相がなぜ私からの提案を断ったのか、ようやく腑に落ちた。最初は新規の物に対して敬遠しているのかと思ったが、そうではなかった。騎士団の予算を削減するくらいだから、この国も決して裕福とはいえない。限られた予算を配分する中で、ポテト料理の普及に中長期の投資をするだけの力が足りなかったか、それだけの価値を現在の材料では見出せなかったか。国策として取り上げるにはいろいろなものが足りなかったのだろう。
私は正直、ポテト料理で大儲けする気はない。もちろんお金は欲しい。そうすればうちの領も豊かになる。だがそれ以上に食料事情を改善して、未来に起こるかもしれない悲劇を回避したいという思いが強い。ただ、儲けなくてもいいけれど赤字にはできない。なぜなら赤字を出してしまえば、うちの領民たちが補填することになるからだ。
大儲けはできなくてもいい、赤字が出ず、ささやかな運営ができればそれでいい。そんな話をすると、ライトネルとキャロルが厳しい目をした。
「アンジェリカ嬢は貴族だからな。そういうふうに考えてしまうのもわかるが……」
「ただ、商売を行う上では根本的に間違っているとしか言いようがありませんわ。残念ながら」
「え?」
突然難しい顔をした双子に、私はどういうことかと尋ねた。
「俺たちは商人だから、まず大前提として考えなくちゃいけないことがあるんだ。ひとつは“誰かのためになるか”ということ。もうひとつは“儲かるか”ということ。この2つを満たしていなければ、少なくともハムレット商会では取り扱わない」
「わかりやすく言えば、“誰かのためにはなるけど儲からないもの”は扱わないことにしているのですわ。それでは私たちが損をしてしまいます。商売というのは面白いもので、売り手と買い手、双方にメリットがなければ成り立たないのです。いえ、一見成り立ったように見えても、それはその場だけのこと、長期の商いには向きません」
「キャロルの言うとおりだ。つまりアンジェリカ嬢の今の考え方は“誰かのためにはなるけれど、自分は儲からない”道を探そうとしているってことだ。これでは商売にならない。それは無償のボランティアだ」
「そして商売にならないものは、多くの状況に置いて普及しません。もちろん生活に不可欠な物や医療などはその例ではありませんが、少なくとも“流行らせたい”“普及させたい”という意思を持って行動するなら、“儲ける”ことを考えて行動しなければなりません」
“流行らせたいなら儲けることも考える”、それが大前提だと彼らは説明してくれた。私のやり方は“誰かのためにはなるけれど、自分は儲からない道だ“とも。
「きつい言い方になってしまうけど、それは貴族特有の考え方だな。高貴なご婦人が精霊庁の教会や孤児院に寄付をするのと同じ仕組みだ。俺たちも社会への貢献として寄付をすることはある。でもそれは見返りを求めてのことだ」
たとえばハムレット商会ではお金ではなく、資材を孤児院に寄付することがあるという。それを使って孤児院の子どもたちが内職した品を買い取って店舗に並べるそうだ。ドレスのメゾンなどの品とは違い一点ものになるし、孤児院の子どものたちの品を購入することはボランティア好きの貴族のご婦人にも受けがいいようで、一定の収益を上げている。商会と孤児院の間でギブアンドテイクが成り立っている。
対して貴族は領民の税金で生活できるから、たとえ儲けを出さなくとも領民のためになることなら着手できる。しかしハムレット商会ではそのやり方は通用しない。それが貴族と商人の違いのひとつだと彼らは言った。
「たまに貴族で商売に手を出して大損する奴らがいるんだが、それはまさしくその甘い考えからきているんだろうよ。真剣に儲かることについて考えないと失敗するのは当然だ」
怒っているわけでもなく、私を見下しているわけでもなく、世の理りを諭すように商売の説明してくれる彼らの姿を見て、私は自分の考えの甘さにようやく気がついた。
現在お店を運営しているのはルシアンと、サリー&ケイティの親子だ。ただしサリーとケイティは半年の契約だ。2人が引き上げたあと、もうひとりくらいは雇う必要がある。お料理教室は閉店して食堂や惣菜屋さんとしてだけの運営になるから、3人もは必要ない。その状況でシミュレーションしたところ、赤字にはならず運営可能となりそうだ。
「ただ、今悩んでいることがいくつかあって。その件に関してもアドバイスをもらえたらなと思っているの」
ひとつはお店の経営権についてだ。現在はアッシュバーン家の所有となっているが、売り上げは私のところに入っている。
今後、お店の経営を誰がしきるのか。ルシアンは自分でなく私たちに見てほしいと思っている。経営に不安がある、という理由からではなく、私たちに恩義を感じてくれているからだ。もし私たちが運営するなら、こちらがルシアンたちにお給料を払って、売り上げは私たちの懐に入ることになる。ただ、それではあまりに申し訳ない気もするし、炭鉱の街は隣の領とはいえ、馬車で2日ほどかかる距離だ。やりとりをするにもなかなか面倒な距離だ。
もうひとつは私の壮大な野望、ポテト料理を王国全土や他国にも広めたいという夢だ。今、騎士団からの依頼があったことで、全国の騎士の拠点には広がる可能性がある。ただ庶民の食卓にのぼるようにするには、やはり今回炭鉱の街で展開したように、その土地に根付いて地道に広げていく方法が適している。しかしそれをするには人手が足りない。サリーやケイティのように、よその土地に半年住んで仕事をしてくれるような人材は、簡単には見つからない。
「なんとかルシアンのお店を、ポテト料理展開の基盤というか、モデルケースにしたいと思っているの。だから第一号店が生まれようとしている今、ちゃんと考えて落とし込んでおかなきゃって思うんだけど」
うちは自領が食べていくだけで精一杯の貧乏領だ。資材も人材も揃っていない。大きな投資をすることも、時間をかけて育成することもできない。アイデアといい素材はあっても、それを長期に展開する力に欠けている。
その壁にぶち当たったとき、マクスウェル宰相がなぜ私からの提案を断ったのか、ようやく腑に落ちた。最初は新規の物に対して敬遠しているのかと思ったが、そうではなかった。騎士団の予算を削減するくらいだから、この国も決して裕福とはいえない。限られた予算を配分する中で、ポテト料理の普及に中長期の投資をするだけの力が足りなかったか、それだけの価値を現在の材料では見出せなかったか。国策として取り上げるにはいろいろなものが足りなかったのだろう。
私は正直、ポテト料理で大儲けする気はない。もちろんお金は欲しい。そうすればうちの領も豊かになる。だがそれ以上に食料事情を改善して、未来に起こるかもしれない悲劇を回避したいという思いが強い。ただ、儲けなくてもいいけれど赤字にはできない。なぜなら赤字を出してしまえば、うちの領民たちが補填することになるからだ。
大儲けはできなくてもいい、赤字が出ず、ささやかな運営ができればそれでいい。そんな話をすると、ライトネルとキャロルが厳しい目をした。
「アンジェリカ嬢は貴族だからな。そういうふうに考えてしまうのもわかるが……」
「ただ、商売を行う上では根本的に間違っているとしか言いようがありませんわ。残念ながら」
「え?」
突然難しい顔をした双子に、私はどういうことかと尋ねた。
「俺たちは商人だから、まず大前提として考えなくちゃいけないことがあるんだ。ひとつは“誰かのためになるか”ということ。もうひとつは“儲かるか”ということ。この2つを満たしていなければ、少なくともハムレット商会では取り扱わない」
「わかりやすく言えば、“誰かのためにはなるけど儲からないもの”は扱わないことにしているのですわ。それでは私たちが損をしてしまいます。商売というのは面白いもので、売り手と買い手、双方にメリットがなければ成り立たないのです。いえ、一見成り立ったように見えても、それはその場だけのこと、長期の商いには向きません」
「キャロルの言うとおりだ。つまりアンジェリカ嬢の今の考え方は“誰かのためにはなるけれど、自分は儲からない”道を探そうとしているってことだ。これでは商売にならない。それは無償のボランティアだ」
「そして商売にならないものは、多くの状況に置いて普及しません。もちろん生活に不可欠な物や医療などはその例ではありませんが、少なくとも“流行らせたい”“普及させたい”という意思を持って行動するなら、“儲ける”ことを考えて行動しなければなりません」
“流行らせたいなら儲けることも考える”、それが大前提だと彼らは説明してくれた。私のやり方は“誰かのためにはなるけれど、自分は儲からない道だ“とも。
「きつい言い方になってしまうけど、それは貴族特有の考え方だな。高貴なご婦人が精霊庁の教会や孤児院に寄付をするのと同じ仕組みだ。俺たちも社会への貢献として寄付をすることはある。でもそれは見返りを求めてのことだ」
たとえばハムレット商会ではお金ではなく、資材を孤児院に寄付することがあるという。それを使って孤児院の子どもたちが内職した品を買い取って店舗に並べるそうだ。ドレスのメゾンなどの品とは違い一点ものになるし、孤児院の子どものたちの品を購入することはボランティア好きの貴族のご婦人にも受けがいいようで、一定の収益を上げている。商会と孤児院の間でギブアンドテイクが成り立っている。
対して貴族は領民の税金で生活できるから、たとえ儲けを出さなくとも領民のためになることなら着手できる。しかしハムレット商会ではそのやり方は通用しない。それが貴族と商人の違いのひとつだと彼らは言った。
「たまに貴族で商売に手を出して大損する奴らがいるんだが、それはまさしくその甘い考えからきているんだろうよ。真剣に儲かることについて考えないと失敗するのは当然だ」
怒っているわけでもなく、私を見下しているわけでもなく、世の理りを諭すように商売の説明してくれる彼らの姿を見て、私は自分の考えの甘さにようやく気がついた。
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