【二章完結】ヒロインなんかじゃいられない！！男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情

本編第一章

新しいお店はわくわくです

　ライトネルはそのまま店舗を抜けて、外へと続く扉を推した。ミシェルと私も後に続く。誰かが聞き耳をたてている可能性もあるから皆、無言だ。

　建物の外に出るのかと思ったら、そこは中庭だった。王都の街中とは思えない常緑の生垣が続いている。

「ここはお店の中なのですか？」

　隣を行くミシェルに尋ねると、彼は頷いた。

「ハムレット商会の敷地はなかなか広くてね。いくつかの店舗がこの中庭で連なっているんだ」
「ほかにも店舗があるのですね」

　私たちの会話が聞こえたのだろう、ライトネルが振り返って小声で説明してくれた。なんでも現在のハムレット商会は主に４種類の店舗を経営しているそう。

　ひとつは先ほどうちの両親が買い物していた”ハムレット商会”。貴族向けではあるけれど、若い人たちや、オープンに買い物したいという健全な人たち向けの店舗で、ライトネルが考案したやり方だ。

　もうひとつは従来の商売の方法で、貴族向け外商スタイルの”ハムレット商会・外商部”。完全予約制で個室を準備、もしくはお屋敷まで外商担当が出向いて、担当者が提案する形で販売するスタイル。買い物をしている姿を人に見られたくないとか、何を購入したのかバレたくないといった人たちや、高位の貴族、比較的ご高齢の方々の需要があり、商会の一番の稼ぎどころだ。

　もうひとつは庶民向けの生活雑貨や食料品を扱う”ハムレット商店”で、その店舗だけはこの敷地とは別のところにある。

　そして最後が今から向かう店舗で、半年前にオープンしたばかりなのだとか。

「そこも貴族向けのお店なの？」
「いや、あそこはなんというか……玉石混交だな。平民もよく出入りしているし、お忍びで貴族がやってくることもある。腹立たしいことにな」
「……？」

　またしても否定的な言葉が飛び出し首を傾げる。ライトはそのお店が好きではないのだろうか。そのまま隣を行くミシェルを見上げると、彼は小さく苦笑していた。

「まぁ、行けばわかると思うよ」

　ミシェルに促され、私はそのままライトネルの後をついていった。





　そうしていくつかの扉を抜けて辿り着いたのは、カントリー調の木戸がついた小さなお店の前だった。どうやら店舗の裏口のようだ。

　ライトネルはノックすることなく木戸を開け、中に入った。そこは簡素なテーブルセットがひとつに、たくさん積まれた木箱が散乱する小部屋だった。控室か何かだろうか。そしてその部屋の先にカーテンの間仕切りがあった。奥から何人かの人の気配がする。

　ライトネルは「失礼します」と声をかけてからカーテンを潜った。そのままカーテンを持ち上げてくれたので私も一緒に入室した。

「わぁ……」

　またしても小さく感嘆の声をあげる。そこはカラフルな色彩が溢れる不思議な空間だった。

　先ほどまでいた洗練されてはいるけれどどこか整然としたディスプレイではなく、統一感のないでこぼこした雰囲気。それでもポップな内装が不思議とごちゃつかず、むしろわくわくするような印象を与えている。ガラスやミラーを用いた不揃いの棚にはティーカップ、帽子、扇子、メガネなど様々なものが所狭しと並んでいる。壁にはブロック塀に直接書かれた大陸の地図、その下にはオルゴールの箱。反対側には極彩色の鳥のお着物。鳥には麦わら帽子が被せてある。ざっくり言うと雑貨屋さん、なのかもしれないが、天井から吊るされた鳥籠の中には小鳥の番いがいて、そこにも値札がついている。なんというか、なんでもありな感じだ。

「なんだか面白そうなお店ですね。わくわくしてきました」

　私はライトネルとミシェルを振り返る。これだけなんでもありな場所なら殿下への贈り物も見つかりそうだ。

「おや、ライトネルさん、珍しいですね。普段はこちらにはまったく寄り付かないのに、本日はお客様をお連れくださるとは」

　私たちに気付いて声をかけてきたのは、タキシード姿の初老の男性だった。白髪の髪を整髪料で丁寧に撫でつけ、同色の口髭も一部の隙もなく整えている。赤い蝶ネクタイも見事に様になっていて、映画やドラマで見る執事のようだ。

「しょうがないだろう。あちらにはお客様のお眼鏡にかなう品物がなかったんだ」
「おやおや」

　男性は面白そうにライトネルを見つめていた。くつくつと笑う男性に対し、ライトネルはますます仏頂面になっていく。

「お久しぶりです、ショーンさん」
「ミシェル様、ようこそ当店へお越しくださいました。こちらにおいでになるのは開店のとき以来でしょうか」
「私としてもいろいろ見せていただきたいのですが、私がこちらに来るとライトが不機嫌になるのですよ」
「わかります。お客様第一がモットーの我々商会ですが、ライトネルさんはその跡取りとしてはまだまだ未熟でお子様ということですな。このままではキャロルさんにますます水をあけられてしまいます」
「……っな！　ショーン！！」

　怒りのあまり顔を赤くするライトネルをよそに、ショーンと呼ばれた男性とミシェルは和やかに会話を続けた。

「ということは、キャロル嬢のこのお店の売れ行きは好調ということですね」
「お陰様で。開店してまだ半年ですが、すでに固定客が複数ついております。彼女の才能が十分に発揮された、よい店に育ちそうです」
「ふんっ、あの守銭奴から商品を買うなんて諸刃の剣だぞ。そのうち骨の髄まで搾り取られるに決まってる」
「ライトネルさん、同じハムレット商会の系列店をお客様の前で非難するのはいかがかと思います。この件はオーナーに報告させていただきます」
「いや、待ってくれ！　今のは言い過ぎた！！」
「せっかく本店の新店舗を成功裏に導かれ、ご自身の店を開くまでにあと一歩のところまでいらしているのですから、言動には注意されますように」
「……わかっている」

　一転して唇を結んだライトネルの横顔を見上げる。大粒の碧の瞳に悔しそうな色が滲んでいる。今の会話だけではすべてが見えたわけではないが、どうやら彼もいろいろ複雑な思いや状況を抱えているようだ。

　少し濁ってしまった空気を取り繕うように、ショーンさんが私とミシェルに向けて頭を下げた。

「いやはや、お客様の前でハムレット家のお恥ずかしい内情をお見せしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「いいえ、ショーンさんが悪いわけではありませんよ」

　ミシェルがすかさず対応する。その流れで彼が私をショーンさんに紹介してくれた。

「こちらはアンジェリカ嬢、ダスティン男爵家の御令嬢です。ご両親は本店で買い物中ですが、別に購入したいものがあるとのことでこちらにお連れしました」
「こんにちは。アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンど申します。このたびはライトネルをはじめ皆様方にはお世話になります」
「これはこれはご丁寧に。私はショーンと申します。このセレクトショップ、“ハムレット・マニア”の副店長でございます。ダスティン男爵令嬢のお越しを心より歓迎いたします」
「どうぞアンジェリカとお呼びください。このお店……えっと、ハムレット・マニア？　とても面白そうな商品がたくさんありますね」
「ありがとうございます。どうぞごゆっくりお過ごしください。お目当ての物がございましたらお好きに手にとっていただいてかまいません」

　ショーンさんの説明に少しだけ目を丸くする。こういった店では客が勝手に商品に触れることはご法度だ。ハムレット商会の本店でもそうだった。ところがこちらでは好きに触れてかまわないという。実際に狭い店内に今も２組の客がいて、彼らも直接商品に触れたり、帽子を手にとってかぶったりもしている。

「じつはこちらは庶民向けのお店として運営しているのです。置いてある商品もそれほど高価なものではありません。平民でも手が届く値段設定になっております。キャロル店長が発明や開発をした商品を中心に、店長のお眼鏡にかなった買付品などを取り揃えております」

　どうやらここにある商品は店長であるキャロルという女性がすべて扱っているらしい。その運営をショーンさんをはじめとする数名のスタッフが支えている。しかもただ買い付けてくるだけでなく、独自商品を開発しているというから驚きだ。

「そのキャロルさんという方、すごい才能をお持ちなのですね。ぜひお話してみたいです」

　ライトネルといいキャロルという女性といい、ハムレット商会は傑物揃いの模様だ。ますます興味が湧いてきた。

「店長は今あちらで接客中です。少しお待ちいただければご案内いたします」

　言われてショーンさんが首を向けた方向を見た。そして私はまたしても目を見張ることになった。